6月3日 4:12PM 機動要塞アースラ
「そろそろ片づけて帰らな、夕飯の支度に間に合えへん」
最終決戦を前に、はやてはそんなことを考えていた。
「ここまで来てお気楽なことね、八神はやて!」
「その声は、リンディ提督!?」
はやてが部屋の奥に目を向けると、暗闇からひとりの女性が姿を現した。
「うわぁ……」
見てはいけないものを見てしまったかのような、はやての表情。
リンディが纏った漆黒のマントの下は、露出過多としか言いようが無い危険な衣装。明らかに布の面積が少なすぎるし、デザインが危なすぎる。
「9歳のお子様の教育には、よろしゅうないて。写メ撮って、正気に戻ったあとリンディ提督に見せたら、卒倒するやろなぁ」
まあ、そんな感じ。
「それはそれとして、先に来てるはずのなのはちゃんたちは?」
見回しても、なのはやすずかの姿は無い。
「はははっ! 残念だけど、彼女たちは私の下僕に片づけさせたわ!」
「なんやて!?」
「さあ、私の下僕よ。あの小生意気なガキをやっておしまい!」
その声とともに現れたのは、魔法少女姿のすずかだった。すずかは、申しわけなさそうに肩を縮こまらせている。
「すずかちゃん!?」
「はやてちゃん、ごめんなさい……。あたし、やっぱり、なのはちゃんやフェイトちゃんとは一緒に戦えなかったの」
「どういうことや?」
「だって、あたし、なのはちゃんやフェイトちゃんより先にはやてちゃんとお友達になって、『A's』では結構重要なポジションのキャラクターかな〜って思ってたら、本筋には全然絡めなくて、最後のほうはほとんど放置されっぱなしだったから……」
「結構、根に持ってんねんね」
「うん。
この小説の作者がね」
とまれ、はやてとすずかが、各々の魔法デバイスを手に対峙した。
「でも、すずかちゃん。なんで、リンディ提督やの? リンディ提督は、ロストロギアに操られてんねんで!」
「だって、リンディ提督の作る世界なら、あたし、
主人公になれそうな気がするから!」
すずかは、目を爛々と輝かせながら応えた。
「いや、たぶん、それはあれへん」
はやては、呆れながら否定した。
「そんなことない! だって、魔法は全ての“想い”を“現実”に変えてくれるんだもの!」
「そんなん嘘や! それは魔法とちゃう! それに、たとえ魔法が想いを現実にしてくれたとしても、そんなんに頼てたらあかん!」
「でも、リンディ提督は約束してくれたの! 全ての“想い”が“現実”になる世界に、あたしを導いてくれるって!」
「せやから、そんなんはあかんのや! 考えるだけで何でも手に入るって、そんなん間違うてる! そんなモンのための魔法なんか、絶対間違うてる!」
はやてとすずかは、互いの信念をぶつけ合った。しかし、互いに一歩も譲らない。
「ごめんなさい、はやてちゃん……。それでもあたしは、リンディ提督が作る新しい世界を見てみたいの!」
『Remplissez! Bruler Forme!』
すずかのフレイムロードに、魔力がみなぎる。はやての魔力を凌駕するほどに。
「すずかちゃん……」
はやては迷いながらも、リインフォースを握る手に力を込めた。しかし……
「あかん。魔法が全てやない。今は、魔法を使たらあかん」
はやてはリインフォースを床に置き、すずかの全てを受け入れようとするかのように、両腕をいっぱいに広げた。
「はやて……ちゃん?」
「あたしは、魔法は使わん。魔法使わんと、すずかちゃんを止めてみせたる。もし、すずかちゃんが言うように、魔法が全ての想いを叶えられるんやったら、その魔法で、あたしを止めてみせ!」
「……」
迷うすずか。フレイムロードを持つ手が震える。
「何をやっている! そんな小娘、さっさと片づけてしまえ!」
苛立ちをあらわにした、リンディの声。
「でも……」
すずかは迷う。魔法を使って、はやてを傷つけることは……できない。
「くっ! もういい! この私が、直々に片づけてくれるわ!
アルカンシェル!」
その声に合わせ、リンディの足下にひとつの砲台が出現した。
「それは?」
「対人用アルカンシェル。どれほど強力な防御結界だろうと、一撃で吹き飛ばす。現実には存在しないこの兵器も、私が望めばすぐに生み出すことができる」
「想像するだけで、それが現実になるっちゅうことか……」
ここは、“想い”が“現実”になる世界。
「これで終わりだ! 八神はやて!!!!!」
アルカンシェルが発射されようとした、そのとき!
