「悩むより考えろ」。悩んでもそれで問題は解決する?しないでしょ。悩んで無駄に労力費やすより考える。そのために必要なのは「冷たい理知」。熱い感情とかはいらないの。世の中みんなあべこべ。感情にひっぱり回されて理知をどっか追いやっちゃうの。ばかばかしいことじゃない。追い詰められれば追い詰められるほど、冷たーく冷えていけばいいの。
(「プリンツ21」より抜粋)


<管理人より一言>
ふと気づくといつも同じ悩みをかかえていて、1日に何度も同じ問題ばかりが頭の中で堂々巡りしていることがよくありますが、それは結局同じ文字を何度もなぞっていることと同じことであり、そのための解決法を考え、尚且つ実践しない限りは永遠に同じルートの繰り返しになってしまいます。とにかく感情的になって得することは何もないのですから、ピンチになったときはまず冷静に落ち着いて考えることが大切であると思います。




間違いを正さず、周囲の忠告を受け入れない者は、自ずと悪い気を呼び込む者である。故に多くの仕事(舞台等で大人数を使う時)では、引っ掻き回されないように、悪い気を持った者は雇用しない。人間は「性根」が大切である。良い魂を持った者はそれが外に出る。本来人間は、綺麗な物、美しい物を身に纏い、美しい清潔な所に住まうべきである。それらが心身共に素晴らしい人間を作るのである。
(C.C.YOSHIDA著「イメージ・コンサルタント入門」(丸の内出版)より抜粋)

<管理人より一言>
他人の忠告はたとえ受け入れるor受け入れないは別としても、聞く耳を持つということは大切なことだと思います。誰でも自分自身のことは自分が一番分かっていると思いがちですが、場合によっては第三者からみた意見の方が正しい場合もありますし、あらゆる意見を受け入れる柔軟な姿勢も時としては必要なのではないでしょうか。





とにかく、地球上のあらゆる物質は波動を出していますからね、その波動によって、こっちの波動が磁気嵐にあったり、波動が狂ったりします。ただそれだけの話なんです。そういったときに、波動は自分自身で調整するといいんです。
(著書「人生ノート」より抜粋)

<管理人より一言>
四谷に波動を測定できる機械があるのですが、そこで美輪様が測定なさったところ、なんと中庸値と呼ばれる数値の50(人間が最もいいエネルギーを発揮できる状態)にほぼ近い数値になったそうです。(普通のストレスを受けている現代人だと60前後の人が多いとのことです)そしてさらにすごいのが、美輪様が60前後の人に手を15cmほど離れてかざすと、なんとその人まで中庸値の50になったそうです。つまり美輪様自身が自分自身の波動を自由自在にコントロールできる力をお持ちだということなのです。それを我々一般人も真似するのはなかなか難しいとは思いますが、いつも精神を落ち着かせて穏やかな気持ちでいることを心がけていれば、自然といい波動を出すことができるのだと思います。




泥かぶったり、失敗を押し付けられたりも給料のうちで、それが仕事なの。腹は立つけど。いちいち怒ってたら身がもたない。責任の重い立場になればなるほど、理不尽な思いをすることは増えていくし、だからこそ給料も上がってくのよ。
だから「ああ、そうなんですか」ってカエルの面に小便で、ケロケロしてればいいのよ。頭から感情的なものはどかしちゃって、一切考えないこと。もう終ったことにして。会社は嫌な思いをして働くからお給料をくれるところなの。だから給料は給料ではなくて「はい今月はこれだけよく我慢しましたね」という我慢料なの。
(著書「光をあなたに」より抜粋)


<管理人より一言>
この世で会社という組織ほど不条理な場所はないでしょう。一歩会社の外に出てしまえば皆平等なはずなのに、その見えない透明な檻の中だけで「上司&部下ゴッコ」を演じなくてはいけないのですからストレスがたまるのは当然です。そんな時に常に「給料は我慢料」、「何を言われてもカエルの面に小便」と割り切って考えれば、少しは気持ちが楽になるのではないでしょうか。





言葉はその人の体験や知覚が細胞となり、表面に出てきたもの。だからその人の血であり遺伝子なのね。その人の生きてきたすべてが滲み出る言葉には大変な重さがあるのよ。
(「婦人画報」より抜粋)


