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1. 人生なんてものは、冗談と偶然でできあがってるだけの代物なのかも知れない。 などと、この少女ジェミネが思ったとしても無理はなかった。そのぐらい、その出会いは冗談であり、偶然だったからだ。 書店でぶつかった相手が王子様だったなんて、誰が信じるよ? しかもジェミネは「仕事」にかかる寸前で、ちょうどぶつかってきたその厄介野郎に見咎められたので、余計に腹が立って仕方がなかったのだった。 「あ、ごめん」 背中に肘を当てられて思わず前のめりになったジェミネの手から、万年筆が転がった。それをポケットに放りこもうとした、まさにその瞬間にドツかれたのだ。 床に転がった万年筆は、それに気づいていなかった店長に悲鳴を上げさせた。高価なペンは、繊細なのである。ちょっとした衝撃で、ペン先がイっちゃうのである。 「ごごごごごごごめんなさいっっ!」 ジェミネは、ここ一番の表情は心得ている。顔は今3ぐらいだが、その表情にほだされない者はいない。……が、金までは免除されなかった。万年筆は見事に成仏していたのだ。 「何ドル?」 それを救ってくれたのが、この王子様なのだった。 王子様というのは、比喩ではない。 確かに見た目も王子様だが、コヤツが自分で名乗ったのだ。 「小さい国だから知らないだろうけどね。アルハイメンの第七王子ワシュレイというんだ。今日一日遊びたいから、付き合ってくれないか?」 ロー○の休日じゃあるめぇしよ、王子様。しかも相手がこんなスリのあばずれ少女で良いのか、いや良いわけがない、反語。 ジェミネは、彼の国というのはイエローピーポーの止まる場所か? と考えたが、それでも冷静になってみようと思って、彼を観察したのだった。 少年らしさの残る、坊ちゃん坊ちゃんしすぎてない髪型。柔らかなプラチナブロンドだ。絶対に名のある美容師の作品に違いない。 それに翡翠のような瞳。純粋無垢って感じ? ああイヤダイヤダ。 肌は透き通るような、シミ一つない、キメの整っているもの。毎日、何時間風呂に入っているのだろうという感じである。髭が生えたところで、髭すら恥ずかしがって抜けて行きそうだ。 それに何十ドルもした万年筆のお金を、こんな見ず知らずの人間の代わりにポンと払ってしまった。現金でなくカードという辺りがまた坊ちゃんぽくてすごい。しかもサインが手慣れていた。 転じて、自分の容姿。 女であると自己主張するように伸びた黒髪は、伸ばしているのではない。勝手に伸びたのだ。でもちょっとウェーブしているのが大人っぽいので実はそんなに嫌いじゃない。んだが、毎日シャンプーするような気合いも金も持ち合わせていないので、汚れ気味ではある。 青い目。できればアーモンドの形の瞳が良かったのに、自分の目は少し丸すぎる。幼く見られるのは嫌いだ。舐められるから。 肌も黒いし。スパニッシュな自分はそこまで黒くないからと慰めてもらえるが、やっぱり「売る」んだったら金髪に白い肌が一番「高い」に決まっている。だからせめてプロポーションだけは整えなければと思うので、ウォーキングとトレーニングは欠かさない。ジムに行くような金はないから、寝る前にしているだけだけど。 まだ、本当に売ったことはないけれど。 「あんた何歳よ?」 問われ、ワシュレイが穏やかに微笑む。って、アルカイックスマイルってやつかよ、おめー! と、やっぱり内心、身悶えするジェミネだった。 が、ここが公の場カフェであり人の目もあるので、行動や表情にはいっさい出せない。個人テーブルで向かい合わせであっても、誰が見ているか分からない。ジェミネは小さく咳払いをしてカフェラテをすすり、気分を元に戻した。 「17歳と半年」 「そ」 ジェミネは素っ気なく返事をしたが、やっぱり内心叫んでいた。そんな可愛い叫び声でなく、雄叫びみたいな感じで。こいつのどこが17やねーん! と、言いたい。声を大にして言いたい。 しかし確かに身長があって顔はちょっと童顔だが面長だ。体つきがほっそりしていて雰囲気もはかなげなので、幼く見えるのだ。とはいっても実はジェミネの方が一つ下なのだが。 「私なら絶対に売り飛ばす」 影でボソリと呟いたジェミネの言葉を、気の良いお坊ちゃまは聞いていなかった。 「何?」 「何でもないわ」 「君は幾つ?」 「レディに年を聞くもんじゃないわよ」 ツンとしたジェミネの答えに、その時ワシュレイの顔に侮蔑の色が一瞬浮かんだように見えて、ジェミネはかっとした。 「何よ、私みたいなのが自分をレディなんて言ったらおかしい?」 突然少女の剣幕が激しくなったので、ワシュレイは慌ててしまった。 「違うよ、すれたものの言い方をするのが何だか……」 「何だか? 何よ」 「あの……可愛いって思って」 「はぁ? 万年筆の件はお礼を言うけど、そんなおべっかを使われても何も出ないわよ、私」 せっかく高い万年筆が裸で陳列されてる良い穴場だったのに、もう二度と行けないし。というのは、間違っても口にしないが。 「だいたい見ず知らずの私にお金を出してくれるなんて、何かの魂胆があるとしか思えないわ。でも私なんて何の役にも立たないわよ」 そこまでジェミネの言い分を聞いたワシュレイは何か納得したようで、先ほどとは違うニュアンスで微笑んだのだった。その余裕を持った笑みがやっぱり気に食わなくて、ジェミネの顔は尖ったままだが。 「なら正直に言うよ。僕は今、追われている。……というと大袈裟だけど、執事を騙してホテルを抜けてきたんでね、見つかりたくないんだ。夜には戻ると書いてきた。だから夜まで一緒に遊んでくれる子が欲しい。君はそのための人だ」 しごく当たり前のことを言っているように聞こえるが、充分イっちゃっている。ジェミネはどのタイミングで彼にカフェラテをぶっかけて去れば良いかと思案したが、そんなジェミネの思惑をよそに、坊ちゃんの言葉はどんどん異世界を紡ぐ。 「第七王子だからね、王位継承権にはほど遠い。そういうお家騒動はないから、安心して僕の相手をしてくれると良いよ。支払いも全部僕が持つ。君は、ただ付き合ってくれるだけで良い」 「……胡散臭すぎますが」 「なら、君があの店でしようとしたことを正直に店長に述べた上で、君に万年筆代を請求するだけだから良いよ」 異世界の中に、急に現実が混じった。 ジェミネは息を止めてしまった。思わず飲んでいたカフェラテが鼻にまわってしまい、しばらく咳で目を白黒させてしまった。その後は、顔が真っ青になるやら真っ赤になるやら。カラフルな一日だ。 「知っててぶつかって来たの?! あんた!」 思わず席を立って大声でわめいてしまったジェミネは、店内に気づいて身を固くした。注目を浴びている。 目立たないように生きてきたというのに。 「出ましょ、ワシュレイ王子様。ここじゃ会話に向いてないわ」 「どこでも、そんな会話に向いているとは思えないけど」 「良いから」 ぼんやりとしているように見えて、飛んだ悪魔だ。しかも悪魔はにっこりとつけ加える。 「“王子様”なんていらないよ。ワシュレイって呼び捨てにしてよ」 うるさい。 next index home |