法 律 雑 記 帖   第3話 規約人権委員会訪問記−−メルボルン事件2

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 「メルボルン事件」の概要及びこの事件において国際人権規約に基づく「個人通報」手続をとっていることは「第2話 異国の法廷で届かぬ無実の叫びーーメルボルン事件」でご紹介したところであるが、この関係で、20007月にスイスのジュネーブにある規約人権委員会を訪ねた。

 ご承知のように、国連本部はアメリカのニューヨークにあるが、ジュネーブにも国連のヨーロッパ本部がある。ここに、国連の機関のひとつとして規約人権委員会がある。

 参加したのは弁護団から田中俊・池田崇史・湯原裕子の各弁護士、日ごろご協力頂いている聖和大学のジョン・トービン教授、湯原弁護士の友人で通訳として岩田暢子さん、それに私の合計6名(写真)。

 この訪問についてはテレビの報道番組でも紹介された。

     ジュネーブ行きの目的

 この時期を選んだのは、オーストラリア政府からの定例(5年毎)の報告書に対する規約人権委員会の審査が行われることから。本件の個人通報手続に関しては、審理はおろかその前提として審理の適格性についての検討も始まっていないのであるが、この機会にこの問題をアピールしようというものである。

 若手弁護団員の獅子奮迅の努力とトービン教授のご協力を得て、オーストラリア政府報告書に対するカウンターレポートを作成し、これを持参した。

 カウンターレポートというのは、委員会が政府提出の報告書を審理するに際して参考に供するためにNGOなどが提出するもので、政府作成の報告書では無視ないし軽視されている人権問題について委員会の注意を喚起することを目的とする。

 私たちは、オーストラリアの司法手続において外国人の被疑者・被告人のための通訳の制度が不備であることを取り上げたわけである。

 たまたま、NGOが委員を招待してオーストラリアの少数民族(アボリジニ)の問題についてアピ−ルする企画を準備しているとの情報を得、あわよくばこの機会を借りて私たちの問題提起を委員に直接アピールしようというのも目的のひとつとなった。

     カウンターレポート提出

 ジュネーブ到着の翌日、まずはカウンターレポートを提出するために規約人権委員会のある「パレ・ウィルソン」を訪ねる。

 国連ヨーロッパ本部はジュネーブ郊外にあり、「パレ・ナシオン」と呼ばれているが、最近人権関係の機関のみ市街地にある「パレ・ウィルソン」(写真)に移転したとのこと。たまたま私のとったホテル(エプソン・マノテル)から徒歩30秒。

 市街地に移って便利かと思いきや、入構許可証をもらうための手続は「パレ・ナシオン」まで行かなくてはならず、却って不便。関係者によると、図書館や資料室は「パレ・ナシオン」にあり、やはり不便とのことだった。

 トービン教授の知人がここに勤務しており、その方のお世話でスムーズに内部に入れた。

 各個室は、大きな窓にレマン湖が広がる、実に快適な部屋だった。

 まずは、無事持参のカウンターレポートを提出した。

 その後規約人権委員会の事務局へ。財政の関係で専門スタッフはわずかに2人。これで世界中から寄せられる個人通報を委員会にかけるうえでの諸手続に当たっているというのだから驚きだ。

 思ったとおり、私たちの申立は未だ順番待ちの状態。8月中に追加書面を提出することを告げ、手続の進行を依頼する。かなり忙しいだろうに、遠来の客である私たちに、終始笑顔で応接されたのには感心した。

 この日の所用はここまで、夕方からはレマン湖畔のレストランで夕食。湖とその向こうにアルプスを控えたムード満点のレストランで、味の方も言う事無し。旅先のひとときを満喫した。

     規約人権委員会傍聴

 ジュネーブ3日目、再び「パレ・ウィルソン」へ。上記のNGOの企画への参加のため主催者と交渉するが、難航。

 時間が限られていることから、割り込みはむつかしそうで、結局委員諸氏の疲労もあって会合は早めに切り上げられることとなり、残念ながら目論見どうりにはいかなかった。

 「それなら」ということで、委員会の始まる時刻を見計らって会場入り口付近で出席委員を待ち伏せ、ひとりひとりにカウンターレポートを直接手渡す作戦に出た。

 驚いたのは、昨日提出したレポートが既に各委員の手元に届いており、少なからぬ委員はもうこれを読んでいた。

 委員としての職務に対する真面目さ、真摯さには頭の下がる思いであった。

 ついでというわけではないが、委員会の審議(写真)を傍聴させてもらった。

 この日はクウェートの報告書に対する審査。私たちの渡欧の目的とは関係ないし、日本語の同時通訳が入るわけでもないので、ただ座っていただけのことだが、私たちの知らないところでかくも真剣に「人権」が論じられていること、それがかくも気軽に公開されていることに直接触れたのは、新鮮な感動だった。

     旅へ

 その後の情報によると、オーストラリアの政府報告書に対する規約人権委員会の審査の席上、委員のひとりから政府関係者に対し「海外からの渡航者が刑事手続に巻き込まれた場合に、その渡航者の権利(弁護人・家族に連絡する権利、黙秘権、無料の法的扶助を受ける権利など)をその渡航者の理解できる言語で伝えられているか」という質問が発せられたという。
 委員会の最終報告書に盛り込まれるには至らなかったものの、委員会の問題意識を喚起するうえでは、大きな成果があったと言えよう。

 ジュネーブ4日目はモンブランへと観光。アルプスの山並みの荘厳さと美しさを満喫した。

 その後は、あわただしく帰国する人、パリへと観光に向かう人と様々であったが、私は一行と別れ、ひとりチェコ、ポーランドを回った。

 旅の模様については、このホームページにいずれ旅行記のページを設けて掲載する予定。