<管理人より一言>
人間もちろん第一印象も大事ですが、その人の本質というのは話してみなければ分かりません。どんなに綺麗に着飾っていても話の内容に教養がなかったり、言葉の選び方が稚拙だったりするとがっかりしてしまうものです。美しい言葉のストックを常に切らさないようにし、その場の状況に合った言葉をセレクトする機知をいつも持ちあわせていたいものですね。




きれいになる方法の選び方がみんな”お手軽”です。お金さえあれば誰にでもできることばかり。本当に考えなくてはいけないのはオバサンになってからの時間をどう美しく生きていくかです。美しく生きるには手間ひまがかかるのです。物ばかりでなく、自分の生きてきた時間までも”使い捨て”てしまっていると、人生を楽しむことなんてできません。
(「MORE」『美しきワイドショウ』より抜粋)

<管理人より一言>
今は何でも便利になりすぎて物だけでなく、仕事、恋愛等全てにおいて”使い捨て”の風潮があるように思われます。積み重ねることによってしか生まれることのない「信頼」や「実績」というものをもう少し大切にしたほうがいいのではないかと思います。”簡単に手に入るものは簡単に失いやすい”ということを自覚したほうがいいのかもしれませんね。




私たち人間は、情緒的に見れば人間という動物に見えています。でも、論理的に見ますと、原子の塊りなのです。私たちは肉体を持っています。肉体はそれぞれ蛋白質とかカルシウムでできています。それは染色体です。DNAなどともいわれています。その高分子をより細分化していきますと原子になります。原子のまわりを電子がとりまいているのです。ですから結局、私たちは原子の塊りということになります。原子爆弾や原子炉や原子力航空母艦を恐れていますが、じつは私たち自身が原子の寄り集まりなのです。それを人間と呼んでいるのです。愛だの恋だのといって、人を好きになっているようですが、原子の塊りが原子を好きになって、くっつきたがっているにすぎないのです。セックスだって同じことです。原子と原子が摩擦し合ってるだけの話です。それなのに人間どもは、道徳とか不道徳とかいう妙なものを、その原子の作用にべったりくっつけたりするのです。おかしなはなしでしょう。セックスと道徳とはまったく別なものなのに、お味噌も糞も一緒くたにしてしまうのです。
(著書「人生ノート」より抜粋)

<管理人より一言>
人間誰しも生きていれば病気になって、いずれ死を迎えるわけですが、そこで肉体というものの原理を分かっていれば、その肉体を構成している原子が壊れてしまえば病気になるのは当然ですね。また「病は気から」というのは、原子を構成している素粒子、即ちそれが人間の意識で構成されているという説もあるのですが、その意識の部分がマイナスであると、それがそのまま原子の塊である肉体に反映されてしまうということではないでしょうか。ですから肉体といえども、さかのぼっていけば、人間の意識の塊=心からできているのかもしれませんね。




お釈迦様が生まれた直後、とことこ歩き出して、「天上天下唯我独尊」と言ったのは、「天上天下、この世界で、この宇宙で私一人が尊いのです」という意味ではありません。「天上天下、私はこの宇宙にただ一人、だから尊いのです。それは私ばかりではありません。あなた方もそうですよ」という意味なんです。みなさんに、お代わりがいる人はいますか?この世界には、自分はたった一つしかない。貴重な存在なんです。そう考えると、自分を大切にし、自分に対するプライドが出てくるんですね。
(「週間金曜日」より抜粋」)

<管理人より一言>
最近年々自殺者が増えていますが、自分自身はこの世の中で代わりのいない尊い存在であるということをもう一度よく認識すれば、決して自ら命を絶つなどということはできないと思います。また、自分のことを「どうせ…だから」と過小評価する人もよくみかけますが、そういう人こそこの世にたった一人しかいない自分という存在の可能性を信じてプライドを持って生きていって欲しいと思います。




人にパワーをあげようと思うと力は泉のようにわいてきます。それは愛も同じです。自分の中身が豊かになれば、人から奪おうなんて考えなくなる。自分から与えたくなるんです。井戸の水を枯らさないように豊かな心で生きること。それが愛にあふれる人生を送る秘訣です。
「MORE」連載『本当の愛を教えてあげましょう』より抜粋

