Act 6 (暴挙)
4.
ガタンガタン。
ガタンガタン。
風通りが良すぎて、厚子は首を竦めた。
急に肌寒い季節になったと思いつつ、彼女は自分の横の窓を閉めた。誰もいない車両に、ポツンと厚子だけが座っている。街に向かうのと離れるものでこんなに違うもんなのね、と妙な所に感心しながら立ち上がり、1両でもこと足りるだろう3連結の車両内を見渡した。
車両の継ぎ目を、扉を開けて隆顕が入ってくる。彼は浮かない顔で、4人掛けの座席の、厚子の斜め向かいに座った。厚子も腰を下ろした。
「この電車にゃ、いなかった」
「まぁ。見りゃ分かるけどね」
「嫌なヤツだな、お前」
「2本位先に行っちゃったかね」
「いや、多分1本だ。本数少ないからな」
「あたし、電車を待つのにこんなにイライラしたの、生まれて2度目よ」
「1度目は?」
「この高校の入試に、遅刻しかけたの」
「お前らしいや」
隆顕は、けけけと笑った。厚子が不機嫌そうな顔をした。
「放っとけ。あんたは、補欠合格でしょ」
「げ。何で知ってるんだ」
「カマかけたの。本当だとは思わなかったわ」
もう1度嫌なヤツと言いかけて、隆顕は止めた。厚子が機嫌を直した笑顔に、その言葉が当てはまらなかったからだ。彼は舌打ちをして、頬杖を突いた。厚子も、窓の外に目を向けた。
隆顕が顔を上げ、目を細めて厚子を見た。彼女の横顔には、学校の中でいつも見ていた時には全くなかった、憂いと弱さがあった。いや。学校の中でと言うよりそれは美海がいたため、なかった表情だった。
ふと隆顕は、厚子を遊びに連れたくなった。
「武田」
「え?」
日曜日、暇か?
きょとんと顔を向けた厚子ともろに目を合わせた隆顕は、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。今はそれどころではないのだし、彼としては美海の方が心配なはずなのである。
「あのー、あいつ。美海、どこに行ったんだろうな?」
「あたしに聞かないでよ。あんたんちの近くでしょうが」
「それもそうか」
隆顕は自分の顔が赤くなっているだろうことをごまかすため、わざと眉間に皺を寄せた。ふてくされているように、ポケットに手を突っ込む。我ながら滑稽だ、と彼は思った。
「でも、海かも」
「へ?」
更に滑稽な顔をしてしまった隆顕に、厚子は悲しげに笑った。
「海かも知れない。そんな予感がする」
「え。でもうちの方って、スポットとか海水浴場とかないぜ」
「例えば」
厚子は言い辛そうに、息を吸った。
「前川。例えば超能力以上のことがあっても、平気?」
美海と友達でいられるか、と言うことだ。隆顕は本気で顔をしかめ、上半身を少し厚子に傾けた。真剣なような、どこかからかうような調子があって、真面目に答えるものか判断しかねた。
軽く言おうかとも思った。が、止めた。
「平気だ。友達でいるさ」
真っ直ぐと言った答えに厚子がついた溜め息がどういう意味なのか、今の彼にはまだ分からなかった。
「本当は友達じゃなくて、彼氏になりたいんでしょ」
冷たい視線で言う厚子を、隆顕は斜めに見た。考えていることは分からなかったが、妙に彼女の強がりは見えた。
「カマかけんなよ。お前こそ、どうなんだよ。大杉の兄貴が好きなんじゃないのかよ」
「……カマかけないでよ」
しかし厚子がそう言いながら傷ついた顔をするので、隆顕は何も言えなくなった。
ガタンガタン。
ガタンガタン。
電車の揺れに合わせて、乾いた音が続いた。
鳥の橋駅。
隆顕が自転車置き場から、自分の自転車を引っぱり出して来る。それを待つ厚子に、隆顕は聞いた。
「お前は、大杉と友達でいられるのか?」
その問いに、厚子は憂いの顔をしなかった。
「大好きよ」
歩き出して、振り向く。秋の風が彼女の髪をもてあそんだので、厚子はすぐにまたそっぽを向いた。
「乗れよ」
隆顕は後部に厚子を乗せ、走り出した。その図を夢に描いているのは、栗色の長髪をなびかせる小柄な少女を乗せて走ることだ。彼の中で、少しづつ図が変わろうとしていることに、彼自身まだ気付かない振りをした。
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