次郎ちゃん
子供の頃、夏休みには毎年ではないがよく父親の故郷に行った。
私が10才の時、いなかに行った時の話である。
私が故郷の実家の裏山でひとりで遊んでいると、麦わら帽子をかぶってあまりき
れいでないランニングシャツを着た子供が声をかけてきた。名前は次郎ちゃん。
私より小さかったので年下だと思ったがおない年だと言う。ふたりはすぐ友達に
なり、虫を取ったり、あぜ道を走ったりして遊んだ。
次郎ちゃんは、私のことを「ともちゃん」と呼ぶ。「僕の名前はさとしだよ。」
と何度言っても、次郎ちゃんは私のことを「ともちゃん」と呼んだ。
いなかにいる間はずっと次郎ちゃんと遊んだ。
東京に帰る前の日、大人には止められていたが次郎ちゃんと沼に遊びに行った。
私は遊んでいるうちに沼に落ちてしまった。気が動転しおぼれてしまいもうダメ
だと思った時、私の手を次郎ちゃんがつかんでくれた。次郎ちゃんは子供の力と
は思えない力で私を沼から引き上げてくれた。
服を乾かしていると、いなかの伯父が通りかかり、「お〜いぼうず、沼の近くで
遊んではいかんぞ。」と言って家まで連れ返された。
いなかの家に帰ると父親と伯父ににひどくしかられた。あの沼では時々子供が溺
れ死ぬことがあるのだと言う。
伯父が「沼では、さとししかいなかったが、友達といっしょではなかったのか?
」と聞いた。
「次郎ちゃんが助けてくれたんだよ。」
「ほかに子供はいなかったがのう。」と伯父が言う。
不信に思った父親が、「次郎ちゃんて、苗字はなんと言うんだ?」とたずねてき
た。
「園田次郎ちゃんだよ。」
父親の顔から血の気が引き、蒼白になった。
園田次郎は、父親がいなかで一番仲の良かったおない年の友達だったが、10才
の冬に肺炎になり、戦争中だったため充分な医療が受けられず死んでしまったそ
うである。
父親の名前は「智久(ともひさ)」である。次郎ちゃんは、私のことを父親だと
思い込み「ともちゃん」と呼んでいたのだろう。
その父親も今は亡くなり、今年も父親の墓参りに故郷にやってきた。
墓参りを終えた時、近くで遊んでいた子供たちの声が聞こえてきた。
「と〜もちゃ〜ん。」
ドキッとしてその子の顔を見たが次郎ちゃんではない。
あの時の次郎ちゃんは本当に幽霊だったのだろうか?
しかし、私を沼から引き上げてくれた暖かい手の感触は今でも覚えている。