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| 読みたい部分をクリックして下さい。 1.音楽会「愛〜L’amour〜」in 渋谷公会堂(2000.3.30 ) 2.舞台「愛の讃歌」in PARCO劇場(2000.5.20) 3.講演会「生きやすい生き方」in 北とぴあ(2000.9.3) 4.音楽会「愛〜L’amour〜」in PARCO劇場(2000.9.22) 5.舞台「毛皮のマリー」in PARCO劇場(2001.4.20) 6 美輪様&瀬戸内寂聴対談会「粋なパルコ、こんにゃく問答」in PARCO劇場(2001.7.19) 7.講演会「粋なパルコ、こんにゃく問答」in PARCO劇場(2001.7.20) 8 音楽会「愛〜L’amour〜」in PARCO劇場(2001.9.18) NEW!9 舞台「葵上・卒塔婆小町」in PARCO劇場(2002.4.9) 1 音楽会「愛〜L’amour〜」in 渋谷公会堂 2000年3月30日、待ちに待ったこの日がとうとうやってきました。昨年のミッチーvs美輪様のトークショーのラストで初めて美輪様のアカペラの「愛の讃歌」を聞いた時から、今日のこの日をどんなに待ち望んでいたことか・・・。またあの感動を味わえる喜びで胸が高鳴っていました。会場内には8割位が4、50歳以上のマダムで、やはり中には着物をちゃんと着て、髪の毛もきちんと結い上げているご婦人の方達も多くいらっしゃいました。でも最近の美輪様の広範囲のご活躍の影響か、若いカップルや20代後半の小奇麗なOL風の女性も数多く見かけました。会場全体に通していえるのは、さすが美輪様のファンの方達だけあって、洋服、髪型、メイク、香水等は皆夫々美しくまとめている人が多かったということです。開演前に美輪様全曲集CDと、「人生ノート」は持っているにも関わらず、サイン入り本という誘惑に勝てず、もう1冊購入してしまったのでした(笑)。 そして、10分押しで開演。幕が上がった瞬間会場から思わず感嘆の声が上がりました。ステージ一面に美しい色とりどりの艶やかなお花がところ狭しと埋め尽くされていたからです。「なんて美しい・・」と私も思わずため息をもらしてしまいました。そしてその舞台の花よりも更に美しい装いの美輪様が登場。紫のフォルムの美しいドレスでした。裾も3m位ある長いドレスで髪にも同じ色のバラの花をつけていらっしゃいました。「こんばんは、ようこそいらっしゃいました・・・」と美輪様の挨拶が始まりました。そこから、今の日本の情勢から、美意識をもつことの大切さまで、広範囲にわたるお話の後で第1部開始。 第1部は日本の叙情歌を中心に構成されていました。曲順は「赤とんぼ」、「宵待草」、「おぼろ月夜」、「花嫁人形」、「白月」、「あわて床屋」、「惜別の唄」、「花〜すべての人の心に花を〜」でした。美輪様は必ず次に唄う歌の歌詞の意味をわかりやすく説明して下さるので、曲を聴きながらも「なるほどこういう意味の歌なのか」ということを理解しながら聞くことができ、その曲の世界に浸りながら歌を堪能することができます。また美輪様は夫々の歌に合わせて歌い方、表情、振り付けから全て違うのには驚きました。「花嫁人形」、「惜別の歌」などの悲しい歌の時には表情も暗く、悲しげな唄い方なのですが、「あわて床屋」などの明るい歌の時には、楽しそうに踊りながら歌って舞台中を駆け巡ります。つまり歌というものはその1曲1曲にこめられた意味や背景などが夫々違う訳であるから、美輪様もその歌ごとに合わせた演出方法で歌を聞かせて下さるのです。そしてなんと言っても素晴らしかったのが第1部最後の「花〜すべての人の心に花を〜」です。この曲は沖縄の有名な唄で、この曲を作った喜納昌吉氏は、神から啓示を受けてこの曲を作ったのではないかと美輪様がおっしゃっていました。つまり人の人生を花に例えて、花のように泣きなさい、笑いなさい、花は花として笑いもできるし、人は人として涙も流す、それが自然の歌なのである・・という歌なのです。そして、美輪様がサビの部分の「泣きなさい〜♪笑いなさい〜♪」を聞くや否や、あまりの素晴らしさに胸を打たれて涙が止まりませんでした。私の体の中を美輪様の歌が共鳴していました。振り向くと会場全体からもすすり泣きの声が聞こえてきました。この広い渋谷公会堂全体にも響きわたった美輪様の声の力は聞き手の涙腺をも緩ますパワーを持っているのです。しかも美輪様の場合は全曲通してマイクはほぼ30cm以上離して唄っているにも関わらず、です。本当に素晴らしい歌を聞かせて頂いたことに心の底から感謝しました。 こうして第1部が終わり15分の休憩の後に第2部が始まりました。第2部はドラマティックなシャンソン中心で、舞台のセットも先ほどのお花畑の上に被さるように左右の上方から、まるでオーロラのような白いレースのカーテンが敷き詰められていました。 美輪様の衣装もそれに合わせて今度は純白の可憐なドレスでした。裾はやはり長く、歩いてターンするたびにひょいと持ち上げる姿が女の私も顔負けなほど色っぽかったです。曲順は「あきれたあんた」、「暗い日曜日」、「思い出のサントロペ」、「恋のロシアンカフェ」、「ラストダンスは私と」、「ラ・ボエーム」、「ミロール」、「ボン・ボヤージュ」でした。前半同様、夫々の歌の意味を解説しながら歌って下さいました。中でも「恋のロシアンカフェ」では、昔はフランスならパリ、アメリカではNY、東京なら銀座というように、夫々文化の発祥の地があり、そこにいろんな文化人達が集ってお互いの士気を高めあったもので、美輪様がデビューした時にも衣装を文化服装学院でたてのコシノジュンコが担当したり、ライブのパンフレットを横尾忠則がデザインしたり、三島由紀夫や寺山修司が脚本を書いてくれたいい時代だったのだけど、今はパリ、NY、銀座とも昔のように新進気鋭のアーティストが集う場所やカフェがなくなってしまったのがとても残念だとおっしゃっていました。そうしてラストの壮大な「ボン・ボヤージュ」を歌い終わると鳴り止まぬ拍手が会場中を埋め尽くしました。舞台の前にに花束を持ったお客さん達が列をなして美輪様にプレゼントし、美輪様も一人一人と握手して下さいました。私もそれを見て、「今度は絶対花束をプレゼントして握手してもらおう」と心に誓ったのは言うまでもありません(笑)。そしてアンコールではお待ちかねの「愛の讃歌」を歌ってくださいました。 歌い終わると盛大な拍手の中で、舞台の天井から金粉がはらはらと舞い降りてきて、美輪様も天に向かって仰いでいらっしゃいました。まるでそれはまだ見たことのない極楽浄土を初めて目の当たりにしたようなインパクトを受けました。「やっぱりこの人は神様なのでは・・・?」と本気で思った瞬間でもありました。 やはり美輪様の歌には魂が宿っていると思います。歌は誰でも歌えます。音符に歌詞をのせてなぞればいいだけです。でも美輪様の歌には言葉の中に魂が宿っているのです。その歌の持つ意味を、歌詞の言葉1つ1つに魂を吹き込んで、その言霊が旋律とともに息吹をあげる・・・。歌って目に見えない魂の塊なんだな・・と改めて感じた3時間でした。 2 舞台「愛の讃歌」 in PARCO劇場 2000年5月20日、4年ぶり再演の「愛の讃歌」の初日に行って参りました。18時会場で5分前に会場につくと既に人がロビーに溢れ返っている状態でした。その人だかりの隙間からは各界からよせられた彩り豊かなお花がところ狭しと飾られていました。寄贈者の名前を見ているだけでも美輪様の交友の広さと深さが感じられる、そうそうたる面々でした。お客さんも美輪様と同年代のご夫人、殿方、から3,40代のマダム、20代の小奇麗なOL風まで前回同様幅広かったです。そして開演18時30分に私も席につきました。するとなんと舞台は高さ50cm位しかなく、最前列の席だったために、これは至近距離2m位で生美輪様が拝める!と、にわかに高鳴る胸の鼓動を抑えることができませんでした。 そして7分押しで開演。