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=受賞者= 鷲尾雨工 =候補者= 獅子文六 濱本 浩 海音寺潮五郎 湊 邦三 |
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| 生没年月日【注】 | 明治25年/1892年4月27日〜昭和26年/1951年2月9日 | ||
| 受賞年齢 | 43歳10ヵ月 | ||
| 経歴 | 本名=鷲尾浩。新潟県西蒲原郡黒鳥村(現・新潟市)生まれ。早稲田大学英文科卒。 | ||
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▼2件/最新は平成20年/2008年4月13日記事(このページの下部にリンクあり) | ||
| 備考 | 故直木三十五氏と、生前、交流のあった受賞者。決して仲がよかったわけではなく、 なかば反目し合っていたというから、皮肉な受賞だったわけです。 ちなみに、第2回受賞作は、ほとんどの文献では『吉野朝太平記』としか書かれていませんが、 正確には、『吉野朝太平記』第一巻・第二巻、です。 第三巻以降が受賞後に刊行されていることからも、それは明らかですし、 第2回直木賞の選考経緯が掲載された『文藝春秋』昭和11年/1936年4月号では、 選考委員の一人、菊池寛氏も「話の屑籠」で、ちゃんとこのように書いています。 「直木賞は、鷲尾雨工氏に贈る事にした。「吉野朝太平記」二巻は、何と云つても力作で、売れる当もないのにあゝした長篇を書き上げた努力は、充分認められてもよいと思ふ。」 |
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