エピローグ
既に水は冷たくなり、散歩をするにも不向きなごつごつとした岩場が続く、ゆるい岬に人影はない。
海を見るためのエリアすら全くない海岸沿いの国道の端に、申し訳なさそうに駐車灯を点滅させて停まった白い軽自動車は、その情景には不似合いだったが、それがかえって妙に消失感をかもし出していた。
助手席から出て立ち上がった娘は、潮風に踊る癖毛髪をいまいましげに押さえた。黒い長袖のTシャツと薄い青のジーンズが彼女の顔立ちによく映え、茶色に染めた髪は、瞳に憂いすら与えながらなびいた。
運転席からは、青年が不似合いな花束を抱えて出て来た。片手に大きな白い花束を持ったまま、片手では車のキーをもてあそびつつ、娘と共に道路を降り、岩場を歩いて行く。
「ほらよ」
「うん」
少し崖になっている岩場の終点で、彼女が青年から花束を受け取った。
波が鳴った。
「……ごめん。やっぱり、あんたが投げて」
「お前、毎回尻込みしてない?」
「失敗したら申し訳ないじゃない」
「どんな失敗だ」
呆れながら、青年が花束を受け取った。足場が悪いので、助走は付けられない。彼は一歩踏み出して、横投げに花束を放った。
白い花が舞い、青い海の中に光った。
彼女が目を細める。
「なぁ、厚子」
「あん?」
振り向く。
隆顕は、海を覗き込みながら呟いた。
「あの時さ。大杉、最後に頷いてたの、憶えてるか?」
厚子は、明後日の方向を向いて考えた。
「あたしが美海のそばに行った時?」
「そう」
隆顕が顔を上げる。
2人は岩場を少し戻り、低くなっているくぼみを見付けた。今はすでに満潮で砂浜が残っていなかったが、2人はまだ、そこにいた者の記憶を再現することが出来た。
「きっとあの時、洵さんが何か言ったんだよな……」
「お友達のように、気安く呼ばないでくれる?」
「お前の言い方が移ったんだ」
厚子はそっぽを向いて海を見た。隆顕が、多少口を尖らせた。
すぐに厚子が振り向いて、隆顕はどきりとした。彼女のその笑みは、かの日の美海を彷彿とさせた。
「きっと、あの時あんたが言おうとしたのと、同じだよ」
すぐにいつもの厚子の、少し皮肉った笑いに戻っていた。
隆顕は再度、口を尖らせた。
「カマかけんなよ」
はははと厚子が声を上げる。図星だとでも言うように。厚子の表情に曇りはなく、ましてや嫉妬などと言う暗い翳りなどあるべくもなかった。
「大抵、男が女に言うとびきりの言葉なんて、知れてるわよ」
言いながら、厚子は彼を通り過ぎて戻り始めた。隆顕も、彼女の後を追った。
岩場から道路への段差を慣れた風に登り終えると、厚子は再度、海を見た。もう引き潮に入る海は、あの時ほど荒れてはいなかった。
「女も、それが1番嬉しいしね」
隆顕が登り終えて、厚子の顔を見つめた。
「お前には、言ってやらん」
「言っていらないわよ、別に」
「かわいくねぇなぁ」
「素直と言って」
2人はどちらからともなく吹き出して、笑い合った。隆顕が「馬鹿」と言ってから、車に乗り込んだ。
「あんたほどじゃないわよ」
呟いてから、厚子は振り返った。
海に挨拶するように微笑むと、彼女も車に乗り込んだ。静かで小さな海辺の町に、軽自動車のエンジン音と、冬も近い波の音だけが響いた。
花束は、すぐに波に呑まれて行った。
後には何も変わらない、海の風景だけが、そこにある――
FIN
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