Act 5 (ある想い)
4.
美海は軽い食事を取り、早々に風呂に入り、運動で疲れた体をベッドに投げ出した。
洵がいない、と言うことに相当のショックを受けている自分に、最初驚き、このごろはおかしくもさえ、あった。いつかは別れることになる、とおぼろげには感じていたのだ。なのに根拠もなく、毎日を変わりなく過ごそうとしていた呑気な自分が、滑稽だった。
いなくなって、ようやく。
いや、祖父の言葉を聞いた日から。
美海は“兄”が好きなのではないことを、確信したのである。
ずっと考えていた。
洵は、自分のことをどう思っているのだろう? と言うことを。
種の意識から分析するなら、2人は同族である。同類意識を持っているなら、美海を嫌いではなかろう。
だが、まがい物である。
“半魚人”なる種は元来存在しないのだから、同類意識どころか、見ているのも嫌だと思っていたかも知れないのだ。洵は、自分の生を呪っていた。美海の存在は、そのまま洵の苦しみだったのかも知れないのだ。
美海は胸の中で、急激に洵の笑顔が色あせていくのを感じた。
洵が本当の笑顔の時など、なかったのではなかろうか? と思った。
苦しみがずっと消えず、美海に笑いかける時にも哀しみや怒りがあったのなら、洵が家にいて、心から幸せな時などなかったことになるのだ。
「だから、彼女がいたのかな」
美海は呟いた。
高校生の時に。顔も知らないが、すぐに別れたようだった。だが確かに洵の容姿なら、彼女がいてもおかしくない、とその時思ったものだった。逆に大学でその形跡がなかったのが、不思議だったほどだ。
今、この夜は何をしているのだろう?
まだ、生きているのだろうか?
誰かと、過ごしているのだろうか?
彼女が、出来たんだろうか?
そのために、家を出たのだろうか?
想像すると、涙が出た。
あたしは、洵の支えにはならないのだ。
あたしの想いは、洵には伝わらない。
5歳も年下だから、子供なんだよね。
人間じゃないから、駄目なんだよね。
暗闇に、洵が浮かんだ。
悲しげな顔だった。
「お兄、ちゃん?」
夢の中の洵は、何かを言いかけて、止めた。
遠のいたように見えて、美海は慌てた。
もう少しだけ、この夢を見ていたいのだ。
夢でしか会えないのなら。
美海は、手を伸ばした。
「行かないで」
立ち去るのかと思われた洵は、意外と近くにいた。
美海の視界が涙でぼやけ、遠く見えたのだ。
「今だけで良いから」
明日は、どこの誰といても構わない。今だって、憐れみでも構わない。
美海は、その洵が夢の中の住人でないことに気付いていた。
「夢で構わないから」
しっかりと掴んで離さない美海の手を、冷えた洵の手が、そっと包み込んだ。
next
back
index
|