<管理人より一言>
今の世の中では、人から何かもらおうとする人ばかりで、自分から与えようとする人が少なすぎると思います。それは、自分自身は努力せずに、いかに楽をするかということばかり考えてしまっているせいだと思います。愛とは見返りを求めず与え続けることです。一人一人が自分自身を高めていけば余裕のある人間関係が築けるはずです。




常識というのは、一晩で変わっちゃうんですよ。1945年8月15日を境に、日本の常識はひっくり返った。それを見てきてますからね。私のメッセージは昔から一貫してるんです。それは常識よりも真理を信じなさいということ。真理を規範に生きていれば、何も動じることはないんです。
(「横尾忠則マガジンVOL.3」より抜粋)

<管理人より一言>
物事の本質を自分でよく考えて、真理の周りにこびりついている虚栄や世間体などに惑わされないことが重要だと思います。自分より年上だとか役職が上だからといって、その人の言っていることが必ずしも正しいとは限りません。真理は必ず1つしかないのです。それをよく見極める目を養うことが大切なのかもしれません。




食べるものはもちろん身につける服、耳から入ってくる音楽。きちんとしたものを少しずつでいいから生活にとり入れてくるようにすれば、それらの持つ本物の美しい波動であなた自身も変わってきます。
(著書「天声美語」より抜粋)

<管理人より一言>
ここでのポイントは上記のうちのどれか一つだけ頑張ってもダメということです。五感全てを美しいものにしなければ効果がないということです。何故なら、それらが見えない膜となってその人となりを見事に映し出してしまうからです。また美しい物は見ているだけでも心が和み気分も安らぎますから、まずは身近なものから少しずつ自分の身の回りに置くものは全て美しい物・人・事柄にしていくことが大切です。




お洒落とは「これでいいのよっ!!」と強烈な気迫でするものなのです。・・・本物の人間でお洒落な人は、自分自身がブランド物ですから、他人のブランド名を利用し、しがみつく必要がないのです。他人のフンドシで相撲を取る必要もないのです。むしろ、他人の看板は邪魔なのです。自分の名前の上に他人の名前が乗っかっていた場合には、「無礼者奴、退りおろう!」と一喝するくらいの自尊心がなければ、一流のお洒落な人とは言えません。ただし、それにはそれにふさわしい中身と実績が要求されることもお忘れにならないでくださいましね。(著書「天声美語」より抜粋)

<管理人より一言>
よく街でみかける人で、有名ブランドばかり身につけている人に限って、トータルバランスが悪い場合が多いのです。それは、自分がブランドを身につけているという安心感から、自分で考えて独自のお洒落をしようという思考能力が衰退してしまっているからにほかなりません。本当にお洒落な人は、もちろんポイントとしてブランドを取り入れる場合もありますが、頭の先からつま先までトータル的なバランスで考えてお洒落をするので、見ている方にもとても洗練された印象を与えることができるのです。ただそうなるためには、ベースとなる自分の中身&センスを日々磨いてなければ、付け焼刃では所詮無理ということなのです。本当にお洒落な人というのは、常に継続してセンスを磨き続けている人のことを言うのでしょうね。お洒落に手抜きは厳禁ですよ!




人は何もかもそれぞれ違うことを考えているもの。誰だって、自分のことで手いっぱい。触れられたくないことも、人それぞれにあることでしょう。だからこそ、お互い踏み込まない節度が大事なのです。「これ以上、相手の秘密を探るようなマネをするのは失礼だ」と、お互いがせいぜい腹八分の付き合いにして気を遣い合うことこそ、お付き合いの基本です。自分のことを全部わかってほしい、相手のことをなんでも腹いっぱいに知りたいというには、礼儀知らずのすることです。上質な大人同士の人間関係ほど、礼儀知らずの人たちからは水くさいように見えるもの。・・・そういう意味で、もし人を恨んだり、怒ったり、悲しんだり嘆いたりする人生を送りたくなければ、自分以外の人間と付き合うときは、100%信じたり信頼したりしないで、せいぜい50%、60%にしておくことをおすすめします。そうすれば、たとえその人に裏切られても、背かれても、別れても、死なれても、身も世もなく泣いて嘆いて落ち込むことはしなくてすむのです。「あっ、やっぱりあなたも普通の人間だったのね」とケロリとしていられるのです。
(著書「強く生きるために」より抜粋)

