直木賞のすべて
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Last Update[H20]2008/6/1

菊池寛
Kikuchi Kan
生没年月日【注】 明治21年/1888年12月26日〜昭和23年/1948年3月6日
在任期間 第1回〜第16回(通算8年・16回)
在任年齢 46歳6ヶ月〜54歳0ヶ月
経歴 本名=菊池寛(キクチ・ヒロシ)。
香川県生まれ。京都帝大文科大学英文科卒。
一高在学中に芥川龍之介らに接し、大正3年第3次『新思潮』、大正5年第4次『新思潮』に参加。
同誌に戯曲「屋上の狂人」「父帰る」などを発表した。
大学卒業後に、時事新報社入社。「無名作家の日記」「忠直卿行状記」「恩讐の彼方に」などの小説で、作家として認められる。
大正12年/1923年、文藝春秋社を創立し『文藝春秋』創刊。
大正15年/1926年、劇作家協会と小説家協会を合併するかたちで日本文芸家協会を組織し、昭和11年/1936年に初代会長に就任した。
戦時中、日本文学報国会や大東亜文学者大会の役員を務め、戦後、公職追放をうけたまま逝去。
また、言うまでもないが、昭和10年/1935年の芥川龍之介賞・直木三十五賞両賞の創設者でもある。
個人全集 『菊池寛文学全集』全10巻(文藝春秋新社)
子サイト
「余聞と余分」内
関連記事
41件/最新は平成23年/2011年4月24日記事(このページの下部にリンクあり)
備考 菊池寛は、『文藝春秋』誌のなかに「話の屑籠」という
自分の考えを発表する欄を持っていたためか、
選評はほとんど書かず、受賞作品についての感想などを「話の屑籠」に書いている。
そこで、当サイトの「選評の概要」では、菊池寛に限って、
「話の屑籠」も参照にして引用している。
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下記の選評の概要には、評価として◎か○をつけたもの(見方・注意点を参照)、または受賞作に対するもののみ抜粋しました。さらにくわしい情報は、各回の「この回の全概要」をクリックしてご覧ください。

直木賞 1 昭和10年/1935年上半期   一覧へ
選評の概要 (話の屑籠より)
候補 評価 行数 評言
川口松太郎   「外に人がないので止むを得なかったのである。川口君は少し有名になり過ぎている。去年なれば、丁度よかったので、一年位期を失している。しかし、川口君にやらないとすれば、授賞を取り止める外はなかったのだ。(川口君にやるか、でなかったらよすか)と、なると、第一回だけに、やった方がよいと思ったので、川口君に定めたのである。審査員と懇意すぎることも、一寸難点であったが、これは我々の良心を信じて貰いたい。」
「話の屑籠」出典:昭和35年/1960年4月・文藝春秋新社刊『菊池寛文學全集 第七巻』(初出:『文藝春秋』昭和10年/1935年9月号)
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直木賞 2 昭和10年/1935年下半期   一覧へ
選評の概要 (話の屑籠より)
候補 評価 行数 評言
鷲尾雨工   「何と云っても力作で、売れる当もないのにあゝした長篇を書き上げた努力は、充分認められてもよいと思う。鷲尾君は、直木の旧友で、後不和になっていた人である。直木が生きていたら、直木賞を(引用者注:第一回の)川口君にやることも、鷲尾君に贈ることも、反対したかも知れない。」
「話の屑籠」出典:昭和35年/1960年4月・文藝春秋新社刊『菊池寛文學全集 第七巻』(初出:『文藝春秋』昭和11年/1936年4月号)
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直木賞 3 昭和11年/1936年上半期   一覧へ
選評の概要 総行数5 (1行=15字)
候補 評価 行数 評言
海音寺潮五郎 4 「一作一作ジリジリと力量を上げている海音寺君に、贈ることが適当だと思った。」
  「好適の人がいない。」
選評出典:『オール讀物』平成14年/2002年10月号再録(初出:『文藝春秋』昭和11年/1936年9月号)
