芥川賞のすべて・のようなもの
芥川賞のすべて・のようなもの

第21回

=受賞者=
由起しげ子
小谷 剛

=候補者=
光永鐵夫
真鍋呉夫
峰 雪栄
鈴木楊一
藤枝静男
中村八朗
=予選候補=
江口榛一
松村泰太郎
井上 孝
伊藤市太郎
野村尚吾

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Last Update[H20]2008/6/1

小谷剛
Kotani Tsuyoshi
生没年月日【注】 大正13年/1924年9月11日〜平成3年/1991年8月29日
受賞年齢 24歳9ヵ月
経歴 京都府京都市生まれ、愛知県名古屋市育ち。名古屋帝国大学附属医学専門部卒。昭和20年/1945年、土浦航空隊に入隊し終戦を迎える。昭和21年/1946年より名古屋市で産婦人科の開業医となる。そのかたわら同人誌『作家』を主宰。
受賞歴 第28回中日文化賞(昭和50年/1975年)
備考
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芥川賞 21受賞  一覧へ

かくしょう
確証」(『作家』昭和24年/1949年2月号)
書誌
>>『文藝春秋』昭和24年/1949年9月号
>>昭和24年/1949年7月・改造社刊『確証』所収
>>昭和24年/1949年11月・小山書店刊『芥川賞全集 第6巻』所収
>>昭和31年/1956年10月・修道社刊『芥川賞作品集 第1巻』所収
>>昭和31年/1956年☆月・長島書房刊『戦後芥川賞作品集 第1』所収
>>昭和38年/1963年10月・現代芸術社刊『芥川賞作品全集 第3巻』所収
>>昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊『芥川賞全集 第4巻』所収
>>平成6年/1994年6月・ぎょうせい刊『ふるさと文学館 第27巻 愛知』所収
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選評の概要
選考委員 評価 行数 評言
舟橋聖一 40 「二点(引用者中略)として投票した。」「狙いが低く、文章にも、丹羽文雄や北條誠を、模倣している様なところがあるので、それが気になっていた。」「瀧井さんや川端さんが、小谷をきらいなのは、よくわかる。それは、悪達者で、はったりが多く、興味のもち方が低い点で、カンベンがならぬのであろう。そう思ったので、私は、却て、小谷を推してやりたくなった。」「ドンドン書いている中に、狙いが高くなって行くかもしれない。或は、注文が殺到するうちに、堕落の淵に沈むかもしれない。つまり、海のものとも、山のものとも、定まらない。」「だからといって、いつも、落選していては、小谷のような人の、浮かび出る道はないわけだ。」
川端康成 8 「「確証」を賞とすることには、私は逡巡を感じる。趣味に合わないと言うよりも少し強い本質的な意味で、私に反撥するものがあるからだ。芥川賞にとっても、この手腕ある作者にとっても、今回の賞は冒険であると思うが、冒険を生かす力は小谷氏にあり過ぎるようにも見える。」
岸田國士 4 「入選者の一人と決定したが、私は、ただ祝意を表するだけで讃辞は保留する。思想的根柢のない安易な露出趣味の文学は、大成を望むものにとって才能の浪費である。」
石川達三 13 「はじめ「四天王」が挙げられていたが、これは低俗で、巧みではあるがその巧みさがいやらしかった。」「「確証」の方がずっと良い。実に危い橋をわたっていたが、最後の十行ばかりのところに反省と苦悶があって、全体が救われている。」「(引用者注:「本の話」と「確証」)どちらも一つだけを当選作とすることは承認し得ないのであった。」「したがって今回はいわば二人(引用者注:由起しげ子、小谷剛)とも次点である。」
丹羽文雄 6 「小谷は若くて、これからどんなものを書くか判らない。瀧井さんは、この作者は傲慢不遜だという意味のことを言ったが、かえってそのために私は支持したいのである。この小説には疵は多い。が、何よりもその将来性がたのもしい。」
坂口安吾 8 「才筆である。」「現在の文壇レベルでは、いきなり流行作家となって書きまくっても、ちゃんとやれる人であろう。多作してはいけない由起しげ子氏と合せて、この人をとりあげるのは、私の大いに賛成したところであった。しかし、私がのぞむところは、小谷氏のような多作型の人は、スケールの大きな作品で人間を書いて欲しいということである。雑誌型だけではダメである。」
佐藤春夫 5 「「四天王」というのは大分人気がある様子であったが自分はその田舎くさい腕達者の品の悪さに辟易した。」「「確証」を「本の話」に抱き合せようという説に不承不承ながら賛成して置いた。」
瀧井孝作 10 「小谷剛という人のものは、作家という同人雑誌で幾つも読んでみたが、私は、どれも未だ採れないと思った。文壇の流行小説に中毒して、小説らしく真似て、夢中で書く若い時分に往々例のある習作で「確証」というのも習作の一つにすぎないと思った。文章も線の弱い、頭に沁まない、軽薄なもので……。」
宇野浩二 13 「一と口にいうと、不快な作品である。書かれてあることが『不快』であるばかりでなく、芸術の上から見て、作者の態度が、それ以上に、『不快』である。」「筆は『たっしゃ』なところはあるが、『わるだっしゃ』である。また、「自己弁護」は小説の邪道である。この作者は、要するに、救いがたいところがある。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和24年/1949年9月号)
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芥川賞 21回参考作品  一覧へ