すると意外なことに舞台後方から出演者が一斉に駆け出してきて美輪様も10cmハイヒールに膝丈スカート、頭にベレー帽で一気に舞台まで駆け下りてきました。粋な演出に度肝を抜かれているうちにこうして舞台が始まりました。 第1幕はピアフ(美輪様)が売れない時代から世に出て数々の恋を体験し、その中でも最愛の恋人マルセルを飛行機事故で亡くすまでの2時間の構成となっていました。最初売れない頃のピアフの衣装は着たきり雀でみすぼらしいものだったのが、話が進むにつれて徐々にゴージャスになっていく点も見所のうちのひとつといってもいいでしょう。しかも初めて美輪様のミニスカート姿を拝見したのですがおみ足の綺麗なことといったらなかったです。街頭で歌っていたピアフをルプレがスカウトし、クラブでやっと歌えるようになったと思うや否や殺人の濡れ衣を着せられ、また街頭に戻るピアフ。今度はそこに現れた作詞家アッソーによって教育され、一躍スターになり、イヴ・モンタンと恋に落ち、最後は最愛の人マルセルと恋に落ちる。こうした波乱万丈な愛に生きる女性ピアフを演じる美輪様はまるでピアフが乗り移っているかのような気迫さえ感じられました。第1幕のラストの「愛の讃歌」は飛行機事故で亡くしたマルセルに捧げるかのごとく愛に満ちた壮大な歌となりました。 約125分間の第1幕の後は15分の休憩を挟んで第2幕の開始です。第2幕はマルセルを失って酒と麻薬に溺れてボロボロになったピアフが落ちぶれていたところに、ギリシャ人の青年テオと出会って恋におち、21歳もの歳の差を越えて愛を貫くが、やはり病魔には勝てず永遠の眠りにつくというストーリーです。最期は末期を悟ったピアフが夜中に無理やりテオに歌のレッスンをしながら「世の中っていうのは冷たい。今は私がいるからテオも歌手としてやっているけど、死んだ後が心配で心配でしょうがない・・・私が死んでもテオを素晴らしい歌手にどうかしてやって下さい、神様・・・」と祈りながら息をひきとるシーンで幕を閉じました。美輪様演じるピアフは自分のためだけには生きる価値が見出せず、常に誰かを愛し、その愛こそが彼女自身の生き甲斐になる女性です。「愛は与えて、与えて、与えつづけるもの・・・」この言葉が胸に熱くつきささりました。そして今回の舞台で、印象的だったのが、美輪様の涙を5回以上目の当たりにしたということです。私は今回最前列で観ていたので美輪様が登場するシーンは、1秒でも見逃すまいと目を凝らして美輪様の表情を見ていたのですが、悲しいシーンでは必ずといっていいほど、美輪様の頬を美しい真珠のような涙がつつと流れるのを何度も拝見しました。その時「ああ、この人は歌同様芝居のセリフ1つ1つにも魂を込めて言葉を発しているのだ。だからその言葉に共鳴して涙も溢れんばかりに湧き出てくるのだな」と心の底から感動しました。そこに美輪さまの感受性の強さや素晴らしさを改めて感じずにはいられませんでした。 こうしてラストは白いスモークに包まれピアフとテオが天国で結ばれ至福の微笑みを2人とも浮かべながら手を取り合って去っていくシーンで幕を閉じました。鳴り止まぬ大喝采の中に佇む美輪様のお姿は本当に小柄なのに、その中に秘められた強い感受性とその存在そのものの偉大さを感じずにはいられませんでした。私たち観客を通り越して真実の愛とは何かということをもっと広い世間、はたまた現代の殺伐とした時代に対して訴えているような、そんな気さえさせられました。 ・・・そして「愛の讃歌」の歌を聴くたびに私が涙するセリフがあります。 「そしてやがて時が訪れて死があたしからあなたを引き裂いたとしてもそれも平気よ。だってあたしも必ず死ぬんですもの。そして死んだ後でも2人は手に手を取ってあのどこまでも広がる真っ青な空の碧の中に座って永遠の愛を誓い合うのよ」・・・これこそが愛というものの真実の姿であるといっても過言ではないでしょう。 「この世の全てを救う鍵。それは、愛のエネルギーだけです。」(公演のパンフレットの副題より) 3 講演会「生きやすい生き方」 in 北とぴあ 2000年9月3日、JR王子駅にある「北とぴあ」にて美輪様の講演会が行われました。全席自由だったので、早めに行こうと思い、1時間30分位前に会場につきました。すると既に2,30人程並んでいたので、さすが美輪様人気と思いつつ、近くで昼食を手早く済ませ、約1時間前から再び並び始めました。そして会場時間になり慌てて席を取りに走りましたが、程なく最前列をGETし、まずは一段落しました。この日は7割方は30歳代以降のミセスが多かったのですが、中には20代の小奇麗なOL風の女性や、母と娘できている方達も多かったです。 そして、5分押しで開演。美輪様は舞台の袖から真っ青のイッセイ・ミヤケのドレスに身を包み、颯爽とお出になられました。いつもの黄色いヘア・スタイルに、イヤリングとネックレスはおそろいの光り輝く緑の宝石を身に着けていらっしゃいました。「今日は「錯誤」についてお話してみたいと思います…。」という第一声を皮切りに、正負の法則、最近の三〇自動車や〇印などのトップはもっと素直に否を認めるべきなどお話されました。特に10代の相次ぐ殺人事件も、元を正せば大人達が悪いのであって、今の40代以降の大人達はもう一度学校に入りなおして教育すべきである、ともおっしゃっていました。今の大人の本も読まずに金とセックスだけを追及してる姿を子供も見ているから、そういう大人のマネをする子供が増える一方であると。。。いい音楽、いい文学、いい美術品などに囲まれて生活することが大切であり、それが人間保護色論から言えば、見えない膜となってその人を包んでいるのである。。。また、いい夫、いい妻になるのではなく、いい人間になりなさい。。。肩書きと人格は全く関係ないし、肝心なのはその人の心が純粋で美しいことなのである。。。 などなど次々と心に響くお言葉を聞かせて頂きました。そして最後に美輪様から4つの大切なキーワードを教えてもらいました。 1.匂い・・・玄関とトイレは常にいい匂いをさせておくこと。 2.色・・・部屋の中に黒と灰色はおかないこと。なるべく明るい色を置くようにすること。 3.音・・・いい音楽を聴くこと。音の波動の影響力はとても多大である。 4.微笑み・・・いつも微笑みを絶やさないこと。微笑みさえあれば全てがうまくいくはず。 そして、最後に・・・今、自分がここにいるということそのものが、自分自身の生命力の強さであるということを認識して、過去にたとえどんなに辛いこと、嫌なことがあったとしても、今、こうして存在しているわけだから、それを乗り越えてきたという、自分の実績を自分自身で認めることが大切である。そうすれば不安はなくなる。。 ・・・この言葉を今日聞けたことは、私にとってまた多大な心の財産になりました。もちろん、今この文章を読んでるあなたも、今という瞬間に存在している訳ですから、自分が存在していることの生命力の強さや有り難さを常に忘れずに心に持ちつづけて欲しいと思います。 そしてあっという間に2時間が過ぎ、講演は大喝采のうちに終了となりました。そして、花束を渡す長蛇の列がすぐさま作られました。私も初めて直接花束を渡せるチャンスにめぐり合えて、一人で胸を高鳴らせて自分の順番を待ちました。そして、抱えきれなくなった花束を一端舞台の袖に置いてから、再び私の番に美輪様が現れました。私が紫を基調にした大きな花束を渡すと、美輪様は「まあ、綺麗!」とおっしゃって、私に向かってにこやかに「ありがとう」と言って、右手を差し出しました。そして、私も少し緊張で汗ばんだ手をすかさず出し、心を込めて「ありがとうございました」といいながら、思いっきり握手しました。美輪様と初めて握手した感触は、丸っこくてふくよかで、それでいて力強かったです。手に美輪様の人間性の大きさがまるで現れてるかのようにがっしりと大きく私の手を包み込んで下さいました。そして、その後数時間はうっすらと私の右手の親指の付け根あたりに美輪様の薫りが残っていました。それはそれは柔らかでいてほのかで上品な和の薫りでした。そう、この匂いはいつも美輪様の舞台やコンサートで匂ってくる薫りとまさに同じ薫りでした。