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3.ファイルA
ファイル室Cと全く同じ作りながら保管してある資料は全く違う、そこはAである。一般個別資料とでも言おうか。俺は、パソコンの前に座り画面と睨み合いをしてくれていた彼女が諸手を挙げて椅子を反転させるのに合わせて、肩を竦めて見せた。 2人同時に、溜息を突く。画面には空しい“検索不可”の表示が置き去りだ。 「F・B・Iにでも潜り込むしかないかしらねぇ」 古い冗談を使い、忌々しげに電源を落としたセディエ。彼女と俺の思惑は、実は少し違う。彼女はアウルが生き霊か何かだと主張するのだ。俺はその方がナンセンスだと思うのだが、セディエに言わせると“未来から来た少女”だなんて方がよっぽどSFコミックの様だと言うのである。 だから彼女は、 「もっとも、200年前からの幽霊だってなら分からないけど?」 と言う冗談とも本気とも付かない様な事を、さらっと言ってのける。 「あり得んね。彼女の言葉は現代調だし、むしろ時々分かり難いスペルが混じるのは、古いからじゃなく、新しいからだ」 俺はセディエに返した。 しまった口調が強かったかな、と思い慌てたのは、 「帰るわ」 と彼女が突然立ち上がった為だった。良い勢いで椅子を鳴らし立ち上がったセディエの顔は、明らかに不機嫌である。俺は反射的にゴメンゴメンと言ってしまった。 彼女はショートボブを押さえるヘアバンドをくいと片手で直しつつ、 「そうじゃないわ。エスト教授との論文の作成を思い出したのよ」 書類の束を手に、椅子を片づける。 しかし言葉の割には、今のタイミングとその態度はどう見ても怒ったからとしか思えないぞ。 「アウルに宜敷言っといてよ」 かと言って、そんな台詞を軽い笑みとウインクで残して行かれては、俺が引き止める理由もなくなる。軽快な足取りを作って出て行く彼女に、 「あ。ああ」 と中途半端な、煮え切らない返事をして俺は彼女を見送ったのだった。我ながら、俺のこういう所は好きじゃない。
◇
俺が彼女の事を気に入っている理由は、実体のない面白い存在だからと言うだけではない。ESPなる不思議な力に惹かれた訳でもなさそうだ、と言うのは、何日かしてから後日、自分で気が付いた。 話が合うのだ。 俺は調べ物があるフリをして覗きに行ったり、仕事が終わってから話をしに行ったりして、管理室に鍵を借りに行くと、何も言わないでもファイルCのキーを手渡される様になってしまった。 今日も、然り。 それを見慣れたドアの穴に差し込んで電子音を聞けば、すっかり馴染みになったCの主が俺に微笑んでくれるのだった。 「いらっしゃい、ネクスさん!」 言ってから彼女は、自分の言葉の意味を振り返ってみて、肩を竦めて天井を仰ぎ、小さく舌を出した。 「……じゃないわね、自分の家の様に」 彼女の仕草に俺は、1日の仕事の疲れを癒してもらった気がした。笑いながら、 「良いよ、自分の家と思ってくれれば」 と言いながら、扉を閉めた。 「君をここに閉じ込めたのは俺達だからね。自由に振る舞ってもらわないと、申し訳ない」 本当を言えば閉じ込めてなどいないのだが、アウルは最初に調べ物がしたかったからと言ってここにいたのだから、このままいてもらおうと言う話になったのだった。 俺の台詞に、アウルは申し訳なさそうな顔をした。 「そんな。無理を言って置かせてもらってるのは、私の方なのに……」 「いや、皆君を気に入っているから」 これは本当だ。もひとつ付け加えるなら、 「マスコミが嫌いなんだ」 人差し指を立ててニッコリ笑う俺に、 「はぁ」 とアウルは曖昧な返事。言い訳だと思っていそうである。本当に嫌いなのだ。 彼女が一体“何”なのかを証明出来る科学的根拠が何も見出せない以上、一応科学者たる俺達が彼女を公表しても、ただの名折れになるのである。例えば生け捕りにしたくても、実体のないアウルには誰も触れない。だから彼女の存在は見つからない方が良いのだ。 「科学者はプライド高いぜ」 「はい」 俺の説明をくすくす笑いながら聞いていた彼女は、それで納得した事にしてくれた。 彼女自身も色々考えてくれたらしく、俺達の利害が一致した事にしてくれて、Cから一歩も出ていない様である。ここでいざ不都合の起こった場合には、ちゃんと未来に帰れるのかと聞いたら、それは心配がなさそうだと言って笑った。夢を見ている様な状態だと言うのである。確かに、食料を摂取しなくてもやせ衰えて行ってはいない。観光気分なのだろうな、と俺は思った。419年前を見学。 「今日は、何をしてたんだい?」 迎えてくれた彼女の前にあるパソコンが何かを映し出しているのに目を向け、俺は興味を憶えて聞いてみた。彼女は嫌がらず俺に画面を見てくれと言い、喜々として自分の1日を俺に教えてくれるのだった。 そこには森の風景が広がっていた。 「400年の間にも何度か、馬鹿馬鹿しくなる様な戦争があったんですよ。分裂クーデターやら宗教戦争やら。まだ地域別に宗教や人種が分かれてたりする所もあって。