題字:あんさん
どのくらいの時間がたった事であろうか。ニンニクの芽炒めをいいちこのロックで胃袋に流し込んでいたそのとき、永井さんから突然の提案が持ち出された。「南部さん、俺とロックバンドやらんか。」酔った勢いもあってかその直後、よどみない自然な流れで「いいですよ」と口に出してしまったのが、そもそもの始まり。もちろん、ベースはそこにいた藤村であることは言うまでもない。
その日の深夜、いつものごとく大酔っぱらいで帰宅し、大電話魔と化したボクが「よっしゃ!おっさんの挑戦受けたらあ!」というメッセージを永井さんの携帯に入たことにより、バンドは正式に発足された。
ということで、ここに関西人3人によるトリオ編成のロックバンド「泉の広場」が結成された。バンド名の由来は、ボクがふと口走った大阪キタのとある名所の語感を永井さんが気に入ったからである。
しかし、そのあと家に帰って冷静に考えてみたら、リーダーはおばの歌を聴いたことないし、おばは泉の広場のサウンドを知らないし、ほんま大丈夫かいや!?と正直頭を抱えてしまったのも事実。げに酒の勢いというのは恐ろしいものである。
翌月、「とし平」にておばの歓迎呑み会が催されたが、そのときにボクは39度近い高熱を出して、その後1週間以上床に伏せるはめになる。ある意味、ボクの不安が的中したとも言える出来事であった。ううむ、ほんまに大丈夫かぁ。
2001年10月の呑み会にて、バンド名を「泉の広おば」に改称。おばが正式メンバーとして認められた瞬間であるな。