Act 6 (暴挙)


 5.




「やめて! 駄目、撃たないで。私が戻らないと、洵君のビデオがテレビで公開されますよ!」
 撃鉄に親指をかけた六郎の手が、止まった。
 扉の外を、研究員が叩いている。何重かに重なった、くぐもった叫び声。モーター音も水音も止んだ地下室に、重苦しく鳴っていた。
 千鶴は、ずっと喉につかえていたものを取ったような気分を味わったが、それは安堵ではなかった。千鶴はちらりと手首に目をやり、時間を確かめた。
 無理に冷静な顔を作ろうとしながら千鶴は、もたれかかるようにして機材に手を突いた。足が震えていたからだった。自分の体に鉛がめり込む瞬間を、想像したのである。
「ただで済まないのは、あなただけです。博士。手は打ちました。計画に携わっていた者からの辞表も預かって来ました。美海は、私が守ります。それに洵君は。……洵君は、もう、こう言うこととは、無関係な所に……行きましたから」
「――……まさか」
「自らの希望で。海に」
「まさか、あれの変化を撮ったと言うのか?!」
 千鶴は言葉を遮られて、息を呑んだ。六郎が目を見開いた。彼の口が息を吸いながら、大きく開いた。
「嘘を付くな!」
 意外な言葉に、千鶴が顎を上げた。
「あれが変体なんぞしたら……しかも本物の海でなんて! 怪物が放されるのだぞ!」
「怪物、って……。死ぬんじゃ……?」
 六郎は上半身をガクンと揺らし、怒りを露わに千鶴を見ていた。
「まだ、だな。福山君、まだ洵は海に入っとらんな?!」
 どう返答して良いか分からなくなった千鶴は、声が出せないまま、ゆるゆると首を横に振った。しかし六郎に見透かされていることは明瞭で、彼女は言葉を間違えたことを後悔した。
 根本的な所で、この計画には欠点があったのだ。
 そのことが千鶴の頭を痛めた。六郎の言葉は多分嘘ではない、取り乱し方で分かる。だからその勢いに呑まれて、千鶴も言葉を間違えた。でなければシラを切り通して、千鶴の勝ちだったのだ。千鶴は、額に手を当てた。
 歯を食いしばった六郎は突然扉に手をかけると、力を込めて開け放した。
「博士!」
「教授、何が、」
「来るな!!」
 今まで聞いてきた六郎の声とは思えないほどの怒声に、階段を埋めた数人の研究員らはビクリとなった。彼らの目が、一斉に六郎の右手に釘付けになる。
「福山君、来るんだ」
 六郎が千鶴を睨み付ける。が、千鶴は彼の突然の行動に理解がしきれず、動けないでいた。
 間髪を入れずに、六郎が動いた。
 彼の動いた後ろで、すでに息絶えた生き物の目が光に照らされて、所員らを凝視した。ぞくりと彼らの背に悪寒が走る頃、六郎は千鶴を捕らえ、その耳の後ろ下――動脈の辺りに、銃口を当てた。
 今度は千鶴が、歯を食いしばった。口がへの字に曲がった。
「正気じゃないわ」
 千鶴は小さく呟いたが、六郎が正気であることを誰より知り得ているのは、千鶴だった。
「狂気で構わん」
 彼は重苦しく言った。所員らに顔を向けると、
「すまんが、どいてくれ。ちょっと、出かける」
 およそ、その場にそぐわない言い方をして歩き出した。押されて千鶴も歩き始める。だが嫌がると言うよりは、むしろ率先して彼女は足を速めた。洵のこと、それをビデオに収める伊藤博也のことが気にかかったからだ。
 奇妙なまでに歩調を揃えて歩く二人は、おろおろと道を開ける所員らの間を抜けて、たちまち階段を上っていった。
「ああ、それと」
 最後の段を踏んだ所で、六郎が立ち止まる。彼らは地下室から目を逸らすように、六郎の声がした方を見上げた。
「辞表は、わしの机の上に置いておいてくれ」



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