<管理人より一言>
自分に自信のない人ほど、他人に依存したがります。それでは、順序が全く逆というもので、まずは自分が一人立ちして精神的にも自立してこそ、他人と同等もしくは依存しないで生きていけるようになるのですよね。ただ、そのための努力もしないで他人のせいにするのでは全くの本末転倒です。まずは確固たる自分自身の自我を確立してから上質な大人の付き合いをしていきたいものですね。




ほんとは人間でなにが一番かっこいいかっていったらね、感情を全部理性でコントロールできる人なのよ。カーッと怒ってもグッと我慢することのできる人、号泣したいのをじっと堪えてハラハラと涙をこぼしている人っていうのはね、傍から見ててもスマートなのよ。
(著書「光をあなたに」より抜粋)

<管理人より一言>
美輪様自身もよくインタビューでピンチになった時や追い詰められた時にどう対処するかと質問された時に、必ず「感情を理性でコントロールする」とお答えになっているようです。一見簡単なことの様に思えますが、自分の感情を全て理性でコントロールするというのは、実際はかなり大変なことかもしれません。でも逆に言えば、このことさえ覚えていれば、ピンチに立たされた時もただ慌てて感情的になるのではなく、まず冷静になって理知のみで解決策を考えればいいということですね。いつも感情の赴くままに行動していても何もはじまらないし、結局は時間のロスであることの方が多いのです。




人間には、手に入らないものもあるの。みんな「負」を負わなきゃいけないんです。全部手に入った時は死ぬ時。それがこの世の掟。
(「MORE」連載の世直しトーク2より抜粋)

<管理人より一言>
誰でも皆「全て」を欲しがります。仕事や恋愛、家庭など、全てが上手くいくとは限らないのが世の常であり、それが現実なのです。「正」ばかり求めて「負」から逃げてばかりいても、全ては「正負の法則」により、最期に必ずプラスマイナスゼロになるのです。そのことをいつも心に留めておけば、手に入らないものに対してヤキモキせずに済むでしょう。




(過去に2度、同じ相手に玉砕した片思いを諦められないという悩みに対して…)どう転んでも好きになれそうもない男から何度も告白されたら。やっぱり困るでしょう。”仏の顔も3度”じゃないけれど、3回目にもなれば迷惑にも感じるでしょうよ。あなたはそれと同じことをしているんですよ。相手に苦痛を与えているだけ。そういうのを邪恋というの。邪な恋。そこには愛はありません。あるのは「彼と付き合いたい。抱かれたい」という、自分の欲望だけです。お互いに愛し合える、思いやれる相手を持つことこそが愛。つまり、相惚れだけを愛と呼ぶのです。…相手が何を欲しがっているのかなど、まったくおかまいなしに、自分自身を「買え買え」と押し売りしている。軽犯罪法に触れますよ。さっき私がいったように、自分が同じことをされたら迷惑なんでしょう。そこを反省しないとね。
(著書「強く生きるために」より抜粋)


<管理人より一言>
まさに私も同感で、自分で勝手に描いた理想の虚像を相手に押し付けて、それを独り善がりの恋だと勘違いしている人が多すぎます。相手に自分の気持ちを押し売りする前に、自分自身の価値や置かれた立場をよくもう一度冷静に判断して、感情を理性でコントロールすることがまず第一だと思います。もし本当に自分に魅力があるとすれば、とっくに相手の方からアプローチしてくるわけですし、縁がない時はきっぱり諦めて、より自分が向上できる相手を早急に探すことの方が先決ではないかと思います。




全くこの日本という国は、政財官界を含め国民全体の文化レベルが低劣で、多くの天才達の作品や業績が宝の持ち腐れや豚に真珠の状態になっているのは嘆かわしい限りである。芸術家の実力やそれに対する評価や賞や価値判断の基準が、政治力や情実関係及び営業努力なぞであってはならぬのである。
(「美しく生きる 中原淳一・その美学と仕事」より抜粋)

<管理人より一言>
これは中原淳一氏の生前の活躍に対しての評価が低すぎるということに関して書かれたものです。またそれは中原淳一氏に限らず、言い換えれば日本の文化レベルが低いがために、本当に美しいものを評価するための審美眼が養われていないということでもあるでしょう。日本全体がこれからもっと沢山日常生活の中に「美」を取り入れるようにし、美意識を高め文化レベルを上げていくことが今後の課題かもしれません。