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直木賞 6 昭和12年/1937年下半期   一覧へ
選評の概要 (話の屑籠より)
候補 評価 行数 評言
井伏鱒二   「直木賞も、井伏君を得て、新生命を開き得たと思う。井伏君を大衆文学だと認めたのではなく、井伏君の文学に、我々は好ましき大衆性を見出したのである。」
「話の屑籠」出典:昭和35年/1960年4月・文藝春秋新社刊『菊池寛文學全集 第七巻』(初出:『文藝春秋』昭和13年/1938年3月号)
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直木賞 7 昭和13年/1938年上半期   一覧へ
選評の概要 (話の屑籠より)
候補 評価 行数 評言
橘外男   「「ナリン殿下」が発表された時、今度の直木賞は、この人にやるべきだと自分は思っていたが、先月号の本誌に出た作品が、あまりダラダラ(原文踊り字)しているので、嫌になっていたが、しかしあのダラダラ(原文踊り字)した饒舌をも、欣んで読んでいる人が多いので、やはり橘君にやっていゝと思い返したのである。」
「話の屑籠」出典:昭和35年/1960年4月・文藝春秋新社刊『菊池寛文學全集 第七巻』(初出:『文藝春秋』昭和13年/1938年9月号)
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直木賞 8 昭和13年/1938年下半期   一覧へ
選評の概要 (話の屑籠より)
候補 評価 行数 評言
大池唯雄   「手腕は相当だが、題目に鋭いものがなく、自分としては、甚だ不満であったが、最後の銓衡にやっと間に合ったので、今更他の候補者を物色するわけにも行かず、たゞ今年からもっと無名新進の人を採ろうと云う建前に賛成する意味で、不満ながら、黙認したのである。あの程度の人なら「サンデー毎日」や「週刊朝日」の懸賞小説の作家の中にも、いくらもいるのじゃないかと思う。」
「話の屑籠」出典:昭和35年/1960年4月・文藝春秋新社刊『菊池寛文學全集 第七巻』(初出:『文藝春秋』昭和14年/1939年3月号)
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直木賞 9 昭和14年/1939年上半期   一覧へ
選評の概要 (話の屑籠より)
候補 評価 行数 評言
  「直木賞の候補作品も一通り目を通したが、皆もの足りないものばかりだった。たゞ、大衆文学が、純文学の手法を、ますます(原文踊り字)取り入れていると云う傾向を感じたが、大衆文学の新人は、この所、容易に出そうにないと云うことを感じた。」
「話の屑籠」出典:昭和35年/1960年4月・文藝春秋新社刊『菊池寛文學全集 第七巻』(初出:『文藝春秋』昭和14年/1939年9月号)
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直木賞 14 昭和16年/1941年下半期   一覧へ
選評の概要 (話の屑籠より)
候補 評価 行数 評言
「話の屑籠」出典:昭和35年/1960年4月・文藝春秋新社刊『菊池寛文學全集 第七巻』(初出:『文藝春秋』昭和17年/1942年3月号)
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直木賞 16 昭和17年/1942年下半期   一覧へ
選評の概要 (話の屑籠より)
候補 評価 行数 評言
田岡典夫   「好学の努力家だから将来必ず大成するだろう。」
神崎武雄   「可なり難しい大衆文芸の現代物の創作に努力している点を認めたのである。」
「話の屑籠」出典:昭和35年/1960年4月・文藝春秋新社刊『菊池寛文學全集 第七巻』(初出:『文藝春秋』昭和18年/1943年3月号)
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ブログ版 直木賞のすべて 余聞と余分
  [H23]2011/4/24 国民文芸賞 注目を浴びた賞。権威ある賞。でもその終焉は誰も(?)知らない。  