香水でもない、お香でもない、不思議な匂い。私はしばらくの間、握手した手の感触と残り香の中で恍惚とした気分に浸っていました。嗚呼、やっぱり同じ時代に生まれて本当に良かった…これからもできる限り美輪様とこうした同じ空間で同じ時間を共有していきたい…と心の底から思ったのでした。 4 音楽会「愛〜L’amour〜」 in PARCO劇場 2000年9月22日、渋谷のパルコ劇場にて美輪様の音楽会<愛〜L’amour〜>が行われました。18時30分に時間どおりに開場され、花束を一端クロークに預けた後、公演のパンフやこの日発売された美輪様の新刊「強く生きるために」などを早速購入し、ロビーのお花を眺めながら開演時間を待ちました。この日は平日の夜だったこともあり、かなり若い人も多かったです。珍しくカップルの姿もちらほら見えました。そして5分押しで開演。幕が上がるとそこには舞台一面に上方から垂れ下がった無数の短冊状の帯びがライトに照らされてキラキラ光っています。最前列で観ていた私は「何て美しいのだろう…」と思わず溜息をついてしまいました。そして美輪様の登場です。意外なことに、今回の第1部の衣装はパンツスーツ姿でした。シルバーの光り輝くゴージャスなジャケットの中には黒のレースのインナー、そしてパンツは黒のしなやかなストレートのパンツでした。そしてヘアスタイルも黒髪のミディアムショートで少し外はねっぽい感じでとても素敵でした。美輪様のご挨拶のあとに、バンドのメンバー紹介が続き、第1部の始まりです。いつものように曲を歌う前に、その曲の意味や作られた背景などを丁寧に説明して下さりました。特に第1部は先日発売された「白呪」を記念して、美輪様のオリジナルを中心に構成されていました。ですから「紫の履歴書」時代に住んでいた場所や当時の思い出などを交えながら、夫々の曲の紹介をして下さいました。「うす紫」、「めぐり逢い」、「長崎育ち」、「別れの子守唄」と続き、私が印象深かった曲は「砂漠の青春」という歌です。まさに今の日本の若者の無気力さを象徴した歌詞で、個人的にも図星だなと思ってしまいました。そして「僕と日曜日」、「別れ話」、「不倫」と続き、そして「ヨイトマケの唄」をついに生で聞くことができました。 「ヨイトマケの唄」を歌っている時の美輪様の存在感の強さは凄かったです。そしてその力強さと同時に優しさにも溢れていて、歌い終わった時には頬に涙がつたっていました。この唄によってどれだけのヨイトマケ(土方業)の人達が救われたのかと思うと感慨深いものがありました。また今でもサザンの桑田圭祐や五木ひろしなど多くのミュージシャンがコンサートなどで歌ってくれているともおっしゃっていました。それだけ語り継がれる価値のある名歌であるということでしょう。そして第1幕ラストの曲は「愛の贈りもの」という曲でした。この曲は海外のアーティストに依頼されて作ったのだけど、そのアーティストがエイズで亡くなってしまい、世に出る機会を失いかけていたので、美輪様が完成させ、今日歌い続けているとのことでした。タイトルどおり正に愛に溢れている歌で、最後にマイクから離れて必死にアカペラで「I GIVE YOU MY LOVE」「I GIVE YOU MY HERAT」と叫びながら、一生懸命私たちに愛を与えようとして下さる美輪様の姿に感動して、またもや私も号泣してしまいました。 そうして85分間の第1幕があっという間に終わり、15分の休憩を挟んだ後に、第2幕が始まりました。今度は一転してシャンソン中心で、美輪様もいつものゴージャスなドレスに着替えてらっしゃいました。白の背中の大きく開いたロングドレスに床まで届くオーガンジーのストールを肩にかけて登場されました。そして登場とともにいつものあの芳しい香りも漂ってきました。「恋はせつなく」、「マダムカチカチ」、「18歳の彼」、「人生は過ぎ行く」など間に様々なお話を交えて歌ってくださいました。特に今回のMCの中で印象的だったお話は、昔、三島由紀夫と障害児のチャリティーイベントで福祉施設を訪れた時に、美輪様はまだヨイトマケの唄がヒットする前で、とても苦労していて悩みが多かった時期だったのですが、障害を持った子供たちの目の前に出た瞬間、その子達の心の声が一斉に聞こえてきたそうです。「僕たちは自分でトイレにも行けない、好きな人の顔を見ることもできない、綺麗な洋服も着ることができない…それに比べたら、君の悩みなんてどってことないじゃないか…」と。その心の声を聞いてから美輪様は自分自身にいかに感謝の気持ちが足りなかったことや、この人達はそうしたことを気づかせるための菩薩であるということを改めて感じたそうです。 そうしてラストの「人生の大根役者」を壮大に歌い上げた後に拍手喝采の中、幕を閉じました。そして鳴り止まぬ拍手の中、もう一度幕が上がり、花束を持った人だかりがあっという間に列を作りました。もちろん私も紫の花束に手紙を添えて列に加わりました。そしてついに私の順番になり、「手紙を書いたので是非読んで下さい」と言って花束を差し出しました。すると、美輪様は「はい、ありがとう」と言って、右手を差し出して下さいました。そして私もすかさず右手を差し出し、今度は左手を添えて、強く握り返しました。そしていつまでも私の右手にあの丸っこい美輪様の手の感触と柔らかな残り香を残しつつ、アンコールが始まりました。 執事のような男性に引きづられて(笑)、最後に「老女優は去りゆく」を歌ってくださいました。この曲はいつ聞いても1つのドラマがこの数分間の1曲の間に込められているのだなぁと心から感じさせる曲で、まるで美輪様が一人何役も演じている映画俳優のように思われました。それだけ歌に魂を込めて歌って下さっているということなのでしょう。そして、今回、この公演で聞けて良かったと思った言葉は「自分に自信を持って生きるということが、一番の生き上手ということです」という美輪様のお言葉でした。 …美輪様の音楽会はいつも素晴らしい音楽はもちろんのこと、知性あふれるお話、そして何よりも無限大の<愛>を私たちに与えてくれる…と心から思います。そしてそれは言葉だけが一人歩きしている<愛>ではなく、美輪様の魂が心底こもった心からの<愛>なのです。 5 舞台「毛皮のマリー」 in PARCO劇場 2001年4月20日、昨年末の制作発表からずっと心待ちにしていたこの日がついに訪れました。少し早めに会場につくとそこには通路を埋め尽くさんばかりの花束が所狭しと置かれていました。そして6時30分開場と同時に館内の音楽も昭和初期の流行歌のような懐かしい音楽に入れ替わり、にわかに私の緊張のバロメータも上がってきました。今回の席はY列10番で全部で3回観た中では前から2列目の中通路脇という一番いい席でした。そしてついに10分押しで開演。 照明が暗転すると、ツァラレンダーの古いシャンソンが蓄音機からゆっくりと流れ込んできました。幕が上がると古い洋館の一室のような豪華で優美ながらもどこか古臭く退廃的な雰囲気が漂うセットに、ミュシャの絵が描かれた1,2m四方の箱がところどころに4,5個置かれており、舞台左手には美しい刺繍の施されたような大きなバスタブに浸かっているマリー役の美輪様が手鏡を持って静止していました。「鏡よ、鏡、鏡さん。この世で一番の美人はだれかしら?」との問いかけに下男役の麿さんが表情一つ変えずに低く張りのある声で、「マリーさん、この世で一番の美人は、あなたです。」と答えます。そして刃渡り50cm以上ほどもあるお月様が映るほどぴかぴかに磨いた剃刀で、マリーのわきの下の処理をゆっくりと始めました。そしてしばしのやりとりのあと、いきなり舞台右手から「つかまえたよ、マリーさん!」と大声を上げて美少年欣也役のミッチー登場。深緑のベロア調の半ズボンに紺のハイソックス、とてもフォルムの美しいツバの長い帽子を深々とかぶり、アイラインを下瞼に少し長めに入れたメイクで虫取り網を片手に立っていました。「つかまえたよ、マリーさん」その第一声からして、18歳の少年そのもので、全く違和感なく観ている方も美少年欣也役にどんどん引き込まれていきました。