Act 4 (離別)
2.
深呼吸をした美海は、ビルのトイレで勢い良く鼻をかんだ。鏡の前で、リップを引き直す。
「もう、良いかい?」
「うん。ありがとう。心配かけて、ごめん」
「今に始まった事じゃないからね」
「う。……あ〜。う〜」
言葉に詰まって、美海は唸った。
「冗談よ、冗談」
と、厚子は軽く美海の肩を叩いた。
「ほら、よく考えたらさ、洵さん右手で叩いたでしょ。左利きなのに。あれ、やっぱ手加減したんだと思うよ」
「……厚子。よく知ってるね」
「洵さんの事なら、何でも聞いて!」
はははと笑う厚子に、美海は苦笑した。厚子が知らない洵の方が多い事は言わずもがなである。彼女自身もそんな事は100も承知だった。友達想いなのだ。
「ほら、せっかく良い写真、観に来たんだからさ」
厚子は美海を引っぱって、ギャラリーを指した。
「あ」
「え? ――あ」
厚子のほうけた顔につられて前を見た美海も、同じ様に、ほうけた。
ギャラリーの真正面入口に飾られたパネルの中に、美海がいたのだ。
近付いて行ってまじまじと眺めても、それはやはり美海だった。
その風景は、まさしく今回の伊藤博也の個人展“ゴンドワナ”にふさわしい、広々とした青空と、自由気ままに風に踊る新緑の植物達が溢れる景色だった。その新緑に抱かれる様に、中央より少し左の方で、風をなびかせて輝く少女が、美海の15歳の頃。
美海は、その風景を憶えていた。 近所からすぐの森林公園のはずだった。写真は、まるで別世界だった。パネルの中で所狭しと、風が、草が、美海が遊んでいる。
「綺麗だねぇ……」
厚子が呟いた。
美海は、まぶしそうに目を細めた。
懐かしいと思う以上の感慨が、胸をいっぱいにした。
「やあ」
聞いた事のある声に2人が奥を覗き込むと、部屋の中央に設置された応接セットに伊藤博也が座っていた。
「いらっしゃい。ゆっくり観て下さい。僕は、下の喫茶店に行ってるよ。良かったら後でおいで、おやつにしよう」
と立ち上がり、まさかいるとは思っていなかった2人を戸惑わせた。
博也が出て行ったため緊張が解けた2人は、改めて部屋に足を踏み入れた。
美海は博也が気を利かせて退出してくれたことに、感謝した。最初に自分の写真があったせいで、どうにも照れくさかったのだ。それこそ他に客がいたならサングラスの1つもかけたい位だった。
しかしほどなく2人は、その風と緑の空間の虜になった。
next
back
index
|