  [H23]2011/3/27 二科展入選 新聞に大きく取り上げられることでは、直木賞・芥川賞を凌駕した。  
  [H23]2011/2/13 千葉亀雄賞 人は死んでも功績は死なず。直木三十五と同じくらい、いやそれ以上の功労者、千葉亀雄よ永遠なれ。  
  [H23]2011/1/23 戦記文学賞 戦争末期の末期、の余裕のない時期に、なぜか文学賞をやってる会社。それが文藝春秋社。  
  [H22]2010/11/28 『文藝春秋』懸賞小説 佐佐木茂索のいない直木賞・芥川賞。つまり、冴えない普通の企画。  
  [H22]2010/10/10 野間文芸奨励賞 人を誉めることだけに徹した、正真正銘「野間式」の賞。  
  [H22]2010/9/26 大衆雑誌懇話会賞 中間小説を生んだ、中小零細雑誌たちの熱意。  
  [H22]2010/9/12 大宅壮一ノンフィクション賞 一度は社会的影響力が芥川賞を上回った。と言った人もいました。  
  [H22]2010/8/15 吉川英治賞 公募型で始まったはずが、いつの間にやら姿を変える。  
  [H22]2010/7/18 池谷信三郎賞 鳴り物入りで始まった「第三の文春賞」。ごくふつうの文学賞でした。  
  [H22]2010/7/4 文藝懇話会賞 元祖「直木三十五の賞」。貧乏な作家たちに、お金あげます。  
  [H22]2010/6/13 直木賞とは……なにしろ全部一人でやって、しかも新しい仕事もあって。辞退されたときのことなんか、すっかり忘れちゃいましたよ。――永井龍男「文藝春秋の頃」  
  [H22]2010/5/30 直木賞とは……こんなに一生懸命、「文学」のために選考してきたのに。落ち目になったら選考委員を解任させられちゃうのかよ。――小島政二郎「佐々木茂索」  
  [H22]2010/5/23 直木賞とは……いつだって芥川賞といっしょ。芥川賞が受ける恩恵も祟りも、いっしょに受けざるを得ません。――小谷野敦「純文学の祭り」  
  [H22]2010/5/16 直木賞とは……確実に一人の女性の人生を変えた。でも、一度は変えそこなった。――堤千代「青いみのむし」  
  [H22]2010/5/2 直木賞とは……決定のニュースが翌日の新聞にデカデカと載ります。他の文学賞に比べて異常なくらい。――雫井脩介『犯罪小説家』  
  [H22]2010/2/21 直木賞とは……これじゃ読者にウケないよな、と思われていた作品でも、受賞すると一気に世間に歓迎されることがある不思議。――和田芳恵「転心」  
  [H22]2010/1/17 直木賞とは……一人前の作家と認められる証だ。受賞すりゃ好きな女と一緒に寝られるし。――川口松太郎「文学賞」  
  [H22]2010/1/3 直木賞とは……そんなもんに興味をもって熱を上げてるの? ほんと、キモーい。――真下五一『芥川賞の亡者たち』  
  [H21]2009/11/29 直木賞とは……眼で追ふに先手々々と蚤逃ぐる――徳川夢声『夢諦軒 句日誌二十年』  
  [H21]2009/11/15 直木賞とは……ちょっとした主婦でも知ってるよ。「一夜で有名になる」代表的な出来事だってことをね。――丹羽文雄『樹海』  
  [H21]2009/9/13 直木賞とは……日本の文学の世界とは、まったく関係はない。――上坂高生「清書」「選評」  
  [H21]2009/8/30 直木賞とは……純文学と差別する気はないけれど。“区別”されちゃうのは、こりゃ如何ともしがたい。――田辺聖子『ゆめはるか吉屋信子』  
  [H21]2009/6/28 直木賞とは……「芸術としての文学」とは正反対にある、俗悪な散文すべて。――中村光夫「『わが性の白書』」  
  [H21]2009/3/22 西なら福岡、東は岩手。そんな「文学」のメッカにもいました、文学の小鬼が。 第20回候補 佐藤善一「とりつばさ」  
  [H20]2008/12/7 「最も直木賞に嫌われた男」コンテスト、栄えある第一位。 第13回候補 長谷川幸延「冠婚葬祭」  
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