ミッチーの少し鼻にかかった甘い声で美輪様とやり取りする姿は本当に子供そのもので、心の底から漲るエネルギーを精一杯この欣也役にぶつけているというのがひしひしと伝わってきました。一方の美輪様は初演時から既に何回もこのマリー役を演じているだけあって、いつもながらの余裕も感じられる程の演技で、まるでマリー役のモデルとなった寺山修司の母寺山ハツがそのまま降りてきているのではないかと思わせるほどの迫力のある堂々とした存在感でした。 そしてマリーと欣也のシーンが終わると暗転して、蓄音機からマリーの恐ろしい程の威圧的な声が聞こえてきました。「…ふつうの学校じゃ、いいことしなさい、って教えるだろ?あれはこういうことなんだよ。『おまえは、ウソばっかりついてるから、せめてすること位は、ほんとのことをなさい』ところが刑務所であたしが教わったのは、あべこべだった…『おまえはいつもホントのことばっかり言っているから、せめてすること位はつくりものになさい』…」そして「だれか来たよ。テープをお止め!」と同時に欣也が慌てて蓄音機のテープを止めると、なんと、モーニング娘。の「ラブ・マシーン」が流れ出し、舞台中央に美少女役の若松さんが登場。顔はガングロでアイシャドーは真っ白、口紅はラメ入りで、ビーズをつけた茶髪のロングのドレッドヘアに白いロングブーツ、ピンクの超ミニ(はっきりいってパンツ丸見え(笑))のヒラヒラのワンピースになんとFカップ以上はある巨乳が洋服から飛び出ているという、まさに今の渋谷の女子高生を皮肉ったような超現代版美少女紋白の登場に会場一同大爆笑でした(笑)。更にすごいのはその出で立ちだけでなく、若松さん演じる紋白のセリフの一言一言の言い回しや、立ち振る舞い、全てに於いてとてもユニークで、さすが唯一天上桟敷出身の役者さんであると改めて感心させられました。また、今回の美少女役をこのような現代の女の子の「外見だけで中身がない」という痛い盲点をついた美輪様の演出も皮肉が効いていて面白いなと思いました。きっと寺山修司が生きていてもそうしていたことでしょう。 しばし欣也と紋白のシーンのあと暗転。今度は暗闇の中から一筋のローソクの火が燈され、燭台を持った下男役の麿さん登場。ここから幕間狂言スタート。突き刺すようなバッハの「トッカータとフーガ」ニ短調のパイプオルガンが流れると、今までのピシっとしたスーツ姿から真っ赤な裾の広がったロングドレスにハイヒールを履いて登場。ここで初めて下男は実はマリーに憧れるホモ(?!)だということが判明。急に女言葉で「あたしだって、馬よりも逞しい死を死にたいけれど、この通りの醜女(しこめ)なの。醜女のマリーとみんなは言うわ…」そして舞踏家でもある麿さんの華麗なダンスの後に、「鏡よ、鏡。鏡さん。この世で一番の美人は誰かしら?」と言うと、いつのまにか舞台後方には世界各国の歴代美女である、楊貴妃やクレオパトラ、小野小町に果ては叶姉妹(笑)に扮した美女の亡霊達が「ここではあなたが一番きれいです。でも、白雪姫はあなたの千倍もおきれいです。」と返事をします。しばしの美女の亡霊達と下男のやり取りの後で、「それにしても早まったもんだ。『毛皮のマリー』になる位だったら白雪姫になるんだったわ。いっそひとおもいにマリーを死んで、生まれ変わるとしましょうか!」とカツラを脱ぐと、突然ハードロックが鳴り響き、舞台中に全身裸でパンツ一枚の男が10人以上激しく腰を振りながら踊り始め、観てる側にとってはかなり目のやり場に困りながらも思わず観てしまうような(笑)ラインダンスを足を高々と上げ一列になって踊りはじめました。これはきっと自分もマリーのように美しい男娼に生まれ変わりたいんだけどなれないという激しい願望を具現化したのかもしれません。しかし、踊りの最中に「何だか、台所がさわがしいよ。誰か見てきておくれ。ちょっと!ちょっと!」というマリーの声にすぐさま我にかえり、「はい、マリー様」という元の低い張りのある声に戻ってしまいました。そして、一言「ああ、また死に損なってしまいました。今度こそ本当に、馬みたいに逞しい死を、持ち合わせたいもんだ!」と。 そして暗転し、舞台後方からピンクのドレスに身を包んだ美輪様が芳しい香水の香りを場内に漂わせながら水夫役の菊池さんと一緒に舞台に登場しました。そして舞台に背を向けて仁王立ちしている水夫に何やらマリーの手が動いていると思うと突然「ほうら、よく画けた。これはなかなかの大物だよ。」と描いた絵を見せながら「ほんとによく、出来てる。これは神様の最近作のうちでも、傑作の一つですよ。」と褒め称えました。そして水夫とマリーが愛し合ってる最中に舞台左右にいつのまにか現れた2人の大きな月と星を持った鶏姦詩人がマリーを称える詩を高らかに謳いあげました。そして詩人が立ち去ると、水夫は「それにしても、マリーさん。あんたは、どうして女に変装したりするんだね?ちゃんとした男つうものがありながら」するとマリーは、「・・・人生は、どうせ一幕のお芝居なんだから。あたしは、その中でできるだけいい役を演じたいの。芝居の装置は世の中全部、テーマはたとえ、祖国だろうと革命だろうとそんなことは知っちゃあ、いないの。役者はただ、じぶんの役柄に化けるだけ…。」と答えました。これはまさに美輪様自身も常日頃おっしゃっているとおり、性別、年齢、国籍を越えて一人の人間として麗人として生きることが大事であるとうことだと思います。そのために自分をどう演出し、自分自身を高めていくかという試練の場が「人生」であり、日常生活は「一幕のお芝居」の中のワンシーンであるといえます。またその中で日々できるだけ「いい役を演じる」ことこそがいい人間であるように努力するということなのではないでしょうか。そうした深い意味がこのセリフの行間にはあるのではないかと思いました。そしてこの後マリーのこれまで悲惨なまでの残酷な身の上話を水夫に聞かせると、水夫は「ほんとかね?マリーさん。」と尋ねると、マリーは「世界は何でできてるか考えたことある?マドロスさん。表面は大抵、みんなウソでできているのよ・・・牛肉の缶詰のレッテルだけの話じゃない、人生っていうのはみんなそう!表面はウソ、だけど中はホント。中はホント、と思うには、表はウソだといわなきゃならない。ね、そうでしょ?魂が遠洋航海するためには、からだの方はいつも空騒ぎ!いつでも二つのおっかけっこでジャンケンで負けたほうがウソになってホントを追っかける。歴史はみんなウソ、去ってゆくものはみんなウソ、あした来る鬼だけが、ホント!さ、これでおしまいよ。あたしの身の上話は…。」このセリフは、ホントとウソの表裏一体について語っているのですが、いつも美輪様は目に見えないものをみる様努力しなさいとおっしゃっています。それは第三の目、即ち心眼で物事の真理を捉えることであり、常に何が真理(=ホント)であるかということを見抜く努力をしなければならないということです。でなければ「歴史はみんなウソ」というセリフの通り、時の権力者が変わればその時代毎の常識なんて一晩で変わってしまうものであり、「あした来る鬼だけが、ホント!」というのは生きていればいろんなことが起きて当然であり、今という瞬間がそのまま継続するなんてことはありえないのだから、今、この瞬間を最後と思って今を切に生きなければならない、ということではないかと思います。 そしてこの一連のマリーの身の上話を立ち聞きしていた欣也は自分の本当の母親がマリーでないことを知って暴れまくります。そこへ美少女紋白が再び登場。「あんたを誘い出しにきたの、この化け物屋敷から…ここはとてもあんたなんかの棲むところじゃない。表面はすごく高っぽいけど、よく見ると虫食いとホコリが一杯!」というと突然舞台装置が回転し、今までの豪華絢爛な一室から原爆の写真をバックに薄汚れた倉庫のような部屋へと一転してしまいました。そして紋白は外の世界の素晴らしさを餌に欣也を連れ出そうとしますが、今まで外界を知ることなく生きてきた欣也は興味を惹かれながらも拒みつづけます。「見たくない!