直木賞のすべて
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第1回

=受賞者=
川口松太郎

=候補者=
陸 直次郎
木村哲二
濱本 浩
湊 邦三
海音寺潮五郎
岡戸武平


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Last Update[H19]2007/9/20

川口松太郎
Kawaguchi Matsutaro
生没年月日【注】 明治32年/1899年10月1日〜昭和60年/1985年6月9日
受賞年齢 35歳10ヵ月
経歴 東京府東京市浅草区(現・東京都台東区)生まれ。今戸小学校卒。
受賞歴 第11回毎日演劇賞[脚本](昭和33年/1958年)「銀座馬鹿」
第11回菊池寛賞(昭和38年/1963年)
第3回吉川英治文学賞(昭和44年/1969年)『しぐれ茶屋おりく』
文化功労者(昭和48年/1973年)
処女作 「流罪人藤助」(『講談雑誌』大正5年/1916年)
「大安寺大饗応」(『週刊朝日』大正15年/1926年10月号)
個人全集 『川口松太郎全集』全16巻(昭和42年/1967年〜昭和44年/1969年・講談社刊)
直木賞
選考委員歴
第21回〜第80回(通算30年・60回)
子サイト
「余聞と余分」内
関連記事
8件/最新は平成20年/2008年4月13日記事(このページの下部にリンクあり)
備考 栄えある第1回の受賞者は、今からすれば「大衆文芸の賞」にふさわしい
といえる、芸人一家のこの人です。息子は、昔、テレビの秘境探検番組で
名を馳せた(?)俳優の川口浩さんです。

ちなみに第1回受賞作として「明治一代女」という作品も含めて紹介している文献が、
ネット上にも結構あるのですが、ワタクシが現在まで調べた限りでは、
「明治一代女」の初出は『オール讀物』昭和10年/1935年9月号〜12月号で、
受賞決定後に発表された作品だと思われるので、
当サイトでは、受賞作とはしていません。あしからずご了承ください。
(2007.2.6記)

ホームページをご覧の方より
「風流深川唄」の収録単行本の情報をいただき、
追加させていただきました。
ありがとうございます。
(2007.3.25記)

さらに「風流深川唄」の収録単行本の情報(京北書房版)をいただきました。
ありがとうございます。
(2007.6.16記)
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つるはちつるじろう
鶴八鶴次郎」
(『オール讀物』昭和9年/1934年10月号)その他
書誌
>>昭和11年/1936年3月・新英社刊『鶴八鶴次郎』所収
>>昭和13年/1938年12月・新潮社/新潮文庫『鶴八鶴次郎』所収
>>昭和21年/1946年2月・新紀元社刊『鶴八鶴次郎』所収
>>昭和30年/1955年6月・河出書房/河出新書『小説 鶴八鶴次郎』所収
>>昭和32年/1957年☆月・角川書店刊『現代国民文学全集 第15巻 川口松太郎集』所収
>>昭和37年/1962年3月・新潮社/新潮文庫『鶴八鶴次郎・明治一代女他』所収
>>昭和43年/1968年8月・講談社刊『川口松太郎全集 第14巻』所収
>>昭和45年/1970年4月・立風書房/日本伝奇大ロマン・シリーズ『蛇姫様・明治一代女・鶴八鶴次郎』所収
>>昭和47年/1972年11月・講談社刊『大衆文学大系19 野村胡堂・子母沢寛・川口松太郎』所収
>>昭和49年/1974年5月・筑摩書房刊『昭和国民文学全集8 川口松太郎集』所収
>>昭和54年/1979年8月・中央公論社/中公文庫『鶴八鶴次郎』所収
>>『オール讀物』昭和58年/1983年臨時増刊号<創刊600号記念昭和名作総集>[7月]
>>『オール讀物』平成1年/1989年臨時増刊号<直木賞受賞傑作短篇35>[3月]
>>平成6年/1994年11月・筑摩書房刊『新・ちくま文学の森 恋はきまぐれ』所収
>>平成10年/1998年3月・リブリオ出版/くらしっく時代小説第6巻『川口松太郎集 大きな活字で読みやすい本』所収
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選評の概要
選考委員 評価 行数 評言
大佛次郎 10 「川口君が明治初期を舞台にして大衆文芸に新しい局面を展いた手柄を買うことに成ったわけである。」
吉川英治 33 「川口君の近作の巧緻な所は充分に感心しているが、早く、小成させたくない気もする。」「人間的修養に多分な薄ッぺらさえも僕は君に正直に感じる、」
久米正雄 15 「翻案が多いという説には僕も同感ではあるが、然しそれを換骨脱胎する才気は充分推奨に値すると思う。」
小島政二郎 9 「僕は川口の如き有名な作家には反対だった。が、大衆作家と云うものの性質上、無名作家と云うものはあり得ないと云う説明を聞いて、僕も遂に有名作家に賞を贈ることに降参した。」
三上於菟吉 8 「作品数に於ても、大衆文芸の分野に何か新しい境地を切開こうとする努力に於ても川口君の近作が尤も適当と認めたので、同君を推薦する事にした。」
佐佐木茂索 13 「川口君に気の毒でもあったのは、(引用者中略)その生活態度まで論ぜられた点である。」「とは云え同君も三省すべき点あるは首肯しよう。」
菊池寛   「外に人がないので止むを得なかったのである。川口君は少し有名になり過ぎている。去年なれば、丁度よかったので、一年位期を失している。しかし、川口君にやらないとすれば、授賞を取り止める外はなかったのだ。(川口君にやるか、でなかったらよすか)と、なると、第一回だけに、やった方がよいと思ったので、川口君に定めたのである。審査員と懇意すぎることも、一寸難点であったが、これは我々の良心を信じて貰いたい。」
選評出典:『オール讀物』平成14年/2002年10月号再録(初出:『文藝春秋』昭和10年/1935年9月号)
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文量
短篇
章立て
「一」〜「九」
時代設定 場所設定
明治末期〜大正  東京
登場人物
鶴賀鶴次郎(新内語りの太夫)
二代目鶴賀鶴八(新内語りの三味線弾き、鶴次郎の相方)




