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進出 1.
南の、バルドナットの隣に、エルアルバと言う国がある。 昔はバルドナット国と1つだったものが、分裂したとかしないとか。 戦争には至っていないが、多数の小競り合いが続いていると言う話だった。もしや、大戦争もあるかも知れない。そんな噂をちらりとガルダンに洩らしたのは、他ならぬボーンだった。 「あくまでも噂だし、そんな話は何年か前からずっと言われているがな」 そう言ってボーンは相変わらずの茶色い無精髭を撫でたのだったが、彼がいい加減な話を垂れ流しにする男でないことは、一緒に住むガルダンが一番了解している。つもりである。剣の練習を止めてまで切り出した話だ、何か意図があってわざと話を振ったのだろう。 屋敷の庭で剣を合わせていた2人は、汗が引き始めて若干風の冷たさを感じた。 「従士と言えども、気を付けろ。と言うことでしょうか?」 刃の先を軽く拭いて鞘に納めようとしたガルダンに、まだもう一勝負するぞと言い置いてから、ボーンは先の質問に、 「いいや」 と答えた。 ガルダンは、従士になったばかりだった。 名を変えて半年。突然入城は、いくら王宮騎士のボーンの力でも無理である。だがその為の道のりを整えることは出来た。従士として、王に近い公爵家に雇い入れさせたのだ。そこで働きが認められれば、入城もあり得よう。14歳として、ぎりぎりの出世道だった。 以前のガルダンならボーンの力を借りることに嫌悪しただろうが、まだ後ろめたさはあるものの、今は彼の厚意に甘えていた。目的を達成したい欲の方が強かったのだ。 だがそんな、彼の持つ若干の後ろめたさすらも、雇い主は敏感に察するのだろうか。他の使用人らとも仲良くなる気のないガルダンの態度を、公爵はあまり快く思っていないようだった。そう感じたのは、ガルダン自身である。なのに、かと言って手の平を返すかのように愛想良くなどもなれない不器用な自分の性格を、持て余す毎日だった。 刃をつぶした剣を肩に担いで、ボーンは溜め息をついた。彼は、ガルダンのそんな性格を良く分かっている。このガルダンの一途さ不器用さが悪い方向に転じないことを願わずにはいられない。 本来公爵家に住み込みで働くものなのだが、ガルダンにはボーンの屋敷から通うことが許されていた。なので、この手合わせはガルダンが従士になって以来、殆ど毎日行われている。それが公爵の反感を買っているのだろうか、ともボーンに思わせる所だったが、住み込みにさせてガルダンの牙が抜け落ちることは避けたかったのだ。 出来れば、もっと鋭い牙に仕上げたい。 ボーンは剣を構えた。ガルダンも、剣を握る手に力を込めた。ボーンの目は、練習と思えないほど厳しい。 勝負は一瞬でついてしまう。最初に剣を合わせた時、こらえられるかどうかだけなのだ。引き締まった厚い胸板は、上着に隠れてはいるが、とても45歳と思えない。その剣は練習用であるにもかかわらず、最初に戦った時の斧と同じような重みと迫力が宿っている。国一番とささやかれる腕前は、健在だった。 速さで重みを補おうとするガルダンの剣技は、磨かれた。だが勝負にかける意気込みの差が、勝敗を分けた。 思ったよりももっと、鋭く速かった。 ガキィンと重く硬い音が響き、何とか押し返したが後ろ足が滑り、ガルダンは体勢を崩したのだった。その瞬間をボーンが逃すはずがない。剣の柄近くを横殴りにされ、ガルダンの剣が宙を舞った。 「!」 声は出さなかったが、驚きと落胆の吐息が漏れた。もう夏も終わり体も冷えかけていたのに、この一瞬にかけた集中力が、ガルダンの額を汗で輝かせていた。ボーンは息一つ乱れず、涼しい顔をしているが。 「終わるか?」 「いえ」 短く言い、ガルダンは手首を振った。 力は及ばないが、気合負けしてはいけない。そんな風に自分を奮い立たせて自分の剣を拾いに行くガルダンに、ボーンは目を細めた。 「ガルダンは、“戦争”をどう思う?」 「え?」 振り向いたまま、ガルダンはきょとんとした。 「どう思う、とは?」 「先のエルアルバとの話だ。ひょっとしたら、開戦になる」 「はい」 「どう思う?」 ガルダンはボーンの真意が分からず、手を口に当てて考え込んだ。ボーンはボーンで、そのガルダンの様子に考え込んでしまった。戦争と言うものに対して感情を動かすのでなく、その話を出したボーンの意図を読み取ろうとしているだけなのだ。 「質問を変えよう。お前は、他流試合を“死ぬから”もう行かない、と言った。だが戦争も、行けば死ぬかも知れん」 ガルダンは合点の行った顔をしながら剣を拾い上げ、ボーンに振り返った。迷いは見られない。ガルダンはきっぱりと言った、 「それとこれとは、別の話ですね」 と。 そう言ってから、ガルダンは剣を振ってみた。多少力が入らなくなってしまったが、柄が手に馴染まないほどではない。 「騎士になることがすでに、戦うことでしょう。他流試合は、私闘です」 「ほう」 内心、正直ボーンは舌を巻いた。的確な答えだったからだ。戦争に対して“行く”“行かない”を問答するのは無駄である、と言う意思表示が見て取れた。軍人として、申し分のない考え方だと言えよう。戦争を嫌悪せず、拒否しない。 ガルダンは「意味のある戦いで死ぬのは良いのだ」という意味のことを口にした。 ガルダンのそれが、人を殺すということをどこまで悟っているのかが、ボーンは気になった。 簡単に言ってしまえば「人を殺すのはいけないことなのだ」と思っているのかどうかだけなのだが、今のやり取りだけ見るなら彼は、戦争は必要である、意味あることだと思っているように思えるのだ。 だがこればかりは、机に貼り付いて憶えられることではない。実戦から学んで行かなければ。 そんな甘いことをわざわざ教えてしまうのは、戦争で尻込みしろと言っているようなものかも知れない。だがそれを克服し、戦うことの意義と辛さを身に焼き付けなければ、真の騎士道に辿り着かないのだ。 ボーンは気を取り直し、すっと構えた。 「討伐隊と言うものが、結成される」 剣同志がうなり、悲鳴を上げた。 |