ほんとは何も見たくなんかないんだ…愛してなんかほしくないんだ。」とすざまじい南無妙法蓮華経が鳴り響く中でとうとう紋白の首を締め上げ、紋白は息絶えてしまいました。そして欣也はふらふらと舞台左の階段を降りてすぐ私の右横を通りすぎていきました。 そこへ背中に般若の豪華な刺繍が入った真っ赤な着物を着たマリーが酔っ払いながら帰ってきました。「欣也はどこへ行ったの?欣也は。すぐにつれてきておくれ。」と言うと、下男は冷静に「欣也様はもう出て行っておしまいになりました。たぶんもうお帰りになることは、ありませんでしょう。」というと、マリーは鼻で笑って「出て行ったって?出て行ったって帰ってくるのですよ。あの子はどこにいたって、たとえ地球の向こうの一番遠い星の上にいたって、あたしが呼びさえすれば必ず帰ってくるのですよ。あたしたちは、母ひとり子ひとりなのですからね。欣也、帰ってらっしゃい!!」と言って叫ぶと、客席後方からまるで催眠術にでもかかったようにふらふらと傷だらけの姿で帰ってきました。欣也を怪我させたチンピラをマリーが一網打尽にやっつけると、すぐさま傷の手当てを済ませ「さあ、坊や、町でとってもいいお土産を買ってきてあげました。これからおまえはとってもきれいな女の子になるんですよ。」といって、真っ白の袖にレースを縁どった天使のようなストレートのロングドレスをボーっと突っ立ったままで微動だにしない欣也に着せました。すると頬をつたう欣也の涙を見て「どうして泣いたりなんかするの?坊や。おまえは今にこの世で一番きれいになるんですよ。」と言い放つとマリーは欣也を抱きかかえて号泣しました。と思うや否や、突然嬉しそうに明るいシャンソンにあわせて小躍りすると、一転して、どんよりとした空気が漂い、どこからともなく子供の声で「かくれんぼするものよっといで、じゃんけんぽん、あいこでしょ。マリーちゃんの負け。」という声が聞こえてきました。マリーはその場でしゃがみこみ、顔を手で覆ってじっとしています。「もういいかい、まぁだだよ」という子供の声を欣也は椅子に立ったまましばらく悲しそうな表情で見ていたのですが、ゆっくりと降りてきてマリーに向かって何か一言言おうとして躊躇って、そのまま一緒に手で顔を覆いました。そして静かに幕が下りてきて、もう一度幕が上がるとまだ2人が手で顔を覆ったまましゃがみこんでいました。そしてもう一度幕が上がると出演者全員と中央に欣也役のミッチーが恍惚な表情をして微笑を浮かべながらたたずんでいました。そしてその後方から真っ白なマリア様のようなドレスに身を包んだ神々しいオーラを放った美輪様がゆっくりと舞台中央へ歩いてくると全員で会場に向かってゆっくりと深々と一礼しました。すると会場から鳴りやまんばかりの拍手が一斉に沸き起こりました。そしてもう一度幕が上がると、ミッチーと美輪様が2人で手を取って寄り添いながらゆっくりとまだ見ぬ天界へと歩いていくような光景のなかに静かに消えていきました。私もこの2人の美しい神々しいオーラに圧倒され、また個人的にもHP開設当初からいつか2人の共演が実現したらいいなと思っていたので、こうして現実となって美輪様とミッチーが2人並んで立っている光景を目の当たりにできて感動して涙が止まりませんでした。 原作の脚本では、最後の「かくれんぼするものよっといで」からマリーが負けて手で顔を覆うシーンは書いてなかったので、今回美輪様が新たに付け加えて部分であると思われます。これは私の個人的な見解なのですが、中盤で「ジャンケンで負けた方がウソになってホントを追っかける。」というセリフがあるのですが、水夫とのやりとりのなかで、何故男なのに女の格好をしているのかと聞かれたときに、「表面は、ウソ、だけど中はホント。中はホント、と思うには表がウソだといわなきゃならない。」と答えています。ということは、マリーの生き方(=中身)がホントと言うには外見(表)はウソと言わなければならないので、ジャンケンに負けたマリーはウソになって、常にホントを追いつづけながら生きることになり、本能の赴くままに快楽をむさぼり、自分の復讐のために息子を自分のような男娼に作り変えてしまおうとしているのではないかと思いました。今で言う一卵性母子ともいえるかもしれません。また最後に欣也がしゃがみこんで顔を覆っているマリーに対して言おうとした言葉はもしかしたら「もういいよ」だったのではないかとも思いました。例えば狼に育てられた人間の子供を成人してから人間社会になじませようと思っても無理なように、たとえ血が繋がっていなくても、今までずっと一緒に過ごして育てられていれば、結局そこから完全に離脱することは難しいことであり、18歳という年齢からも自立して外の世界へ羽ばたきたいと思う一方で、現実社会で傷つくのが怖いといってひきこもりになる今の現実社会と見事にリンクしているようにも思います。そこで母の今までの業を許す代わりに自分も開放してほしいという意味がもしかしたら込められているのではないか・・などと考えてしまいました。 「毛皮のマリー」は初演が昭和42年であるにも関わらず、35年以上たっても全く色褪せないのは、寺山修司の脚本が時代を超えて真理に基づいているからだと思います。またその原作を見事に現代版マリーとして演出された美輪様の素晴らしい感性や表現力にも深く感動しました。また今回のキャスティングも全員揃って当り役でありハマり役であったと思います。舞台初出演にも関わらずおそらく美輪様がイメージされていた美少年欣也役を寸分違わず演じ切ったミッチーをはじめとして、裏表のある執事役を見事に演じられた下男役の麿さん、びっくりするほどパワフルで超現代版美少女紋白役を演じられた若松さん、朴訥で気のやさしい水夫役を演じられた菊池さん、この舞台を更に非現実的に見せてくれた貴重なスパイス的存在の下男2役のマメ山田さんなど、どの方も美輪様のオーラに負けず劣らず素晴らしい存在感でした。舞台は総合芸術であると思うので、これら出演者の方々を始めとして、演出、美術、衣装、音響、はたまたパンフレットに至るまで、すべてが「ホンモノ」であったと思います。この舞台は21世紀の最初で最後の革新的でありながらも退廃的、現実的でありながらも幻想的、高貴でありながらも下劣な部分の各々の二律背反が見事に共存した最高の芸術作品であると思います。 6 美輪様&瀬戸内寂聴対談会「粋なパルコ、こんにゃく問答」in PARCO劇場 2001年7月19日、「美輪明宏が様々なゲストを迎えて贈る対談会」の全4日間のうちの2日目の美輪様と瀬戸内寂聴の対談会に行って参りました。美輪様はもちろん何度も生で拝見したことはあるのですが、寂聴さんは生で拝見するのは初めてということで、以前からそのお人柄&著書のファンでもあったので、とても楽しみにしていました。18時30分に開場すると、昔懐かしい粋なシャンソンが場内に響き渡りました。いつもパルコ劇場で美輪様の舞台や音楽会に来ると、必ず懐かしいシャンソンや叙情歌などが流れており、劇場に入った瞬間に既に美輪様ワールトに引き込まれているのが自分でもよく分かりました。この日の席は、D列25番で、中間よりやや前なので、丁度舞台全体が良く見渡せる位置でもありました。 そして、10分押しで開演。幕が上がると、そこにはなんと「椿姫」の時に使用した全長10m以上はある大きな孔雀が羽根を広げてまるで観客を包み込むような姿で立っていました。そしてサイドには以前音楽会で使用されたという美しいベールの垂れ幕が何層にも跨って舞台上を美しく彩っていました。そして、その舞台装置に目を奪われている間もなく、舞台向かって右側から美輪様が、左側から寂聴さんが朗らかな微笑を浮かべながら歩いてこられました。今日の美輪様の衣装はブルーのレースっぽいドレスで、淵に金の刺繍があしらっている、それはそれは豪華な御衣裳でした。一方の寂聴さんは、いつもの定番のお坊さんがお召しになるスタイルで、やはり美輪様との対談ということでいろいろお悩みになったらしいのですが、いつもの定番スタイルに落ち着いたということでした。