5.

「さぁ次は君の番だ」
 と言われ、ジェミネは倒れそうになった。
 この格好──ピンクのワンピースのままで夕食に行けるのかと思ったら、さらに着替えろと言われたのだ。思わずジェミネは、
「ええ〜。まだご飯にありつけないの〜」
 と泣き言を言ってしまった。
 いい加減に振りまわされ続けて、身も心も疲れてしまった。そろそろゲームオーバーにして欲しい。

 あのキスで自分の中に生まれてしまった「何か」が、育ってしまう前に。
 早く消えて欲しかった。

 黒のフォーマルで男前を上げたのは、ワシュレイだけではなかった。
 ベルスもまた、これなら良い男って自負しても良いよと認めてあげられそうなぐらいに、格好良くなっている。元々、身長はあるのだ。自分の磨き方を分かってなかっただけなのだろう。
 ジェミネがそう言うと、
「同じ言葉をそっくり返してやる。良いからドレスアップして来い」
 などとベルスまでもが、ジェミネの着替えを即して来たのだった。頼むよもう勘弁してよご飯が食べたいよジャンクフードで良いからさ──と言うだけ言ってみたが、聞き入れられることはなかった。

「何さあいつら、変に意気投合しちゃって。ドレスルームで何か話でもしたのかしら?」
 ジェミネはぶつぶつと呟きながらも一時間、美容師にされるがままになっていた。その間に出張してきたブティックの店員が、ドレスを用意して去って行く。
 どこがお忍びだとわめきたくなる、まさに最高級の豪遊だった。この先、一生、絶対に経験しない遊びであることだけは間違いない。

 出てきた完成品のジェミネを見て、最初に反応したのはベルスだった。下衆な口笛だったが。でもジェミネは、それが彼の最高の賛辞なのを知っている。
 ヒールの高くて細い靴が歩きにくくて、ジェミネはゆっくりとしか動けなかった。それをワシュレイが手を差しのべてサポートした。
「背筋を伸ばして。顎を引いて……。なるだけ一直線上を歩くみたいに、まっすぐ足を出した方が揺れないよ。階段を降りるみたいに、つま先から降ろして……そう」
 一緒に並んで歩いてくれるワシュレイの腕に掴まり、自然と2人の歩調が合っていく。ベルスがおどけながら美容院のドアを開けてくれて、ジェミネはドレスの裾をつまんで外に出た。
 美容院にいる全員が微笑ましさと羨望を讃えた目で2人を見送っていたことには、気づかなかった。

 美容院を出てすぐの通りに、黒塗りの大きな車が待ちかまえていた。レストランからの送迎車だという。
 洋服店かどこかから予約でもしたのだろうか。彼は携帯電話を持っていない。ジェミネは怪訝に思った。しかし自分が気づかなかっただけなのだろう。多分。
 ジェミネは、その車をまじまじと見つめて戸惑った。
「ベ、ベンツ……? あ、いや違う、ロールスロイスだっけ??」
 ワシュレイは笑っただけだった。

 車の中にはシャンパンが用意されていて、ベルスは一足お先に出来上がりそうな様子だった。
 しかしジェミネは、ドレスで腰を締めつけられているのもあって、グラスに手を伸ばす気になれない。ワシュレイも同じように、シャンパンに口を浸けていなかった。
「今日はありがとう」
 ワシュレイが2人に微笑んだ。
「このディナーが終わったら、お別れだ。2人とも素性の分からない僕にここまで付き合ってくれて、感謝しているよ」
「よせよ、甘ちゃんだなぁ、お前」
 ベルスがシャンパングラスをもてあそびながら斜めに笑った。せっかく正装になったのに、それらをすべて台無しにしそうな崩れた座り方をしている。その方がベルスらしいといえばらしいのだが。

 ジェミネは膝の狭いマーメイドスタイルのドレスだったため、自然と膝を閉じて緊張していなければならなかった。
 表層意識では、早く脱ぎたかった。少しでも足を崩すとスリットから太股が見えそうだ。おまけに濃い赤なので肌が余計に目立つ。
 だがそう思いながらも、心のどこかではそんな格好をしている自分を嬉しく思う自分がいた。美しくアップされた髪や、行き届いたメイク、胸元に光るダイヤ。
 そして隣りに座る、王子様……。
 16歳には、きつすぎる冗談だ。

 そしてそれは、やっぱり冗談だった──と思える終結が、待っていた。


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