Act 6 (暴挙)
1.
六郎は、ふと自分が眠っていたことに気付いた。所長室の椅子は、いつもは偉そうな位ふんぞり返って座れるくせに、こういう眠りこけた時に限って、六郎の腰に痛みを与えるぎこちない物になってしまう。
六郎は、顔に当たる光と腰痛とにしかめ面を作って、左手を突きながらゆっくりと立ち上がりかけ――扉を見て、その動きを止めた。
「いつから、いた?」
「ほんの10分ほどですわ、博士。お疲れのご様子でしたので」
「いらん世話だ」
睨み付け、六郎はちらりと時計に目をやり舌打ちした。もう、他の所員らも出勤して来る時間である。水槽を片付け、書類を処分しているうちに疲れてしまったらしかった。
「昨日は、朝帰りだったのか?」
かなりの毒を持った言い方に、千鶴の眉もぴくりと動いた。
「もう、学生ではないんですよ。朝帰りを叱る親もいませんし。……あなたのおかげで」
六郎は、確信した。彼女が六郎を恨んでいることを。洵の件にも関わりがあることは必至だった。洵の生命維持装置は、六郎の他は千鶴しか動かせない。
六郎は、かがんだ上半身を動かさないように気を配りながら、手の先だけで、そっと引き出しをまさぐった。
「君に電話をしたのは、間違いだったな」
「洵君が水槽をつぶしたりしなければ、ことはすんなり運んだんですけどね」
六郎は、ふと回想した。
中学生の頃とは面持ちは大分変わったが、憎悪と表現して良いほどの強い力を持っていた冷ややかな千鶴の瞳は、そのままぴったり今と重なった。
千鶴の母親が亡くなったのは、美海を産んだためだった。
今でも千鶴は、その時のことを思い出せる。やるせない悲しみと、六郎と父に対する怒りと、父の涙、母の笑み――子供は無事だと聞いた時の、母の安らかな顔を――。
千鶴はトン、と扉に背を付けて、後ろ手を組んだ。視線を六郎に戻す。
「最初から、こうするつもりじゃありませんでした。憎んではいましたけど、尊敬もしてましたし、恩義すら感じていましたから」
千鶴の言葉に、六郎は薄く笑った。
「こんなことをしておいて、よくそんな笑えん冗談を言ったものだ」
と言うと、彼はふいに右手を机の下から出した。
「洵はどこだ、」
バンッ! と千鶴が扉を大きく開け放した。六郎は肩を揺らして、言葉を切った。
「う、わっ」
たまたま通りがかった所員が、室内の六郎を見て、ぎょっとする。慌てて六郎は右手を下げ、銃をポケットに隠した。
千鶴が、ニヤリと笑った。
「その科学者にあるまじき行為は、ペナルティですわね!」
千鶴はくるりと身をひるがえし、所長室を飛び出した。通路を、奥に向かって走り出す。その先は、例の地下室だ。六郎は慌てた。
「ま、待て!」
ゴトンと椅子を蹴り背筋を伸ばした六郎は、腰に走った激痛に足元をよろめかせた。廊下にいた所員が、ただごとでない様子におろおろしながら所長室に入って来た。
「教授? 一体……」
「君! 福山君を止めてくれ! 早く!」
「え? 何がですか?」
舌打ちしながら六郎は、痛む腰を押さえて廊下に出た。彼をいたわろうと所員が差しのべて来る手が、余計腹立たしかった。
「福山君、待ちたまえ! 何をする気だ?!」
おぼつかない足取りで何とか走る六郎を、出勤してくる所員たちが何ごとかと部屋から出てくる。その面々のほとんどは、六郎が行なう地下の研究に携わっておらず、知りもしない。仮に知っていても、よもや洵や美海までもがそうであるとは、夢にも考えていない連中である。
千鶴は、奥の階段を降りる所だった。
ポケットから、銃を出す訳には行かない。
六郎は、ある種の絶望を憶えた。
「頼む。福山君!」
哀願するような六郎の叫びの直後、獣とも人ともつかない叫び声が、地の底から響いた。
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