私は芝居やコンサートで「愛とはこういうものですよ」っていうことを伝達して回っているのね。観た人も愛を疑似体験できるように。そのステージに立つたびに思うのは、愛っていうのはホントに完全なる充足感だということ。もうこれ以上欲しいものは何もない、っていう満ち足りた気持ち。それが愛なの。その充足感を味わうことが、愛の真骨頂だと思うのよ。
(「AERA LOVE」より抜粋)

<管理人より一言>
私も美輪様のコンサートや舞台に行くたびに、毎回とても充たされた気分になります。それは、美輪様のステージには「愛」があふれているからです。美輪様の歌やお芝居の中に込められた言葉1つ1つが私の体の細胞のひとつひとつに染み入るように入っていくのです。そして、その瞬間に美輪様の愛の充足感に浸ることができるのです。これほどまでに満ち足りた気分にさせてくれるコンサートや舞台は他にはないといっても過言ではないでしょう。





学校も会社も、ユートピアじゃないのよ。赤鬼、青鬼のウジャウジャいる場所。そこに肝試しに行くようなものなのよ。それなのにバラ色の世界を夢みて育てるから、落胆も大きいじゃない。最初から、そう教えていれば、子供たちも心づもりができるわよ。
(著書「生きるって簡単」より抜粋)


<管理人より一言>
これは子供がいじめられている相談に対しての美輪様の回答の一部です。この回答はいじめだけでなく、会社や家庭など様々な日常生活の場所にも当てはめて言えることだと思います。この世の中ははっきり言っていい人ばかりじゃない。やっぱり悪い人も沢山いるわけで、ただ最初からそういうものだということを知っているかどうかで心の持ち方が全然違ってくるということです。





(いい男を授かるための地球の法則について…)自分を磨いて、自分の世界を獲得すると、実は、男によって幸せになるとか、結婚によって幸せになろうとしなくても、別の幸せを授かるんです。自己の充実という素晴らしい財宝が手に入る。一人でいても、十分充足感を得られるんです。そうやって、男に寄り掛からず、自前で幸せが調達できるようになったときに初めて、本当にいい男と出会うことができるんです。
(「婦人公論」より抜粋)

<管理人より一言>
私の周りにも誰かに依存して幸せになろうとしてる人が沢山います。そういう人に限って自分の欠落してる部分を相手に埋め合わせてもらうことばかり考えていて、自分で努力をしない人がほとんどです。これからの女性は経済的にも精神的にも一日も早く自立をして、自前で幸せを調達できるよう自分を磨いていくべきだと思います。





(エロスがモラルの介在によって心が捻じ曲がってしまうことに対して・・・)それを分析していく知性が必要だということね。学術的にも社会的にも政治的な意味でも多角的に細かく分析し処理していく、そうすると初めてそれが健全になっていくんですよ。それをただ常識に流されて、何の努力もしないで勝手に捻じ曲がって、困った困ったと憂鬱になる。それはすべきじゃないと思います。自分が捻じ曲がる前に、果たして自分が悪いだろうか、犯罪を犯しているんだろうかと分析してみるんです。そしたら人にとやかく言われる筋合いのものでもないなってことに気づくんです。逆に非難している人の方が間違ってることがわかる。強くなれるんです。
(「FLYER」より抜粋)

<管理人より一言>
「エロス」についてのインタビュー記事から抜粋しました。美輪様は「エロス」というものを特別視したことはなく、それより興味があるのは美意識だと言っています。そして世の中の性に関するマイノリティ派(ホモ、レズ等)に対しても上記のように知性を身につけて冷静に判断していけば、必ずしも世の中の多数派と言われていることが正しいとは限らないということが分かるし、それを悟ることによって自分も強くなれると言っています。