してんのう
四天王」(『作家』昭和23年/1948年10月号)
選評の概要
選考委員 評価 行数 評言
舟橋聖一 40 「二点(引用者中略)として投票した。」「狙いが低く、文章にも、丹羽文雄や北條誠を、模倣している様なところがあるので、それが気になっていた。」「瀧井さんや川端さんが、小谷をきらいなのは、よくわかる。それは、悪達者で、はったりが多く、興味のもち方が低い点で、カンベンがならぬのであろう。そう思ったので、私は、却て、小谷を推してやりたくなった。」「ドンドン書いている中に、狙いが高くなって行くかもしれない。或は、注文が殺到するうちに、堕落の淵に沈むかもしれない。つまり、海のものとも、山のものとも、定まらない。」「だからといって、いつも、落選していては、小谷のような人の、浮かび出る道はないわけだ。」
川端康成 8 「「確証」を賞とすることには、私は逡巡を感じる。趣味に合わないと言うよりも少し強い本質的な意味で、私に反撥するものがあるからだ。芥川賞にとっても、この手腕ある作者にとっても、今回の賞は冒険であると思うが、冒険を生かす力は小谷氏にあり過ぎるようにも見える。」
岸田國士 4 「入選者の一人と決定したが、私は、ただ祝意を表するだけで讃辞は保留する。思想的根柢のない安易な露出趣味の文学は、大成を望むものにとって才能の浪費である。」
石川達三 13 「はじめ「四天王」が挙げられていたが、これは低俗で、巧みではあるがその巧みさがいやらしかった。」「「確証」の方がずっと良い。実に危い橋をわたっていたが、最後の十行ばかりのところに反省と苦悶があって、全体が救われている。」「(引用者注:「本の話」と「確証」)どちらも一つだけを当選作とすることは承認し得ないのであった。」「したがって今回はいわば二人(引用者注:由起しげ子、小谷剛)とも次点である。」
丹羽文雄 6 「小谷は若くて、これからどんなものを書くか判らない。瀧井さんは、この作者は傲慢不遜だという意味のことを言ったが、かえってそのために私は支持したいのである。この小説には疵は多い。が、何よりもその将来性がたのもしい。」
坂口安吾 8 「才筆である。」「現在の文壇レベルでは、いきなり流行作家となって書きまくっても、ちゃんとやれる人であろう。多作してはいけない由起しげ子氏と合せて、この人をとりあげるのは、私の大いに賛成したところであった。しかし、私がのぞむところは、小谷氏のような多作型の人は、スケールの大きな作品で人間を書いて欲しいということである。雑誌型だけではダメである。」
佐藤春夫 5 「「四天王」というのは大分人気がある様子であったが自分はその田舎くさい腕達者の品の悪さに辟易した。」「「確証」を「本の話」に抱き合せようという説に不承不承ながら賛成して置いた。」
瀧井孝作 10 「小谷剛という人のものは、作家という同人雑誌で幾つも読んでみたが、私は、どれも未だ採れないと思った。文壇の流行小説に中毒して、小説らしく真似て、夢中で書く若い時分に往々例のある習作で「確証」というのも習作の一つにすぎないと思った。文章も線の弱い、頭に沁まない、軽薄なもので……。」
宇野浩二 13 「一と口にいうと、不快な作品である。書かれてあることが『不快』であるばかりでなく、芸術の上から見て、作者の態度が、それ以上に、『不快』である。」「筆は『たっしゃ』なところはあるが、『わるだっしゃ』である。また、「自己弁護」は小説の邪道である。この作者は、要するに、救いがたいところがある。」
選評出典:『芥川賞全集 第四巻』昭和57年/1982年5月・文藝春秋刊 再録(初出:『文藝春秋』昭和24年/1949年9月号)
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