そして、美輪様のご自宅にあったというまるでどこかのおとぎの国のお姫様が座るような豪華絢爛な椅子に腰掛けると、いよいよお2人の対談が始まりました。 まずは、寂聴さんが岩手県の天台寺の住職になるまでのいきさつや、その時美輪様が霊視していろいろなアドバイスをしたお話などに花が咲きました。その中でも興味深かったのが、横尾忠則氏と寂聴さんは前世の母親とも言われるほど仲が良く、一度横尾さんが京都の寂聴さんの家の近くに引越そうとしたときに、美輪様が霊視したところ、その場所は以前死体置き場で骸骨がゴロゴロ転がっているのが見えるから絶対に止めた方がいいというアドバイスのもと、横尾さんは既に契約金を払っていたのにも関わらず、引越しを取りやめたそうです。すると、その後その場所に作家の遠藤周作氏が越してきたところ、すぐに病気になってしまったり、その隣に住んでた人も離婚したりと不吉なことが続いたとのことでした。 そして、今度は事前に会場からアンケートを取った中で質問が多かったことをお互いに聞いていくことになりました。まず、美輪様から寂聴さんについて、いつまでも若々しく健康を保つ秘訣について質問すると、まず食事は1日2回でお昼はお蕎麦などの軽いものを食べて夜は普通の食事をなさっているとのことでした。睡眠時間は平均4,5時間(寂聴さんは80歳です!!)ですが、寝つきがいいのでどこでも寝れるので立って歩いたままでも寝れるとのことでした。すると今度は寂聴さんから美輪様にその美しさを保つ秘訣について質問すると、なんとその秘訣とは「粗塩」だそうです。粗塩を軽くなすりつけて、2,3分おいてお湯で流してから37℃のシャワーで2分づつ気になるところにあてるとのことでした。これを聞いて早速やってみようと思ったのは言うまでもありません(笑)。あとは食事はもちろんのこと、お経をあげると気の循環が良くなるとのことでした。ちなみにお化粧品は殆ど使用してなくて、以前CMに出演していた某化粧品も現在は使用してないとのことでした。 次にテーマが変わり時事問題へとうつりました。美輪様から寂聴さんに韓国との教科書問題についてどう思われるかという質問をしたところ、やはり日本はアジアの1国であるので、韓国、中国を敵にまわすというのは良くないので、できるだけ仲良くした方がいいとのことでした。また最近の小泉政権に関しても、国民が政治に関心を持つようになったというのはいいことであるが、やはり支持率が80%というのは少し異常であるし、物事は何でもバランスが大事であるので、もう少し与党と野党のバランスが良くなった方がいいのではないかということでした。また美輪様も、日本は戦争で負けたのだから、”文武”のうちの”武”ではなく、”文”即ち”文化”で諸外国と仲良く提携しなければならないとおっしゃりました。今は”文明”ばかり発達してしまい、文明利器が増えれば増えるほど例えば電気代などもかかり、その電気代などの支払いに追われてみんな不安で憂鬱になってしまうのだが、例えばお花でもお茶でも何でもいいから自分の中にこれだけは人に負けないという”文化”があれば自分に対して自信を持てるようになり、孤独にならなくて済むということでした。すると寂聴さんも、今の若者は相手に対しての「想像力」が欠けている…つまり「想像力」=「思いやり」であり、「思いやり」=「愛」であり、また「愛」=「想像力」であるのだから、思いやりのない人というのは、生まれ変わりの少ないがために自分が未経験だから他人の痛みも分からないし、自分が不幸にあってないと他人の不幸や苦しみも理解することはできないとのことでした。生きている限りこの世は「苦」であるということをいつも念頭においておき、自分より不幸or弱い人と友達になれるような人間になるべきであるということでした。 そして、最後に観客との質疑応答となりました。(以下Q&A形式で簡略にまとめます) Q 対談の中で出てきたお題目をもう一度教えて下さい。 A 「念被観音力」(ねんぴかんのんりき・・・意味:観音様助けてください) この言葉には物凄いパワーがあるので、何か困った時には唱えるといいそうです。 Q 「人生ノート」にも出てきた古き良き時代のフランスの素晴らしさを教えて下さい。 A 無声から1950年代までのフランス映画を観るといいです。また1950年以前の美術、音楽など本屋で調べて読んでみるのもいいです。 Q 昔尋常小学校時代で影響を受けた先生を教えて下さい。 A 寂聴さん:小学校時代から既に優等生だった寂聴さんは授業が知ってることばかりでつまらなそうにしていたところ、当時の担任だったシゲタ先生が、毎日放課後1時間特別授業をしてくれたこと。 美輪様:「紫の履歴書」にも出てくるが、当時担任だったオバタ先生が、父を説得してピアノや声楽を習わせてくれたこと。 Q 寂聴さんがいつも朗らかでいる秘訣は何ですか? A 心にわだかまりを持たないこと。今日の嫌なことはすぐに忘れてしまうこと。常に自分の中を空っぽにしておくこと。 Q 夢が叶えられる人と叶えられない人の差は? A 寂聴さん:自分の好きなことを全身全霊でやること。そのためには、時には他のことを捨てなければいけないこともある。自分は孤独だということを分かっていれば何も怖くないし、どんなに今幸せでも、死ぬ時は孤独であるということを忘れてはならない。結婚して家族が増えれば幸せも増えるけれども心配事も増えるわけだから、その分自分の密度が薄くなってしまうが、一人でいると凝縮してエネルギーがその分濃くすることができる。つまりあれもこれもはできないのであるから、自分がやりたいことを削っていって、最後に1つ残せば絶対にできるのである。即ち、1つ成功したければ、他の欲望は捨てなければならないのである。 美輪様:何かを目指す時は、必ず世界の水準を常に頭に入れておくこと。日本のレベルは基準にしないこと。 ・・・などなど、とても2時間では収まりきれないほどの、数々の有難い、またとても勇気づけられる御言葉の数々を聞くことができました。特に寂聴さんはお風邪を引いてしまっていたのにも関わらず、終始朗らかでとても御歳80歳とは思えないほどしゃきしゃきしていてとってもチャーミングで素敵なおばあちゃまといった感じでした。またその寂聴さんも美輪様に会うと本当にほっとするそうで、美輪様のことをまるで観音様のようだとおっしゃっておられました。すると美輪様も子供時代は何故か観音様の絵ばかりを描いていたそうで、やはり両性具有で性をも既に超越している部分においても、とても偶然とは思えない共通する何かがあるように思えました。 最後に寂聴さんと美輪様に客席から花束を渡し終えると、お2人は風の如く去っていかれました。私はこの日は対談会ということで花束を用意していなかったのですが、対談中に寂聴さんも美輪様の手は本当に暖かいとおっしゃっていたのを聞いて、にわかにあのふくよかでがっしりとしていながらも丸みがあって暖かな美輪様の手の感触がふと脳裏を横切りました。もしかしたら、あれはまだ観ぬ観音様の手のぬくもりだったのかもしれない…などと思いながら。 7 講演会「粋なパルコ、こんにゃく問答」in PARCO劇場 2001年7月20日、前日の美輪様&瀬戸内寂聴さんの対談に引き続き、運良く当日券を手に入れることができ急遽翌日の講演会にも参加することになりました。今日は本当は学生または25歳以下という制限があったので、私は前売はあきらめていたのですが、当日券に関しては大丈夫とのことだったので運良く参加することができたというわけです。ですから、場内にはいつもよりもぐっと年齢層が若い10代後半〜20代前半の男女で溢れかえっていました。 そして10分押しで開演。舞台のセットは前日と同じものでしたが、美輪様の御衣装は黒のラメ入りの豪華なドレスにおそろいの黒のカチューシャという素敵な装いでした。今日は主に美輪様がこれまでに体験した超常現象についてのお話をされるということで、まずは、前日の寂聴さんとの対談でも少し触れた寂聴さんが天台寺に行くにあたっての不思議な現象の数々や、美輪様の昔の友人の恋人の家が代々たたられていたのでその悪霊を退治した話や、昔自由が丘で心霊相談をしていた時に出会ったある家族の話や、三島由紀夫が自殺した時に2.26事件のある将校の霊が乗りうつっていたという話etcなどこれまで起きた数々の不思議な体験を聞かせて下さいました。 