Act 6 (暴挙)
3.
そこにいた全ての人間が、振り向くことさえ出来ずに凍りついた。
獣とも、人間ともつかない、苦痛の叫び声。その声が何か作り物の声などでなく、生の、今この瞬間に発せられたものだということを、分からない人間はいなかった。それは何人もの、いや、何匹もの声が重なり合い、不気味なハーモニーを作って彼らの耳にまとわりついた。まるで地の底からの、怨霊にも似た――あるいは、何千年も昔の生き物が嘆いたような叫びだった。
全員が恐怖し立ちすくんだ中で、やっと六郎だけが走り始めた。
この地下室で行われている一大研究の真相を知る者は、ごく限られた人数である。今日はなぜか、知る者の顔がなかった。千鶴が手を回したのだろうことはすぐに気付いた。今はそれどころではなかったが。
走る六郎の背に不審と不安の視線が突き付けられたが、やはり余裕などなく、彼は老体に鞭を打って階段を駆け下りたのだった。
扉は、開け放してあった。
部屋に入らずともはっきりと見えたガラス管の中身に、六郎はギクリとした。
管の中でたゆたうキメラは、えぐられたようにぐるりと目を見開いて、六郎を見ていた。近付くと、もう息のないことが分かった。
部屋の中に入り、見回すと、それ1体のみならず全ての作品が死に絶えたことが見て取れた。
六郎は放心しそうになる自分の心を奮い立たせ、目を作品たちから離した。機器の前に、千鶴が立っていた。機会特有のモーター音は止まり、空気が抜けるようなシューとと言う音も、徐々に小さくなっていた。
「福山君!」
千鶴は、決して驚きもせずに振り向いた。ただ、それを行った彼女自身でさえ、人工動物たちの今際の際の叫びにおののいたらしい。六郎を見た彼女の瞳には、怯えが残っていた。
だが千鶴はまだ余裕があるらしく、少し顔を上げ笑いすらしてみせた。六郎は眉をしかめる。
「教授?!」
そんな叫び声と共に階段を降りてくる足音を聞き、六郎は素早く扉を閉めた。一瞬、千鶴の顔色が変わった。
「大きなペナルティを払わされた」
呟いた六郎の声が、地下室によどんだ。金属音がして、千鶴を振り向きながらポケットから出した彼の右手が、拳銃を握っていた。
「教えてくれ、福山君。あれは――洵は、なぜ、生命維持装置を使ったのだ?」
六郎は顔を歪め、問う様にして言葉を続けた。
「装置を壊したと言うことは。不要と言うことは、生きることを放棄したと言うことだ。なのになぜ、まだ死なずに装置を使った? すべきことがあったからだ。違うか?」
ぴたりと標準の定まった銃口を見ながら、千鶴は答えないまま、指の背で軽く頬を撫でた。頬の下に、汗が滲んでいた。
彼女は、溜め息のような深呼吸をした。
「博士。自首して下さい。この研究によって、私の母と父を、殺した、と」
「何だと?」
「……博士。恩義を感じてると言いましたでしょ? 私が美海に会うことを、あなたが禁じなかったからですのよ。おかげで私は、あの子を引き取ってやって行く自信を持ちました」
「何を言ってるんだ、君は」
内心では彼女が言わんとする所を理解しながらも、六郎は不可解でならないと言う顔をして、銃を構えた。
「あれは、私の娘だ」
また洵と3人で暮らすのだと言う含みが聞こえた気がして、千鶴はふいに泣きそうになり、自分の顔を引き締めた。
「私の妹です。あなただって、犯罪者の娘になんか、したくないでしょう? 作品たちの“悲鳴”は皆に聞かれました。洵君のことも気にかかるなら、あなたが幕を閉じて下さい。発表して下さい。母体を犠牲にして産まれた、可哀想な子のことを。それに、融資をしてる企業の狙いを。計画に関与した財閥、政界の人物リストと、リベートの金額」
千鶴の言葉に合わせて、段々と、六郎の顔が怒りにこわばった。開いた口が、カクカクと震えた。
「無茶を言うな! そこまでしては、何も残らんではないか! わしだけならまだしも、洵たちだって、ただでは済まん」
六郎は銃を構え直した。一瞬、千鶴を黙殺して自分も、と言う考えに目の前がくらんだ。その異常な光を帯びた六郎の目に、一度に言い過ぎたと後悔する千鶴が、たじろいだ。
「それを洵が望んでいると言うのか?!」
小さく刺す様な音が、カチリと鳴った。
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