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9. するとそんな煮えきらない面持ちのジェミネに、ワシュレイが苦笑した。 「黙ってようと思ったんだけど、変に誤解されそうだよね。だから白状するよ」 仰向けになったワシュレイの顔が、月夜に照らされている。色のない肌がとても綺麗ではかなげで、ジェミネに次の言葉を予期させるに充分だった。 「……何の病気?」 ジェミネが先手を打った。 「病気っていうよりは、怪我みたいなもんでね。脳腫瘍」 「腫瘍?!」 ジェミネでも知っている。ワシュレイは再び苦笑した。 「この街へは手術で来たんだ。明後日、入院。大丈夫、頭痛がするていどだから」 「ていどって。あんた、今日ずっと頭が痛いのを我慢してたわけ?」 ジェミネは、沈黙は裏切りと同じだと思った。信用してもらえてなかった気がして、少しショックだった。けれど頭痛がすると言えばジェミネはワシュレイから離れただろう。だからワシュレイの沈黙は正解だったのだ。 「じゃあレストランの時に見せた吐き気みたいな、あれも?」 「疲れると、なるね。空腹でも起こる。もう腫瘍も大きくなってるのかな。でも歩けるし、食べることもできるから、まだひどくないよ」 「まだひどくないよ、じゃないでしょう! すぐに戻らないと駄目じゃない」 身を起こそうとしたジェミネを、ワシュレイが抱きしめて止めた。 「大丈夫だよ。今日明日にすぐ悪くなるわけじゃない。それに……手術は五分五分なんだ」 ジェミネの肩に感じるワシュレイの腕が振るえているような気がして、ジェミネは息をすくめて固まった。気のせいでなく、小刻みに震えていた。ジェミネは感じたことがないが、腫瘍と話す彼の心を占めるのは、おそらく死への恐怖だろう。 「言葉は五分五分だけど、ニュアンスで分かる。多分すごく難しい手術になる」 ジェミネはそっと、彼に手を回した。 「50%の生のために安静にしているより、50%の死にあらがって、やりたいことをやっちゃいたかったんだ。僕、間違ってると思うかい?」 「ううん」 ジェミネは聖母のような笑みを浮かべて、ワシュレイの頭を抱きしめた。大きくない胸だが、その谷間でワシュレイが深く呼吸をしているのが感じられた。 「手術をしないでいたら、あと何日生きられるのかな」 ワシュレイはぽつんと呟いた。 「ねぇジェミネ。生きられるところまで一緒に暮らしてさ、僕が半年後、誕生日を迎えたら君と結婚するってどうかな? 僕のもの、みんな君にあげられるもの」 ワシュレイは明るい声音でそう言った。きっと自分のアイデアが、とても素敵なものに思えたのだろう。 けれどジェミネの思いは複雑である。 「何て言って良いのか分からないけど。言葉が適切でなかったら、ごめんね。……それって私には、戦わずして逃げてるって感じがするわ」 ワシュレイから返答はなかったが、空気のこわばりが感じられた。ジェミネは構わずに続けた。 「半分の可能性を捨てたら、後の半分は腐った生じゃないかしら。死んで何もできないのは確かに辛いけど、生きてるのに何もできないのは、もっと辛いもの」 ジェミネは家で伏せっているはずの母を思いだしながら、そう言った。 「もし成功したら、もっとやりたいことの可能性が広がる。……違う? 本当に“死にあらがう”なら、それは手術を受けることじゃないかな」 ジェミネはワシュレイの後頭部に目を落とした。 「明日、」 ワシュレイが顔を上げた。衣擦れの音がした。切ない静かな音だった。 「だから今晩は一緒にいてよ。ジェミネを抱けない、勃たないのが悔しいけどさ」 彼にそぐわない用語だけが妙に浮いて、ジェミネの笑みを誘ってしまった。 「王子様のくせに、俗語を使うなんて! 似合わないわ」 「嫌い?」 ジェミネは子供のような顔をするワシュレイの額に、キスをした。 「好き」 ジェミネはアルコールによって饒舌になったワシュレイを見ながら、ベルスに感謝した。 ──あんたのビール、役に立ったわ。 ベルス本人はおそらく、そんなことを感謝されたくないだろうが。 それから2人は夢物語を話しあった。 ウェディングドレスはこういうものが着たいだとか、ハネムーンは誰もいない南の島が良いだとか。新居はこんな家で、子供は3人……。 「手術に成功して完治したら、僕はまっさきに君を抱きたいよ」 臆面のない素直な少年の言葉に、いやらしさは感じない。 夜が明けるのも惜しいほどに話の尽きなかった2人だが、それでもワシュレイは、しばらくすると眠ってしまった。 ジェミネは一晩中、ずっと彼の寝顔をながめ続けた。 すぐに忘れてしまいたい、生涯覚えていたい、矛盾する気持ちを抱えたまま。 next back index home |