また、そのような霊魂とは未発見の素子(霊子ともいう)であること、また前世についても、美輪様の場合は、天草四郎のエネルギー体が分裂して生まれ変わったのが自分であり、その前はアリス様と呼ばれていた神父様だったそうです。そして、地球は正負の法則で成り立っており、心のエネルギーは純粋エネルギーで、純度が高く、常に心の美しさをキープしつづけるようになったら初めて天界へ行けるようになるのですが、但し、魂のきれいな人ほど受ける試練も多くなるので、裏を返せば、苦労が多い方が魂が上級であるという証拠でもあるそうです。そして「運命」というのは限られた「宿命」の中で設計の変更ができるものであるから、「宿命」40%、「運命」60%の割合で自分の心掛けや努力次第では切り開いていくこともできるとのことでした。とにかく、この世に生まれたからには、学問や宗教など、ありとあらゆるいろいろな知識を増やすことによって、いろんなものが見えてくるとのことでした。 残りの30分は質疑応答の時間となり、会場からの質問に対して美輪様が順番に答えていくことになりました。(以下、Q&A形式で簡略にまとめます) Q 心理学を勉強しているのですが、前世で何か悪いことをしたせいでしょうか? A この世に生まれてくる人で、悪いことをしたことのない人はいない。白(幸せ)の白さは黒がなければ分からない。苦労した人程、ささやかなことが幸せに思えるのであり、幸せというのはほんの一瞬のことにしか過ぎないので、幸せは自前で調達するものであり、出前を待っているだけではダメである。また幸せになるためには感謝することが大切である。 Q 利休についてどう思われますか? A 1つの使命をまっとうするために生まれてきた人ではないかと思う。今の時代には気品がないので、もっと品性を大切にすべきである。 Q 人を愛しいと思う時はどんな時ですか? A ストレートで飾り気がなくて、人の嫌がるようなことを進んでやるような人。 Q 祖父に毎年会っていたのに、亡くなった年にたまたま会えずにそのまま他界してしまったので、今でも会えなかったことに後悔しているのですがどうしたらいいでしょうか? A それは成仏の妨げになるのでやめた方がいい。過去をひきずることになるので、楽しいことだけを考えて他界して下さいと思っていた方がいい。 Q 他人に愛の言葉を素直に伝える方法は? A まず、伝える前に相手にとって迷惑な場合はやめた方がいい。自分本位で自分の欲求を満たすためだけで伝えるのは相手にとっても迷惑であるし、自分も破滅してしまう。 Q 親が離婚して父方の名字を名乗っているので、父方の墓参りもした方がいいか? A 名前というのは単なる記号や文字に過ぎないし、心で拝むものであるから気にしなくてよい。 Q 前世を見るときはどのように見えるのですか? A 夢を見る時のように映像で現れる。 Q 「人生ノート」を読んで、常に頭はクールでいることや拘らないということを実行しているつもりだが、それでもつらくなってしまった時はどうすればいいか? A 悪いことというのは、後で考えるといいことになる場合がある。日本だって戦争で負けたからこんなにいい生活レベルになることができたわけだから、後になったら必ずプラスになる。 Q ツルミワタルという小説家は自殺願望が強かったのに、クラブに通って踊るようになってからは自殺する気がなくなって明るくなったらしいのだがそれはどうしてですか? A 何もすることがないというのがよくないのであるから、することを持つこと。やることが山ほどあれば死ぬことなんて考えない。それには美しくセンチメンタルで叙情的なものを取り入れるのが良い。 ・・・と、ここで既に予定終了時間がオーバーしてしまったのですが、最後に美輪様から立ち上がって会場に向かってこうおっしゃってくださいました。 「自分の中の才能をどうやって開発していくか、またその才能を自覚して生かすことが大切である」・・・と。 この言葉はまさに今現代の悩める老若男女全てに当てはまる言葉ではないかと思います。学生、社会人、主婦、老人などその時代ごとのステージで生かす能力を思う存分に発揮しつづけながら生きていければきっと自分自身に満足できる生き方ができるのではないでしょうか?・・・ふとそんな気にさせられた講演会でした。 8 音楽会「愛〜L’amour〜」 in PARCO劇場 2001年9月18日に一年ぶりの音楽会「愛〜L'amour〜」へ行って参りました。この日は初日ということもあって、会場に入ると沢山の御花が通路を埋め尽くさんばかりに咲き乱れていました。ほのかに花の匂いの薫る通路を抜けて会場に入ると、いつもよりもさらにゴージャスな真紅のビロードの緞帳が豪華に垂れ下がっていました。この日の席はC列21番で、会場の真ん中よりやや手前側辺りの席でした。 そして10分押しで開始。真紅の緞帳の奥から現れたのは黒の全身ラメのまばゆいばかりの光に包まれた美輪様でした。一見スカートに見えるロングパンツに黒のストールを身にまとい、髪型も黒のショートヘアで、少しばかりお顔のラインがすっきりされていたようでした。美輪様が現れるとともに会場にも歓喜とためいきの声がもれました。そしてそのまま一曲目の「別れのブルース」をいつもより低音でしっくりと歌って下さいました。今回の選曲は、特にジャンルを決めずに今までの代表的な歌を中心に選んだとのことだけあって、開演前にパンフレットの曲目を見た瞬間から既に半泣き状態でした。それほど今回の選曲は近年まれに見るほどの美輪様のベスト曲の集大成ともいえるでしょう。「好きでたまらないあの人」という映画「ショウボート」の曲の後は、「メケメケ」です。私はこの曲を生で聞くのははじめてだったのですが、この曲を歌っている美輪様はまるで10代の丸山明宏時代を思い出させるような軽やかなステップで、昔からのファンのおばさま達は皆楽しそうに一緒にリズムを取りながら聞いてらっしゃいました。「ヨイトマケの唄」に続いて「毛皮のマリー」では、イブ・モンタンの原曲を美輪様が日本語に訳詞して歌って下さいました。舞台の時は蓄音機から原曲が流れていただけだったので、先日の舞台を思い出しながらじっくりと聞くことができました。続いてなんとも隠微な雰囲気の漂うボサノバ「黒蜥蜴の唄」の後は、一転してしっとりした名曲「白月」でした。そして「祖国と女達」のMCの時にアメリカのテロ事件について、また戦争が始まろうとしているのは非常に残念なことであるとおっしゃっていました。というのは、この「祖国と女達」という歌は従軍慰安婦についての歌で、かつて戦争中に慰安婦にされた女達の悲しい過去を歌った歌だからです。軍人達は祖国に帰れば英雄と称えられるのに対して、慰安婦達は朝鮮などの異国の地でそのまま誰にみとられることなく亡くなっていったという話を聞き、そうした悲しい過去に関しても目をそらさずに一つのメッセージとして歌えるのは今の日本の歌手の中でもやはり美輪様以外にはできないことだと思います。特に最後の「大日本帝国万歳!」というセリフは何とも痛々しく私の胸につきささりました。そして第1部の最後を私の大好きな曲でもある「花」でしめくくると、15分間の休憩の後、第2部が始まりました。 第2部では美輪様もがらりと衣装を変えて、シルバーで裾が帯状に豪華に広がっているドレスにファーのついたストールを身にまとって登場されました。と、同時にいつもの香水の匂いがドレスの裾がターンする度に場内にふんわりと薫ってきました。「恋心」、「ラストダンスは私と」、「初日の夜」、「わたしのジゴロ」、「人生は過ぎ行く」などその歌ごとに表情も違って本当に一人の人が全部歌っているのはとても思えない程の表現力でした。そして「恋のロシアンキャフェ」では軽快なダンスも披露してくださり、第2部の最後は「愛の讃歌」で壮大に締めくくってくださいました。