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ふうりゅうふかがわうた
風流深川唄」
(『オール讀物』昭和10年/1935年1月号〜4月号)その他
書誌
>>昭和21年/1946年2月・新紀元社刊『鶴八鶴次郎』所収
>>昭和23年/1948年☆月・京北書房刊『風流深川唄』所収
>>昭和30年/1955年6月・河出書房/河出新書『小説 鶴八鶴次郎』所収
>>昭和32年/1957年☆月・角川書店刊『現代国民文学全集 第15巻 川口松太郎集』所収
>>昭和37年/1962年3月・新潮社/新潮文庫『鶴八鶴次郎・明治一代女他』所収
>>昭和43年/1968年8月・講談社刊『川口松太郎全集 第14巻』所収
>>昭和54年/1979年8月・中央公論社/中公文庫『鶴八鶴次郎』所収
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該当期までの作品
大正
「流罪人藤助」(『講談雑誌』大正5年/1916年☆月)
「新門辰五郎」(『☆☆』大正6年/1917年☆月)
「足袋」(『劇と評論』大正12年/1923年6月号)/脚本
「落武者」(『文藝春秋』大正14年/1925年2月号)/脚本
「鋳掛松」(『週刊朝日』大正14年/1925年7月12日号)/戯曲
「お登代」(『苦楽』大正14年/1925年10月号)/脚本
「大安寺大饗応」(『サンデー毎日』大正15年/1926年小説と講談号[10月])/講談
「三十路」(『週刊朝日』大正14年/1925年12月6日号)/戯曲
「女師匠」(『週刊朝日』大正15年/1926年7月4日号)/映画物語
昭和2年/1927年
「ある結婚喜劇」(『週刊朝日』昭和2年/1927年11月13日号)
「秋のスケッチ」(『三田文学』昭和2年/1927年12月号)/戯曲
昭和3年/1928年
「すりぞこなひ」(『サンデー毎日』昭和3年/1928年4月8日号)
「ピストルと女優」(『劇と評論』昭和3年/1928年4月号)/戯曲
「酒場小景」(『創作月刊』昭和3年/1928年8月号)/戯曲
「啜泣く黒髪」(『文芸倶楽部』昭和3年/1928年9月増刊号)
「元空上人出世噺」(『劇と評論』昭和3年/1928年9月号)/戯曲
「原稿」(『新青年』昭和3年/1928年10月号)
「ある旗本の兄妹」(『創作月刊』昭和3年/1928年11月号)/戯曲
「神子上典膳」(『少女倶楽部』昭和3年/1928年12月号)
「銀座薄暮抄」(『新青年』昭和3年/1928年12月号)/読物
昭和4年/1929年
「私のマギー」(『講談倶楽部』昭和4年/1929年1月号)/映画物語
「愛慾袁彦道」(『文芸倶楽部』昭和4年/1929年1月号)
「帰らざる父」(『講談倶楽部』昭和4年/1929年3月号)/映画物語
「銀座散歩術これだけは心得置くべし」(『新青年』昭和4年/1929年3月号)/読物
「地下鉄サム」(『新青年』昭和4年/1929年4月号)/戯曲
「安政侠艶録」(『文芸倶楽部』昭和4年/1929年5月号)
「地下鉄の愛人」(『創作月刊』昭和4年/1929年5月号)/戯曲
「救ひを求むる人々」(『映画時代』昭和4年/1929年6月号)/戯曲
昭和5年/1930年
「吾も亦紅なり」(『講談倶楽部』昭和5年/1930年2月号)
「レヴュウ・モンゴールの王子」(『映画時代』昭和5年/1930年2月号)/戯曲
「女七変化」(『サンデー毎日』昭和5年/1930年創作と講談号[3月])
