6.

 大豪邸のような荘厳なレストランが、ジェミネたちの乗った車を迎えいれてくれる。
 従業員らしき、だが立派な格好をした者たちが、列をなして車に向かってお辞儀をしている。その中を、優雅に降りて平気で歩けと言われても、到底できるものではない。ジェミネはカチンコチンに固まってしまった。
 内心、
「ビッグチーズハンバーガーで良かったのに……」
 と呟きながら。

 ベルスは妙なところで妙に舞台度胸があるのか、ワシュレイと共にジェミネの隣りについて、
「ナスとカボチャの行列だと思えよ」
 とジェミネに耳打ちした。ジェミネはベルスを軽く睨んだだけだった。そんな使い古されたアドバイスなど、何の役にも立たない。
「私こう見えても、あんたの30倍は細胞を持ってるから」
 遠回しなジェミネの嫌味にベルスは一瞬歩調を遅くしてから、むっとしながらついてきた。それを聞いていたワシュレイは、ジェミネに腕を貸しながらクスクスと笑っている。ジェミネはそんな彼の横顔を見上げて、はっとした。

 ワシュレイの顔色が、心なしか悪く見える。
 日が落ちたせいだろうか? だと思いたい。それでなくともワシュレイは線が細くて、はかなげなところがあるから。ジェミネは「大丈夫?」と聞こうとしたが、その前に邪魔が入ってしまった。
「ワシュレイ殿下!」
「皇太子!」
 突然、強い光がジェミネたちを包んだのだ。

「な、何?!」
 マスコミだった。
 そんなに大量ではない。しかし3,4社はいるだろうか、総勢10人ほどが取りまいてきた。ジェミネは恐怖すら感じた。
 黒服の男たちがわらわらと現れて彼らを押しもどすが、彼らはそんなことにひるまない。むしろもっと強い力で、ジェミネたちを押しつぶしてきた。
 大きなカメラが自分に向いている。ワシュレイに向いている。視界が光の渦に、消えそうになる。

 レストランの玄関から「殿下!」という声が飛んできた。
「バリー! お前がリークしたのか?!」
「殿下の捜索をしていたSPが記者に掴まりまして……」
「痴れ者!!」
 ワシュレイの声が、これまでになく怒気をはらんでいる。このマスコミ攻撃はワシュレイも予期していなかったらしい。が、そこに自分の知っている者──おそらく執事だろう──がいることは、知っていたらしい。このレストランに今晩来ることは、予定されていたのだ。
 っていうか逃げたワシュレイが一番悪いんじゃねぇの? と、ジェミネは混乱しながらも頭の隅で考えた。

 もみくちゃにされ、ピンヒールが折れた気がしたが、今はそれどころではない。ワシュレイはジェミネをかばい、大声を出して止めて下さいと訴えた。
「止めろ! 俺たちにメシを食わせろ!」
「ベルス、それ格好良くない」
 冷静にボケツッコミをしている場合でもないが。
 しかし行く手を阻む彼らから逃れることもできそうになかった。なぜなら突然ワシュレイが、口元を押さえて体を折ってしまったのだ。吐きそうな体勢。
「ワ、ワシュレイ?!」
 ジェミネは周囲に構わず、ワシュレイの体にしがみついた。ワシュレイがよろけ、自分たちが降りてきた車のドアに背をぶつけた。
「畜生」
 ベルスが叫び、ドアを掴んだ。
「乗れ、ジェミネ! ワシュレイ!」
 問う暇もなく、開けられた車内に2人は押しこめられてしまった。なおもレポーターらしき女が車内にまで食いさがろうとするのを、ベルスが押しもどしてくれている。ドアが閉められる寸前、ベルスが「アンネだ!」と叫んだ。
 争う彼らを尻目に、察したドライバーが車を発進させてくれた。

「アンネ?」
 シートに沈みこんで、ぜはぜはと息を荒くするワシュレイに、ジェミネは困ってしまった。彼女は医者じゃないし、そういう心得を何も持っていない。けれど彼のこの呼吸が、ただごとでないことは分かる。
 折れたピンヒールを脱ぎながら、ジェミネは言った。
「運転手さん、病院へ」
「分かりました」
 顔をこちらに向けない無骨な感じのドライバーだったが、その声音は優しかった。運転手の男はさらにジェミネに言った。
「シート下のボックスに、ミュールが入っています。かかとがありませんから、寸法が違っても履けると思います。良かったらお使い下さい」
 送迎車にそんなサービスがされているというのが、数時間前のジェミネなら顔を歪めて叫んでしまいそうな驚愕だったろうに、今はもう慣れてしまった。それよりもワシュレイの方が心配だ。

 けれどワシュレイは息を整えて、車に備えつけられていた水を口に含むと、はっきりと「帰らない」と言った。
「アンネ、だろう? ベルスと何かの約束をしたんだろう? 僕もそこに行く。病院に行く必要はない。ホテルだって、今日はもうマスコミが張っているに違いないんだ、帰ったりしたらひどいことになる。一晩かくまってくれ。……お願いだ」
 ワシュレイの言い分は、筋が通っているように聞こえた。ジェミネが返答に困っていると、運転手が赤信号で止まって発言した。
「右に曲がるとホテル、左がジャンクストリートです」
 ジェミネやベルスの住む通りである。
 返事をしたのはワシュレイだった。


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