真に美しい女は、オペラと同じ総合芸術なんです。お化粧や洋服や髪型だけではなくて、観るもの聴くもの食べるもの、すべてを総合してつくりあげるものなんです。たとえ、付け焼刃で外見だけを整えても、普段の生活のありさまが、見えない膜になって身体を取り巻いてしまうから恐ろしい。それとは反対に、美しい部屋で趣味のよい家具や食器に囲まれて、上品な服を身につけ、いい本を読み、クラシックなどのいい音楽を聴いていると、学生でみんなと同じ制服を着ていても、ほかの子と、どこか違って見えるでしょう。いいところのお嬢さんって感じがする。とくに着飾っていなくても、美しさが漂ってくる。人間って、そういうものなんです。
(著書「天声美語」より抜粋)


 <管理人より一言>
世の中には知識や教養はさておき、見た目だけはブランド品に身を固めた女性達で溢れかえっています。いくら一流品で身を固めていたとしても、少し話をすればたちまちその人の知識や教養はすぐに露呈されてしまうものです。もちろん見た目を綺麗に整えていることは決して悪いことではありませんが、それに見合った中身を兼ね備えていないと、人間として非常にバランスの悪い構成になってしまうのです。あの人は見た目どおり、知性もある人だと言われるよう、普段の生活の心がけから磨いていくことが大切なのですね。





「即是道場」ということで、自分のからだの赴くところ、トイレに入ることから、仕事場、家庭の中、とにかく自分のからだが行くところは、全て教会でありお寺なのです。教会やお寺、神社に行ったときとか、あるいは仏壇の前に座っているときだけ清い気持ちになっても仕方がないのです。自分が非常に清められたような気分になった状態を、いつでもコンスタントに保っていられるようにするということを、発想の転換によって行っていくということが修行なのです。山の中で1ヶ月間修行したとか、3ヶ月の間お堂にこもって荒行をやったということばかりが行になるわけではありません。それよりも、毎日の生活の中で灰皿1つ、お花1つに対するものの考え方といったことが、修行の1つ1つになるのです。哲学者ばかりが哲学するわけではなく、どんな職業のどんな年齢の方にあっても、常に哲学をやっているのです。子を持つ母親が、子供のことにいろいろ思いをめぐらせていることも哲学の1つでありますし、そういう意味でどんな方でも毎日の日常生活で哲学しているわけです。
(著書「ほほえみの首飾り」より抜粋)

<管理人より一言>
少し長い抜粋になってしまいましたが、1言たりともカットしたくなかったフレーズだったので、全部そのまま載せてしまいました。これは私も非常に好きな言葉なのですが、「即是道場」、つまり日々の生活そのものが修行であり、生活を活かすための場所である。だからある一時だけがんばってみたり、力をいれてみたりするよりは、日々の心がけが大切であるということです。そしてどんなに小さいことに対しても常に哲学することによって、いろんなことを知り、なおかつ「わかる」ということが非常に大切なことなのです。





子供達はゲームセンターにでもどこでも行くから、放っておけばいい。むしろ仕事に疲れ、文化を見失った、大人たちのバーチャル・リアリティとして、歌が届けばいいの。文化の根幹は言葉から始まります。最近はやりの音楽は、音ばかりに力を入れているから、機械音のうるさいメロディーが増えていく。ギスギスした音は、現代人の心にも影響しているはず。言葉の美しさを伝えたい。
(「おとなぴあ」PILOT ISSUEより抜粋)


<管理人より一言>
これは3月20日に創刊する「おとなぴあ」PILOT ISSUEの中での美輪様のコメントです。このコメントにつけられたサブタイトルは「超性のかなたに波動するユマニテ。」美輪様はまさに人間を超えた超人(ニーチェの言葉を借りれば)なのではないかと、個人的には思っています。全てのこだわりや常識を捨ててしまえば、その人の心から発せられる言葉しか最後には残らないもの。美しい言葉を発する為には美意識を常に高めている必要があるのかもしれませんね。




 それこそ「胎教」ではないけれど、ながきに渡り人口に膾炙してきた美しい音楽を聴き、いい本を読んで女としての基礎工事をしっかりしていく。そういう中でセンスが養われていくし、そういう人が新しいものを身につけて初めて華やぎというものがでてくるものなのです。
(「VOCE」より抜粋)


<管理人より一言>
これは美輪様の好きな言葉「新しく装えど、心古き女」・・・すべての教養を習得し、美意識を育てた上で、新しいものを取り入れる好奇心、心の柔らかさを忘れない・・・というスタンスについて書かれたお言葉です。確かに基礎がないのにいきなり身分不相応な格好をしても、どこかでボロがでるというもの。美意識はまず心から高めるべきなのですね。




