法 律 雑 記 帖   第1話 核基地侵犯事件

トップページ   自己紹介   法律雑記帖トップへ   仕事部屋へ   事務所風景へ  私のシネマ館へ   リンク集   What's New

メッセージこちらまで


   3人の女性が核基地の装備を破壊、裁判所は無罪判決

 昨年(1999年)、新聞にイギリス・スコットランドであったある事件が報道された。

 6月8日,グラスゴー近くのゴイル湖にある核ミサイル原子力潜水艦のための研究整備施設に中高年の女性3人が侵入し,原潜関連の研究およびソナー設備を破壊したというのである。

 この施設は原潜の隠密行動に必要な音響特性・磁気特性を試験したり、改良したりするための研究開発をしており、これなしには原潜は「まる見え」となって武器としての能力を低下させることになるとのことで、3人はみごとに核ミサイル原潜を「非武器化」したのである。

 もっとも、ここまでだと、ご本人に対してはたいへん失礼な言い方だが、単に「過激なおばちゃんたちの起こした騒動」という印象にとどまるだろう。

 この出来事が注目を引くのは、逮捕された3人に対して裁判所が、無罪放免を言渡したことである。

 核兵器の使用とその威嚇が一般的に国際法に違反することは既に国際司法裁判所の1996年7月8日の勧告的意見によって明らかにされている。したがって女性らの行為は、より大きな悪を防ぐためのもので、違法ではない。
 要約としてはかなり乱暴なのだろうが、要するに裁判所の論理はこういうものだった。

 本人たちがそう主張したというにとどまるのではない。裁判所がそう判定したのだから、俄然興味が沸く。

   法 と い う も の に 対 す る 考 え 方

 もしこれが日本の法廷で裁かれたとしたら、どういう顛末となるだろうか。もし私が弁護にあたったとしたら。

 弁護活動としても同様の主張を入れることはするだろう。しかし、弁護人としては到底ここで勝負が決まるというほどには位置づけることはちょっと困難と言わざるを得ない。

 そして裁判所も、「言いたいことはわからないでもないが、だからと言ってこの行動が犯罪ではないということにはなりません。」として、刑を若干軽くするような判決であれば上々といったところだろう。

 しかし、スコットランドの裁判所は正面からこの考え方を採用したのだ。この差はどこにあるのだろうか。

 3人のうちの1人であるアンジー・ゼルターさんが来日した際に、講演を聞く機会があり、色々なことを考えさせられた。

 両国の差はいくつか考えられるだろうが、法というものに対するものの考え方の違いは見過ごせない。

 日本は実定法の国、イギリスは判例法の国であると言われることがよくある。

 法律は国会の議決によって成立し、司法はこのようにして成立した法を解釈・適用する機関である。裁判所の判例は、先例として現在及び未来の法解釈の重要な参考になるものではあっても、判例によって法が創り出されるというようなものではない。

 これに対して判例法の国においては、裁判所の示した判断によって法を創り出すことを認める。言わば裁判所にも法創造機能がある。

 所与のものを前提にその解釈適用という枠の中で考えるのと、法を創造することをも念頭において考えるのでは、おのずから思考のめぐる範囲も違って来よう。

   国 家 に 対 す る 国 民 の 権 利

 それともうひとつ。「抵抗権」ということ。

 政府が悪をなさんとするとき、人民にはこれに抵抗する権利がある、ということである。

 平常は、国民から選出された代表が政治を信託されており、信託した以上はそこで定められたルールには従わなければならず、個々がそれを無視することが認められたのでは社会は成り立たない。

 しかし、代表といえども神様ではない。力や多数をかさに来て悪をなすことがないとは限らない。

 そんなとき、人民にはこれに抵抗する権利が認められなければならない。

 「抵抗権」の典型が「革命」であったり「独立」であったりする。

 イギリスからアメリカ大陸への移民が築いた社会はまぎれもなくイギリスの一部だったはずだ。独立は法を無視した要求であり、アメリカ独立戦争は暴虐の至りだったはずだ。

 フランスの国土と人民はブルボン王朝の私有物だったはずで、人民が国王を断頭台にかけて殺戮し、共和制をしくなど、「法と秩序」の破壊も著しい。

 アメリカの独立とフランス革命が人類史上に輝くのは、国家の悪に対する人民の権利を謳いあげているからである。

 アンジーさんたちの所属する「トライデント・プラウシェア2000」(トライデント原潜を『鋤』に変えよという意味)は、「実力行動」に出るまでに、政府などの公的機関との対話などに努め、また行動にあたっても自分たちの信条や身元を明らかにし、しかる後に行動に移っている。

 リ−デイング大学卒業、反核運動のなかでブラッドフォ−ド大学で核兵器問題を勉強し平和研究で臨時の修士号を取得したというアンジーさんは、「私たちの政府や裁判所が核犯罪を阻止しようとしないのなら、私たちが自ら阻止しようとしなければならない。私たちには大量破壊兵器が配備されるのを阻止しようとする道徳的責任があるのみならず、国内法及び国際法の下でこのような行動をとる権利があると信じている。」と語る。

   判 決 は ど う 言 っ た か

 最後に、マ−ガレット・ギムブレット裁判官(女性)の判決の一部を紹介する。

 「私は、被告ら3人が他の多くの者とともに次のように考えたことは正当であると結論せざるを得ない。すなわち、イギリスがトライデントを使用すること、単に所持ではなく、重大な不穏の時期での使用と配備に結びついた、また先制攻撃政策を伴い、その時の、あるいは現時点での核の使用が国際司法裁判所の見解が示した何れかの厳格なカテゴリ−にあてはまる、との政府当局者による何らの説明もなされない状況では、トライデントの威嚇や使用は脅威と解され得るし、現に他国によって脅威と解されており、したがってこれは国際法及び慣習法違反であると考えたという点である。3人は、トライデントが違法であり、核兵器の恐ろしい性質が明らかであれば、それが脅威とみなされるような状況では、核兵器の配備と使用を止めるために自分たちにできることなら、どんな小さなことでもすべきだという、国際法上の義務が自分たちにあると考えたのである。したがって、被告らは抗弁の第一の根拠において正当とされ、それは原則的理由として示されたと考えられる以上、国側がこの抗弁に反証する義務を負うことになる。それは果たせなかった。−中略−私は被告人らが犯罪的意図をもってふるまったと思わせるような事実を何一つ、耳にしていない。したがって私は、陪審が3人全員を無罪とすべきことを説示するものである」

 もし「過激なおばちゃん」と片付けてしまうならば、却って民主主義に対する見識を疑われかねない深い問題をはらんでいる事件だと言えよう。

 なお、この事件をきっかけに日本に「ゴイル湖の平和運動家を支援する会」という団体ができている。詳細な情報は同会のホームページへ。