|
登る日 3. だがその“試合で優勝する”と言うガルダンの目標が、いかに子供っぽく愚かしいことだったかを、ガルダンは学べば学ぶほど実感して言った。 最初の年はまだ分かっていなくて、実力不充分だとボーンに止められたとこが憎いほど悔しかったのだが、2年目になり13歳を迎えた彼は、試合そのものに疑問を持つようになり、出場の意欲がほとんど消えてしまったのだった。 しかし、剣技への意欲は消えない。ますます募るばかりである。自分にどれほどの力がついたかと思う点では、試合に参加するのも1つの手だと思うのだが、それでもし死んでしまうなら意味のないことだ、と考えるようになったのだ。 初めての雪が降った。 比較的温暖で標高も低い地なので、雪は珍しかった。ガルダンは剣の手を休めて空を見上げた。灰色がかった雲が少し光を含み、淡く光っている。降ってくる雪はその光にかげって、黒く見えた。それが音もなく幾重もつらなって、ゆっくりとガルダンの体に降り注いで来た。雪は、感覚のなくなりもう死んでも良いな、と思った時のことを思い出させる。顔をしかめた。 彼は1度身震いすると、木に引っかけておいた上着を手にした。 着込んでいる時、馬の鳴き声がした。ボーンである。ガルダンは衣服を正し、玄関に向かった。 「お帰りなさいませ、ボーン様」 その礼儀には、よどみがなかった。 執事イライフが開けるドアに入るボーンの斜め後ろに付き、彼はボーンの差し出す剣を受け取って、武器庫に戻しに行く。最初の頃には、なかった光景だった。ボーンが自分の剣を誰かに預けることなど。時間などは不定期だったが、ボーンが帰って来た時の、これが日課だった。 夕食を終えると、ボーンがガルダンを呼ぶ。呼ばれない時もあったが、ガルダンが自分から彼の部屋を訪れる時もあった。彼は滅多にこれを断らず、質問に対して丁寧に返してくれるのだった。 その日は、ガルダンが自ら訪れた。 2度のノックの仕方で、ボーンには誰か分かるらしい。彼は入れ、と短く言った。 「失礼します」 部屋の隅に片付けてある椅子は、ガルダンの専用となっている。彼はそれを引っぱり出して、テーブルを挟んだボーンの向かいに座った。ボーンは、机の下に入れてある椅子を自分用に出した。 「今日は、新しい本を読んだか?」 「ヒムシュタッド王の自伝と、それを考察したアギニアの哲学論を」 「アギニアは難しい言葉を使うだろう」 「辞書を引きながら、読みました」 ボーンは微笑んだ。ここに来て2年と半年が過ぎたガルダンの成長ぶりは、見ていて気持ち良いほどだった。ただジャンルには少し片寄りが見られ、彼は政治とその関係をよく読んだが。興味を持つのは良いことだとし、ボーンはこれを放っておいた。強制して身に付けさせなければならないと思われる事柄のほとんどを、彼は自発的に身に付けてしまったからだ。 それに、本当に本気で取り組んで欲しいとボーンが願っているものは、剣だ。その熱心さは、ボーンを満足させていた。 だからその彼が次の試合にも出場しないと言い出すのは少し意外だったので、ボーンは思わず聞き返してしまったのだった。 「何?」 「次だけでなく、これから先も。あの御前試合には、参加しないと決めました」 「なぜ?」 「死ぬからです」 ボーンは考え込んだ。 ガルダンの言葉は少ないので、そこから全ての思慮をくみ取ることが難しい。臆病風に吹かれたとは考えがたかったが、今のやり取りからそれ以上の答えは出せなかった。 ボーンはゆっくり手探りするように、 「死ぬこと自体を恐れている訳では、ないんだろう?」 ガルダンを見た。 ガルダンも言葉を組み立てる為、少しボーンから目を逸らして考えた。 「単純に強い者と戦うだけでは、嫌だと思ったんです」 「ほう」 さらに何かを尋ねられるかと思いガルダンは答え方を模索したが、ボーンが自らその続きを答えた。 「意味のある戦いじゃないと、死ぬ価値がないってことか?」 「はい」 「優勝賞金の為に命をかけるのは、意味がないか?」 ガルダンの目がさまよった。自分が自由に金を使える立場にあったなら、それも意味があることかも知れない、と思えたからだ。金で望みが叶うなら、意味があると言えるだろう。 そう思うと、迂闊に“はい”とは言えなかった。 「……今の、私には」 と、ガルダンは答えた。 「普段は“俺”で構わんぞ」 「ありがとうございます」 ボーンはガルダンの胸中が分かりかねて、額に手を当てて少しうなった。奴隷と言うには種族が違い、かと言って領主の息子にしては言葉が荒いし態度も大きかった。金に汚い所がないので、金の為に試合に望んだとも違うらしいことは、今となっては頷ける。 それ以上の理由を促すことは、最初に何も聞かないと決めたボーンの信条をくつがえすことになる。ガルダンも良い気がしないだろう。 だがボーンに出てしまった欲の為には、お互いの過去を明かして、親密になる必要があった。 その欲とは、ガルダンをもっと成長させたいと言うものである。 「分かった」 ボーンはまず納得した顔を作った。ガルダンが緊張を解いた様子を見てから、 「明後日、」 と声のトーンを少し高くして続けた。 「遠出する。お前も付いて来なさい」 「はい」 |