 ぴかっ。マグネシゥムを焚いたような白い光が、窓の外を、一瞬、写真の陰画と陽画が逆さまになった世界に変えました。世の中がシーンとして、(あれ?こんな好い天気に雷光なん…)思う間もなく、(!!・・・・・)幾千の雷が一時に落ちたよりも凄まじい音響で世界中が轟き揺れ動きました。慌しい空襲警報が警戒警報を一足飛びに越して鳴り出し、爆音が逃げて行きます。
(著書「紫の履歴書」より抜粋)


<管理人より一言>
これは美輪様が幼少時代、長崎に住んでいたときに原爆が落ちたときの描写です。私はこの文章を読んだ瞬間、これは絶対に天声美語集に載せなければ・・・と思いました。一人でも多くの人に戦争の悲惨さや醜さを伝えなければいけないし、あと数十年後には戦争体験者もこの世を去ってしまいます。その時にこうした実体験に基づいた言葉でしか、戦争の恐ろしさを伝えていくことができないのです。最近の青少年の犯罪はどれもこれも胸の痛くなるような事件ばかりです。今の日本があまりにも平和すぎて平和ボケしていると美輪様もおっしゃるとおり、こんな悲惨な体験をしたら、絶対に簡単に人の命を傷つけることなんてできないはずです。私は上記のフレーズを一人でも多くの人が心の中に刻み続けてくれることを切に祈っています。





いい音楽やいい舞台は人間の心の栄養素で、文化は人間のビタミン。でも現状を見渡すと、観客動員や視聴率、経済効果などの数字が正義になっていて、文化の質は問われていない。今の日本人には、経済よりも情緒やロマンにあふれた文化が必要なんです。取り戻せるのも今のうち。私はもっともっと声を大にして戦いますよ。見てらっしゃい
(H12,1,12 「読売新聞・夕刊」より抜粋)
                       
<管理人より一言>
これは、渋谷の老舗の小劇場「ジャン・ジャン」がH12年4月で閉場するにあたり美輪様が寄せたコメントを抜粋したものです。「ジャン・ジャン」は1969年7月から教会の地下にあった喫茶店を改造し、音楽、演劇、ダンス、トークショーなど多様なジャンルの公演が掛かる密度の濃い劇場でした。若手の登竜門として井上陽水、吉田拓郎、宇崎竜童らも舞台を踏み、もちろん美輪様も定期的にライブを行っていました。「文化のとりでだった」と語る美輪様の声色にはきっと寂しさと裏腹に今後への野心も込められていたに違いありません。





人間が老け込まないようにするコツは、こだわらないということです。このこだわらないという言葉をつねにどんな場合でも忘れないようにしていく修練をしてください。つまり習慣づけるようにすることです。すべてにこだわらない。国籍、性別、年齢、職業、物欲、過去未来、感情。
(著書「人生ノート」より抜粋)

<管理人より一言>
この言葉にはっとした人も多いはず。そういう私もこの言葉に出会う前まではこだわりの塊みたいな人間だったので(笑)、そう言われてみれば、こだわったところで何一ついいことなんてないし、人間が不安になったり、憂鬱な気分になっていったりするときには、必ず何かにこだわりつづけているからなのですよね。心にいつも留めておきたい言葉の一つです。




「でも私あのヤマンバのメーキャップね、あれ私ね素晴らしい発見だと思う・・・私良く考えたなと思うの・・・運良くさ、誰か間違えて男引っ掛ける事出来るとするじゃない。ね、そうして、そのそそっかしい男と一緒になってホテルに行ってよ、そしてシャワー浴びて顔素顔になるじゃない・・・そうしたらさ、ああ素顔はこんなに可愛い顔してたのかと、あのメーキャップ取れば思えるじゃない。どんな酷い顔の人でも」
(「笑っていいとも」テレホンショッキング出演時より)

<管理人より一言>
美輪様が今流行りのヤマンバメイクについておっしゃられたコメントです。素晴らしい発見ってそういうことだったのかぁと、TVを見ていた私は大笑いしてしまいました。ものすごく逆説的な誉め言葉に妙に納得。


    



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