Act 6 (暴挙)
6.
今朝は曇り気味で、波も穏やかではなかった。
岩にぶつかり壊れるしぶきが体にかかるかかからないかほどの距離の岩場に彼は立って、水辺線を眺めていた。くわえた煙草を手に取り、煙を吐く。
返って、彼にとっては曇り空が幸いだった。海に近付く者がいないからである。
寄せる波の音に共鳴して高鳴る自分の胸を押さえて、洵は山側を振り返って見上げた。
車が停まる音、ドアを閉める音が聞こえてきたのだ。洵は岩場を渡りながら、声をかけた。
「20分、遅刻ですよ」
岩影から、伊藤博也が降りて来た。
「悪い悪い。路駐のトラックに邪魔されたり、運が良くなくて。後で、何かおごるよ」
申し訳なさそうに言いながらも、にこやかな博也の言葉に、洵の胸がちくりと痛んだ。彼はこれからビデオに死者を映すことになろうとは、夢にも思っていない。それどころか世にも不気味な、知能を持ったキメラを撮るのだと言うことさえ、昨日まで知らなかったほどだった。
彼はビデオを右手に、目の前に立った長髪の青年をしげしげと眺めた。博也には、どうしても洵がそのような生物に見えなかった。
「何ですか?」
「いや」
博也の視線に気付いた洵がふと顔を上げ、微笑んだ。洵の顔は整った作りだが、合成体“キメラ”と言う人工的な言葉が似合わない、優しい、悲しい笑みだった。
自分が洵に見とれていた事実を忘れるように、博也は1度、軽く首を振った。
「君とは、奇妙な関係になるな」
「美海のことですか?」
「義兄弟って言うと、古いやくざ映画みたいだけどな」
ははと笑って2人は肩を竦めたが、どこか空々しかった。知らず、お互いに警戒していたせいかも知れない。
多分、頻繁に会うような間柄にはならないだろう、と言う予感が博也にはあった。
洵自身に人を寄せ付けない雰囲気があるためそう感じ、そしてそれが、人間でないと言うことなのだろうか、と博也に思わせた。
「美海ちゃんも、そうなのか?」
博也が、呟いた。
洵が首を傾げた。その動きに、手にしていた煙草の灰が落ちた。洵は、ほとんどなくなってしまっていた煙草が最後の1本だったことに気付いたが、特に躊躇もなく、携帯灰皿に押し込んだ。何となく律儀な自分の行動に、煙草を捨てるなと説教する美海の顔が浮かび、苦笑した。内ポケットにそれをしまって、洵は博也に顔を向けた。
「美海ちゃんも、君と同じ、大杉教授の……」
何と表現すれば1番シンプルで洵の気に障らない呼び方かと悩み、思い付かないでいる博也の心中を察して、洵は少し大袈裟に、
「ああ」
気付いた振りをして、言った。
「美海は、そんなじゃありませんよ。人間です」
さらりと言ってのけ、明るく笑って見せる洵に、博也は肩を落とした。10歳も年下と思えない落ち着きと憂いが、洵にはあった。
それが死を決意した者の表情だからだ、とは博也に分かるはずもない。
洵は足を揃え、手を横に下ろして、博也に礼をした。
「伊藤さん。福山さんにも、伝えて下さい。美海を宜しくお願いします」
「おいおい。何もこんな所で、永の別れみたいに言うなよ。いつでも、また会いに来てくれりゃ良い。――何、マスコミなんて一過性の台風みたいなもんだから、来年の今ごろには落ち着いてるさ」
「そうですね。ありがとうございます、無理を聞いて頂いて」
博也は苦笑した。
「僕のは、千鶴のための行動さ」
「なるほど」
洵も苦笑しながら片足を崩した。
博也の携帯電話がなった。少し洵の顔色が変わったのを、博也は見なかった。懐に手を伸ばし、携帯を取り出した時には、着信音は止んでしまった。
「千鶴だ。教授と交渉、出来たのかな?」
「そんな早く?」
さり気ない様子を装って、洵は言った。再度博也が電話をかけても、携帯電話は無言だった。
「つながらない」
洵は真顔で、時計を見た。
「始めましょう。千鶴さんが心配だ」
「……ああ」
何かしら煮え切らない、不機嫌な時の気分にも似た不安感を感じ、博也はつい言い淀んでしまった。
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