……風が吹いてて森の空気が吸えたら、それだけで気持ちなんて軽くなるものだと思うんですけど……やっぱり甘いでしょうか」 「いいや。俺も、そう思うよ」 彼女の微笑ましい意見は俺の清涼剤だった。分かってくれるかなと思って、ジジィにコンチップを着けなくてよく怒られている話をしたら、彼女は思いがけず喜んでくれたりもした。同じ考えだと言って。 「少し寒くなったな、とかを体で感じるのって、自然と話が出来てるみたいで面白いですよね! 特に春、暖かくなって来るのが好き」 自然と話が、とまでは思わなかったが、アウルのこういう考え方も新鮮で良かった。 「でも、なくなれとは思ってないんです。コンチップは現に、私の時代にも廃れていないもの。形は違うけど。極寒や灼熱の地域や日がある以上、必要不可欠なものだとは思うんです」 「へぇ。感心した。それは、言えるね」 その違いや接点などが楽しくて、次から次へと話をしたくなった。 話に話が付いて来て、止まらなかった。 知れば知るほど、もっと知りたくなった。 笑いあえば笑いあうほど、もっと笑わっていて欲しくなった。 帰る時などに握手が出来れば良いのにな、と思う時がある。 ふとした時に、彼女の頭を撫でたくなる時がある。 それ以上を望みたくなる時がある自分の心を、俺は叱りつける。
◇
「今日はドルネ博士に頼まれて表を作っていたんですよ」 とアウルがフォルダを立ち上げて表を出す様子は、手を使っていないので一種異様だ。今ではすっかり慣れてしまったので俺は何とも思わなくなったが。 俺は彼女が立ち上げてくれた表が、博士の孫みたいなお気に入りプロジェクトを示す物だと気付いて、思わず吹き出してしまった。 「よくよく人をこき使うなぁ、あの人も」 「何もしないよりは、肩身が狭くないですから」 アウルが微笑む。 ふと俺はいたずら心を出して、にやと笑い返して聞いてみた。 「その表が何を作るのか、完成形を見てみたくないかい?」 「え?」 彼女の返事を聞くより早く、 「俺も関わってるプロジェクトなんだ」 椅子を引き、俺はその設計図が入っているフォルダを立ち上げにかかった。曲がりなりにもロックが掛けられた機密事項なので、普通は見る事が出来ない。 「キーワードは“未来に続く道”」 わざとアウルに聞かせる為、声に出した。 この一件が夢の終焉になるとは、思いもよらずに。 唐突だった。 「さ、隣のフロアに映しに行くよ」 「あ、はい」 何て事のない、会話。いつもの微笑み。少し興味深げに接してくれる、若草の瞳。 立体モニターに映ったホログラフを見た瞬間ガクンと変わった彼女の顔色が、驚きが、ひどく泣きそうな顔だって事にすぐには気付かなかったのだ。 「冷凍睡眠装置さ」 呑気に説明をしようとしていた。それからだ、やっと彼女を見て、ぎょっとしたのは。 「どうしたんだい?」 俺は努めて冷静な優しい声を作った。だが返って来たのは、脈絡のない頼みだった。 「眼鏡を……。眼鏡を、外してみて」 眉間にしわが寄ってしまった。 しかし彼女の眼差しは真剣である。 俺はひどい近眼で、眼鏡を取ってしまうと何も見えなくなる。眼鏡を取った俺を見て彼女が両手を口に当てた様に見えたのもそこまでで、号泣しているらしい彼女の涙も見えないのだ。俺は動揺した。やっぱりコンタクトにすれば良かった、とそんな問題じゃないだろうとツッコまれそうな事を考えてしまうほどに。 慌ててかけ直し鮮明になった俺の視界にいる彼女は、とても苦しそうな顔でぎゅっと目を閉じ、大粒の涙をボロボロと流していたのだった。俺はもっと動揺してしまった。 「アウル!」 伸ばした俺の手の中で、彼女の肩が崩れた。 「いけね」 急いで手を引っ込める。 水を叩いて飛沫が上がった様にぶわりとアウルの輪郭が乱れ、彼女が実在しなかった事を俺に認識させた。彼女もまた、同じ事を認識したのだろうか。彼女の動きが止まり――そして口が動いた。 「消して」 小さく呟いてから彼女は、膝を折って顔を埋めた。宙に浮かぶ様子がまるで神聖な胎児みたいで、俺は不覚にもアウルに見とれてしまった。泣いているのに。消してと言っているのに。 「モニター消して!」 頭を抱えてアウルは叫んだ。やっと俺は立体装置に浮かんだ、カプセル型のビジョンを消した。肩を叩いて落ち着かせる事も出来なくて、ただ呆然とする俺に、 「出てって」 とアウルは言った。哀願する口調だった。 何か悪い事を言ったか? 悪い事をしたか? 彼女に触ろうとしたのが、不愉快だったのか? 「アウル、落ち着いて……」 効力のないと分かっている言葉を口に出す程、情けないものはない。案の定、俺の言葉はアウルに吹き飛ばされた。 「御願いだから!」 こうなると、出て行かざるを得ない。 理由も分からず、彼女を慰める事も出来ず、後ろ髪引かれながらも俺はファイル室を後にした。 ネクスさんと呼んでいた俺の事を最後にアウルが「シュウ」と呟いたのを、俺は知らない。
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