「幸福であれ彼等!」(『講談倶楽部』昭和5年/1930年4月号)
「映画女優情艶史」(『講談倶楽部』昭和5年/1930年5月号〜昭和6年/1931年5月号)
「妖し妻」(『文芸倶楽部』昭和5年/1930年6月号)
「女七変化」(『映画時代』昭和5年/1930年6月号)/戯曲
「戸籍謄本」(『新青年』昭和5年/1930年7月号)
「大阪の別れ」(『文藝春秋』昭和5年/1930年7月号)/コント
「子守唄」(『婦女界』昭和5年/1930年8月号)
『尖端を行くレヴュー』(昭和5年/1930年9月・誠文堂/誠文堂十銭文庫)
昭和7年/1932年
「銀幕」(『婦女界』昭和7年/1932年1月号〜3月号)
「桐野利秋大山元帥牛肉問答」(『オール讀物』昭和7年/1932年5月号)
「未婚の未亡人」(『文芸倶楽部』昭和7年/1932年6月号)
「母なればこそ」(『婦女界』昭和7年/1932年6月号)
「新椿姫」(『文芸倶楽部』昭和7年/1932年7月号)
「物言わぬ媒酌人」(『講談雑誌』昭和7年/1932年8月号)
「幸福を祈るもの」(『講談雑誌』昭和7年/1932年9月号)
「女優と暴力団」(『文芸倶楽部』昭和7年/1932年9月号)
「巴里哀史」(『文芸倶楽部』昭和7年/1932年11月号)
「興行界のピンチ」(『新青年』昭和7年/1932年11月号)/読物
「道頓堀小夜時雨」(『文芸倶楽部』昭和7年/1932年12月号)
昭和8年/1933年
「大阪でかめろん」(『モダン日本』昭和8年/1933年1月号〜7月号)
「女給哀史」(『文芸倶楽部』昭和8年/1933年1月号)
「浜の放浪児」(『講談雑誌』昭和8年/1933年1月号)
「鷹」(『オール讀物』昭和8年/1933年2月号)
「映画界ひっこぬき裏表」(『新青年』昭和8年/1933年3月号)/読物
「脱走兵」(『オール讀物』昭和8年/1933年7月号〜9月号)
「盗まざりし唇」(『講談雑誌』昭和8年/1933年7月号)
「子別れ笠」(『キング』昭和8年/1933年8月号)
「別れ話二組」(『講談雑誌』昭和8年/1933年8月号)
「戦塵花」(『冨士』昭和8年/1933年8月号)
「愛情流転」(『サンデー毎日』昭和8年/1933年10月8日号〜12月31日号)
「シンガポール航路」(『大衆倶楽部』昭和8年/1933年11月号)
昭和9年/1934年
「人生遍路」(『大衆倶楽部』昭和9年/1934年1月号〜10月号)
「新月かつら川」(『講談雑誌』昭和9年/1934年1月号)
「罪に立つ」(『キング』昭和9年/1934年3月号)
「愁風宴」(『オール讀物』昭和9年/1934年4月号〜6月号)
「雨の佐太郎船」(『講談雑誌』昭和9年/1934年4月号)
「直木三十五一代記」(『文藝』昭和9年/1934年4月号)
「悪縁」(『大衆倶楽部』昭和9年/1934年4月号)/脚本
「神戸っ子」(『サンデー毎日』昭和9年/1934年夏季特別号[6月])
「湯檜曽の平太郎」(『講談倶楽部』昭和9年/1934年7月号)
「女一代」(『講談倶楽部』昭和9年/1934年8月号)
「嘘つき男」(『新青年』昭和9年/1934年8月号)/読物
「人生遍路」(『大衆倶楽部』昭和9年/1934年9月号、10月号)
「行きづり異人館」(『新青年』昭和9年/1934年9月号)
「号外五円五十銭」(『サンデー毎日』昭和9年/1934年秋季特別号[9月])
「愛憎峠」(『婦人倶楽部』昭和9年/1934年10月号)
「やくざ一代萩寺長七」(『講談倶楽部』昭和9年/1934年11月号)
など
 