この曲は何回も聞いているにも関わらずいつも歌の前のセリフで既に号泣状態に陥ってしまいます。それほど、深く心に響く愛の歌なのでしょう。そして一端幕が降りるとすぐにまた幕が上がり、会場中に割れんばかりに鳴り響く拍手の中、美輪様が現れると、すぐに花束の行列が舞台の前にできました。もちろん私も久しぶりの音楽会ということで、今回は真紅のバラの花束を用意していきました。そして順番がきて、「ありがとうございました。」といって花束を手渡すと、にっこりと微笑になられて右手を差し出して握手して下さいました。側で見てもやはりお顔は少しばかりシャープになっていらっしゃいましたが、手のぬくもりは以前と変わらず丸っこくて柔らかくまるで心まで包み込まれるような感触でした。 そして最後にやはりこの曲「老女優は去りゆく」をドラマティックに歌いあげると、場内スタンディングオベレーションで瞬く間に拍手の渦となり、舞台の通路を抜けて去っていかれました。 ・・・仏教用語の中に「和顔施」(わがんせ)という言葉があります。これは、和は「なごやか」、顔施とは「顔を施す」という意味です。つまり、にっこりした顔を人にプレゼントするということです。美輪様と握手した後で戻ってくる人の表情を見ていると、皆揃ってにっこりとした表情で嬉しそうに帰っていきます。というのは、美輪様はいつも誰に対しても平等な微笑で、「和顔施」を私たちにプレゼントして下さるからです。これを私たちも身近な人にどんどんプレゼントしていけば、映画「ペイ・フォワード」のように「幸せを先送り」していけるのではないかと思います。 「ほほえむということは簡単なことで、それで世の中のすべてを取りしきることができるんです。人間の顔というのはうまくできておりまして、泣くためにあるのではありません。涙もうれし涙を流すためにあるので、悲しいことで泣くために涙があるのではないのです。」(著書「ほほえみの首飾り」より) 9 舞台「葵上・卒塔婆小町」 in PARCO劇場 2002年4月9日に約1年ぶりの舞台「葵上・卒塔婆小町」を観にいってきました。開場5分前につくと、各界著名人のお花が所狭しと通路を賑わせていました。この日は今まで美輪様の舞台を観劇した中でも一番いい席で、最前列のほぼ真ん中の位置でした。そして開演。第1部「葵上」の開始です。幕が上がるとそこにはダリの絵画と室町風の尾形光琳の世界が時空を超えて不思議な調和を醸し出していました。深夜の病院が舞台となっているのですが、看護婦さんの衣装のスカートが何故か赤だったり、髪留めも赤と金のリボンになっていたり、ミロのビーナスに引き出しのついたタンスがあったりと、その何ともいえない不条理な世界にしばし目を奪われてしまいました。そして光役の宅麻伸登場。長身で甘いマスクはTVで見るのと全く変わりはありませんでした。しばらく光と看護婦の話が続いたあとに、いよいよ六条康子役の美輪様登場。黒地に大きな松が描かれたコートに黒のロングヘアという出で立ちで、観客席の後方からゆっくりとタブーの香りを振りまきながら舞台に向かって歩いてこられました。そして舞台上に上がるとかつての恋人・光とのやりとりが始まります。光はもう別れたはずだといっても康子の方はそれを聞き入れようとはしません。そして、康子が昔、光が康子の別荘に遊びにきたときの思い出を語りだすと、舞台の袖から天井まで高さのある大きなヨットがゆっくりと舞台中央に現れました。ヨットの帆には湖畔の風景が描かれており、まるで二人がヨットのに乗っているように見えました。そうすると今まで否定していた光も、だんだん康子の世界に吸い込まれるようにまるでかつてのデートを楽しんでいるかのような錯覚に陥っていきました。しかし、どこからともなく現在の妻・葵の苦しむ声が聞こえてくると、次第に幻想から現実へ引き戻され、ついにヨットを飛び降りると、ヨットは康子とともに消え去っていきました。ふと意識を取り戻した光は、あわてて康子の家に電話をすると、電話口から今までここにいたはずの康子の声が聞こえてきました。そして電話を切ると、今度はどこからともなく康子の声がぼんやりと聞こえてきました。「光さん、あたくし忘れ物をしてしまったの。手袋を忘れたの。電話のそばに、黒い手袋があるでしょう。それをとってちょうだいな。」すると、光は何故か目の前にある黒い手袋をとりあげると、受話器をそのままにして、まるでこれから康子に会いにいくのを楽しみにしているかのような表情で、舞台から観客席を通り抜けて去っていきました。そして光がいなくなった瞬間に、舞台中央のベッドの中で今までずっと寝ていた葵が突然苦しみだして死んでしまいました。 そして、20分の休憩の後、第2部「卒塔婆小町」がはじまりました。舞台は一転して、深夜の公園です。恋人たちがベンチに座ってイチャイチャしているところへ、老婆に扮した美輪様のご登場。さっきの美しい葵上とは一転して、ボロ布を身にまとった白髪の老女姿で、顔には何重にも皺が刻まれています。「ちゅうちゅうたこかいな、ちゅうちゅうたこかいな・・・」とタバコの吸殻を数えているところに、酔っ払った詩人役の宅麻伸が登場。老婆にタバコをもらった詩人は、しばし老婆と話しているうちに、老婆はむかし自分は小町といわれていた美女で、そのころ深草少将という男と恋に堕ちた話をはじめました。すると、今まで公園だったのが、一転して鹿鳴館の舞台に早変わりし、客席の左右後方からドレスとタキシードを着た男女がゆっくりと歩いてきて、舞台上に上がると、ハチャトゥリアンの組曲「仮面舞踏会」第1曲ワルツに合わせて優雅に踊りはじめました。そして今までの醜い老婆の姿から早変わりして、純白の豪華なドレスに身をまとった小町(老婆の昔の姿)と、タキシード姿の詩人の2人きりになりました。すると詩人は今まで見えていた老婆の皺がひとつも見えなくなり、すっかり目の前にいるのは20歳の美女だと錯覚し、ついには言ってはいけないと老婆に言われていた”美しい”という一言を老婆にむかって言ってしまいます。すると詩人はあっという間に息絶えてその場に倒れてしまいました。老婆はゆっくりと詩人をベンチに寝かせると、舞台の袖へと消えていきました。そこへ通りすがった巡査が詩人の死体を発見し、その場にいた浮浪者2人とともに運んでいってしまいました。その後、同じベンチで老婆はまたタバコの吸殻を1つ1つ数えていると、そこに通りすがりの若い男がタバコを一本もらい、老婆の顔を覗き込むとお互い驚いた表情をして見つめあう・・・というシーンで幕を閉じました。そして最後にもう一度老婆姿から美女に早変わりした美輪様とタキシード姿をした宅麻伸と、最後のシーンに登場した若い男と3人で、ハチャトゥリアンのワルツを華麗に踊り、鳴り止まぬ拍手の中、幕を閉じました。 この2作品とも現実と幻想の間の世界、つまり目には見えないけれども確かに存在している霊界やスピリチュアルな世界といわれている、極めてあいまいでありながらも実存している空間を見事に具現化した作品であると思いました。それはやはり自ら霊能力をお持ちの美輪様ならではできる演出方法であるのかもしれません。「葵上」は結局昔の恋を忘れられない康子が、夜になると魂だけ体を離れて生霊となって光のもとへといき、光も最後は疲れ果てた日常生活から現実逃避をするがごとく、康子のもとへと旅立ってしまう。また、「卒塔婆小町」も老婆は肉体は醜くなってしまったけど、魂は昔美しかった頃のままで、かつての恋人との再来をずっと待ちつづけながら、タバコの吸殻と同じ数の男と現実と幻想の間の世界を行き来しながら生き続けていく。どちらも美輪様がいつもおっしゃっている肉体は魂に喜怒哀楽を伝えるためのただの道具に過ぎず、あくまでも魂と肉体は別個のものであるということが見事に描かれていると思います。 そして”美と醜”、”生と老”、”愛と恋”などの人間が生きる上での避けては通れない業についての普遍の真理が、この2つの作品の科白のひとつひとつに散りばめられており、それを見事に美輪様的手法で表現されたことによって、またひとつ私たちの心の扉を開いて下さったように思いました。 |