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進出 3.
せめて、最後に。 たった一言で良い、彼女が「ボーン」と口にしていれば――もしくは、ガルダンのことを自分の息子と間違えて名を呼ぶなどしていれば――ボーンは、いや、ファリィ自身も救われただろうか、とガルダンは思う。 最後まで夫の存在を分からず、息子のことを思い出さず、ひっそりとファリィは死んで行った。死を自覚することもなく死ねたのは、幸運なのだろうか。ガルダンにはそうは思えなかった。まだ彼の中でちゃんとした言葉にならないのだが、とても可哀想に感じたのだ。 死の間際に立ち会えるのは良いことだ、と世間では思われる傾向がある。だが、あの簡単な死に方を見てしまったのは、返って不幸だった気がした。実感がなさすぎる。 質素な行列だった。 町の人間でさえもっと盛大ではないのかと思えるような、ボーンとその召し使いたちしか参列していない粗末な葬儀だった。ファリィの両親はいなかった。彼女より早く他界したのか、故意に来なかったのか、それは聞かなかった。 この国にも宗教があり、教会がある。ガルダンは神を信じていなかったが、もし天国と言うものが本当にあるなら、ファリィを連れて行ってやって欲しいと、この時だけ現金に祈った。そう祈らずにいられないほどに、墓地に収まった彼女の印は寂しいものだったから。 彼女を埋める作業は淡々と終わり、人はすぐいなくなった。後にはポツンと墓が1つ増えただけの、やはりここにもいつもと変わらない光景があるだけだ。人1人死ぬ行為がやけにみじめな、ちっぽけなものだと思い知らされる。 なのに、心に空いた空虚は絶大で。 ガルダンは墓を見下ろしながら、胸に手を当てた。 「ファリィのことは考えるな。――寿命だったんだ」 葬儀の終わって誰もいなくなった墓の前で、ボーンが呟いた。彼はそこに彼女が生きて座っているかのようにゆっくりとしゃがみ、愛おしそうに花を供えた。彼女によく似合っただろう、淡く細かいピンクの花が沢山ついた、上品な花束だった。 『寿命だった』などと、あなたが一番思っていないくせに、とガルダンは思った。 まだまだ強固なはずのボーンが、この時は嫌に小さく見えた。彼がしゃがんだまま、立っているガルダンに背中を見せている為だろうか。いや。そんな理由でないことは、言葉でなく感覚で分かる。分かる気がした。 本当にこのまま何ヶ月もボーンの元を離れて良いのだろうか、という不安にかられた。 討伐隊召集の日が近づいているのだ、気持ちを切り換えなければならない。 だが切り換え方が分からない、と思った。“死”に対して受けたショックと親しい者が去った実感はどこか絵空事で、リアルな感情が出ない。切り換えようがないのだ。なのに、ファリィの笑顔は脳裏から離れず……。 ガルダンは、ボーンの心配をしているかのように心を偽って、自分の不安をごまかそうとした。 ボーンが立ち、振り返った。 夕暮れの少し暗い日差しが、斜め後ろから2人の影を長く伸ばしていた。それがガルダンの顔に陰影をつけ、表情を分かりにくくしている。ボーンは彼の顔を覗き込むようにしてから、視線をそらした。 「?」 俯いたままボーンが、ガルダンの肩にポンと手を置いた。ちょっと押すようにして、ガルダンを墓のすぐ前に立たせようとする。 「ファリィに、祈ってやってくれ」 「いえ、俺は……」 彼女の墓に向かう資格がない。そう思いながら瞬きをした途端、ガルダンはボーンがそう言った理由が分かった。 泣いていたからだ。 溜まった涙が粒になって、目尻から流れ落ちた。 彼女が死んだ瞬間にも葬儀の時にも、泣かなかったのに。ボーンの小さな背中を見ていたら、自然と泣けて来たのである。立ち上がったボーンはいつも通りだった。式の為にちゃんと手入れしたひげと立派な正装に身を包んで背を伸ばし、無理をしている風などみじんもない。みじんもないからこそ、先ほど彼がガルダンだけに見せた無防備な背中が、やけに切なかった。 泣いている顔を見られたくなくてガルダンは、ぶっきらぼうにボーンを避けて彼女の墓の前にしゃがんだ。だが今さらである。ボーンはそんなガルダンの様子に対して、 「ありがとう」 と言った。 だが何の為の、どんな意味で言ったのかが分からない。ガルダンは少し振り返ったが、続きの言葉はなかった。 ファリィの為に泣いてくれてありがとうと言う意味だったんだろうか、とガルダンは解釈した。だがそうだとすれば、半分は間違いである。ガルダンはボーンの心中を思って、泣いたのだ。 立ち上がったガルダンは、涙を拭いてからきびすを返した。 「もう良いのか?」 「はい」 声を出したら、また目が潤んでしまった。無理に止めようとする涙に限って、引いてくれない。泣くべき時には泣けないと言うのに。はいと答えてからもう少し付け加えて喋ろうかと思ったが、止めた。 すると先とは違うニュアンスで、ボーンが肩を叩くのだ。 「大丈夫だ」 と。 今度はこれを連呼し、ガルダンを励ましてくれるかのようだった。 「ちゃんと泣ける奴は大丈夫だ。どこに行っても、やって行ける」 討伐に出ることの不安を読んだのだろうか、ボーンはそう言った。 「ちゃんと泣いてらっしゃらないボーン様は、大丈夫じゃないのですか?」 鼻をすすって、軽口程度は叩けた。思いもよらないガルダンの軽口に意外な顔を一瞬浮かべてから、ボーンは笑った。 「わしは、昨夜泣いておいた」 大の男と少年が、泣くの泣かぬのと話しているのが、滑稽だった。ガルダンもつい笑みを洩らす。ボーンの手は硬く、暖かかった。まるで本当の親子のように、2人は笑いあった。 |