該当期の他の作品
「築港しぐれ」(『サンデー毎日』昭和10年/1935年新春特別号[1月])
「第二の夜」(『サンデー毎日』昭和10年/1935年春季特別号[3月])
「さむらひ仁義」(『冨士』昭和10年/1935年4月号)
「三等局長」(『講談倶楽部』昭和10年/1935年4月号〜6月号)
「舞ごろも」(『サンデー毎日』昭和10年/1935年4月7日号〜7月28日号)
「勘兵衛酒」(『サンデー毎日』昭和10年/1935年夏季特別号[6月])
 
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選評の概要
選考委員 評価 行数 評言
大佛次郎 10 「川口君が明治初期を舞台にして大衆文芸に新しい局面を展いた手柄を買うことに成ったわけである。」
吉川英治 33 「川口君の近作の巧緻な所は充分に感心しているが、早く、小成させたくない気もする。」「人間的修養に多分な薄ッぺらさえも僕は君に正直に感じる、」
久米正雄 15 「翻案が多いという説には僕も同感ではあるが、然しそれを換骨脱胎する才気は充分推奨に値すると思う。」
小島政二郎 9 「僕は川口の如き有名な作家には反対だった。が、大衆作家と云うものの性質上、無名作家と云うものはあり得ないと云う説明を聞いて、僕も遂に有名作家に賞を贈ることに降参した。」
三上於菟吉 8 「作品数に於ても、大衆文芸の分野に何か新しい境地を切開こうとする努力に於ても川口君の近作が尤も適当と認めたので、同君を推薦する事にした。」
佐佐木茂索 13 「川口君に気の毒でもあったのは、(引用者中略)その生活態度まで論ぜられた点である。」「とは云え同君も三省すべき点あるは首肯しよう。」
菊池寛   「外に人がないので止むを得なかったのである。川口君は少し有名になり過ぎている。去年なれば、丁度よかったので、一年位期を失している。しかし、川口君にやらないとすれば、授賞を取り止める外はなかったのだ。(川口君にやるか、でなかったらよすか)と、なると、第一回だけに、やった方がよいと思ったので、川口君に定めたのである。審査員と懇意すぎることも、一寸難点であったが、これは我々の良心を信じて貰いたい。」
選評出典:『オール讀物』平成14年/2002年10月号再録(初出:『文藝春秋』昭和10年/1935年9月号)
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文量
中篇
章立て
「一」〜「二十一」
時代設定 場所設定
明治末期  東京下町
登場人物
おせつ(料亭「深川亭」の看板娘)
長蔵(深川亭の料理番)
伊三郎(深川亭の主人)
常盤津文字力(伊三郎の内縁の妻)




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