Izumi no Hiro Oba Sister Site
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Contemporary Japanese Calligraphy
題字:あんさん

 

バンドの歩み

  • それは1999年2月の寒い日であった。当時アメリカ勤務であった藤村が日本に帰って来ることになった。ボクは、今はなき六三で迎撃飲み会を企画し、特にこれといった理由もなく永井さんも面子に誘い、三人で呑むこととなった。

    どのくらいの時間がたった事であろうか。ニンニクの芽炒めをいいちこのロックで胃袋に流し込んでいたそのとき、永井さんから突然の提案が持ち出された。「南部さん、俺とロックバンドやらんか。」酔った勢いもあってかその直後、よどみない自然な流れで「いいですよ」と口に出してしまったのが、そもそもの始まり。もちろん、ベースはそこにいた藤村であることは言うまでもない。

    その日の深夜、いつものごとく大酔っぱらいで帰宅し、大電話魔と化したボクが「よっしゃ!おっさんの挑戦受けたらあ!」というメッセージを永井さんの携帯に入たことにより、バンドは正式に発足された。

    ということで、ここに関西人3人によるトリオ編成のロックバンド「泉の広場」が結成された。バンド名の由来は、ボクがふと口走った大阪キタのとある名所の語感を永井さんが気に入ったからである。

  • 2000年に入ってから、これまた関西人で、携帯のカラー液晶にチャーリー浜の写真をだして挨拶代わりにするようなナイスなセンスの、こてこてキーボディスト坂本くんが参加。坂本くんのいいところは、いつもイっていること。夜、ABUのEスタでの練習なんかで、窓に向かってしかっりイっていたりする。しかも半目が開いているのをボクは見逃していなかった。密かに心の中でナルシストのナルちゃんと命名。

  • さて2001年4月のある日、めでたく父親になった藤村を祝して「樹庵」にて呑み会が開かれた。そのときにリーダーから「歌いながらギターを演奏するのには限界があるので、新しいボーカリストを入れたい」との要請があった。ボクはほんの軽い思いつきでその場でおばに電話し、さらになぜかその電話口で彼女が快諾したので、めでたく新ボーカリスト決定。

    しかし、そのあと家に帰って冷静に考えてみたら、リーダーはおばの歌を聴いたことないし、おばは泉の広場のサウンドを知らないし、ほんま大丈夫かいや!?と正直頭を抱えてしまったのも事実。げに酒の勢いというのは恐ろしいものである。

    翌月、「とし平」にておばの歓迎呑み会が催されたが、そのときにボクは39度近い高熱を出して、その後1週間以上床に伏せるはめになる。ある意味、ボクの不安が的中したとも言える出来事であった。ううむ、ほんまに大丈夫かぁ。

  • とまぁ、いろいろ不安材料をかかえつつも、おば入りでリハーサルを重ね、2001年9月には現メンバーでのライブも無事に終え、みなさまから一定の評価を得ることができた。ああ、おばを迎え入れてよかったなぁ、とほっと胸をなで下ろす今日この頃である。

    2001年10月の呑み会にて、バンド名を「泉の広おば」に改称。おばが正式メンバーとして認められた瞬間であるな。

    Member

    永井たく(leader, g, ch)、藤村俊文(b, ch)、南部信浩(dr, ch)、坂本崇(key)、小幡陽恵(vo)

    内容

    ロックです。もうそれはストレートな。他のバンドでの演奏にも影響を及ぼしている。特にスネア四分四つ打ちのリズムなどで。

    ライブ

    ライブの予定はありません。



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