「げふっ!!!!!」
そんな声を残して、いきなりリンディが気を失った。リンディの背後に突然現れた女が、倒れ落ちようとするリンディの体を片腕で受け止めた。
「まったく、世話を焼かせるんだから」
「レティ提督!?」
現れたのは、レティ提督だった。
「ごめんね、はやてちゃん、すずかちゃん。面倒なことに巻き込んじゃって。ここまでたどり着くのに苦労したもんだから、遅くなっちゃった」
「リンディ提督は大丈夫なんですか?」
「大丈夫、大丈夫。ここのところを
斜め45度の角度で叩くと、正気に戻るのよ」
「提督。それは、映りの悪なったテレビの直しかたですわ」
とまあ、そんなやくたいも無い会話を交わしたあと、リンディとロストロギアを回収したレティは、時空管理局へ戻っていった。
残されたすずかは力尽き、地べたにへたり込む。そんな彼女に、はやては駆け寄った。
「すずかちゃん!」
「はやてちゃん、ごめんなさい。あたし、もう……」
俯くすずかの声は、とても頼りない。はやては、すずかの傍で膝をつくと、彼女の肩に優しく手を置いた。
「ええんや。魔法は万能やない。想うだけで全部が現実になるなんて、そんなこと絶対にあらへん。魔法で幸せになれる人も居てるかもしれへんけど、魔法で傷つく人も誰かを傷つける人も居てる。それはべつに魔法やなくても、何でも同じことやと思う」
「はやてちゃん……」
ようやく顔を上げたすずかは、はやての笑顔を見つめる。
「それでな、あたし思うねん。魔法は万能やない。でも、あたしは魔法を使える。魔法を使って、“何か”をすることはできる。せやからな、あたしの魔法で、幸せになれる人をひとりでも多くできるかもしれへんし、傷つく人をひとりでも少なくできるかもしれへん。そうやっていったら、時間はかかるやろうけど、本当に、“今の想い”を“現実”にできるときが来るかもしれへん。せやから、もうちょっとだけ待ってくれん?」
「……」
はやてのかぎりなく澄み切った笑顔に、すずかの相好も自然とほころんだ。
「うん。見てみたいな、はやてちゃんが作った世界を」
「あたしもや」
二人の少女は、互いに笑みを交わし合う。それは、未来を創ろうとする少女たちの、優しくも力強い笑顔。
いつか来る未来への夢を胸に、はやては強く思いを馳せる。
「そのときが来たら、本当に……」
6月4日 8:45AM 八神邸
「はやてちゃん。起きて」
「う、ん……」
その日、はやては珍しくシャマルの声で目を覚ました。目を開けると、いつものエプロン姿のシャマルが、いつもどおりの優しい笑顔でベッドの傍に立っていた。
「おはようさん、シャマル」
はやても、とびっきりの笑顔でシャマルに応えた。
「はやてちゃん。朝からごきげんみたいね」
「なんや、めっちゃおもろい夢見てしもたわ。オールスター総出演やったで」
「そうなの」
はやてのごきげんっぷりに、シャマルも笑顔で応える。
「はやてーーーっ!」
はやてがベッドで体を起こすと、すでに起きていたヴィータが待っていたかのようにはやてに飛びついてきた。
「ヴィータ、どないしたん?」
「だって、今日ははやての誕生日だろ? ずっと待ってたんだ! だから、早く! 早く!」
心の底から嬉しそうに言って、ヴィータははやての腕を引っ張る。
「もう、ホンマに気ぃが早いな、ヴィータは。先に着替えさせてぇな」
はやては困りながらも、ヴィータのはしゃぎように笑みがこぼれた。
ヴィータに急かされながら着替え終えたはやては、車椅子でリビングへ向かった。脚は少しずつ自由に動かすことができるようになっているけれど、歩くことを忘れた体では、まだ2本の足で大地に立つことができない。だから、まだ車椅子無しでの生活は無理だ。
リビングへ行くと、やはりいつものとおりシグナムがソファーに座り、小型犬の姿のザフィーラはフローリングに体を横たえていた。
「おはようさん。シグナム、ザフィーラ」
『おはようございます』
「おはようございます、主はやて。今日は、とてもいい天気ですよ」
「ホンマや〜」
窓から見える空は、どこまでも蒼く澄み渡り、その日の訪れを祝福しているかのようだった。
「パーティーはお昼からよ。ヴィータもちゃんと手伝ってね」
「ああ!」
6月4日。今日は、はやての誕生日。
はやてが、この新しい家族と出会った日。
楽しいこと、嬉しいこと、悲しいこと、つらいこと……。そんな、昨日までとは違う日々に出会った誕生日。
全てが始まり、そして全てが変わった誕生日。
新しい家族と出会い、共に過ごした1年間。いろんなことがあったし、たぶん、これからはもっといろんなことがある。
でも……
闇の書なんて存在しなければ……、魔法なんて存在しなければ、もっと自由に遊び回って、もっと普通の生活を送れていたのかもしれない。普通の小学生として、普通に暮らしていけたのかもしれない。
魔法さえ無かったら……。
「はやてちゃん!?」
シャマルは、車椅子から自力で立ち上がろうとするはやての姿に、驚きの声を上げた。
「大丈夫や。ソファーに座るだけやから、介助はいらんよ。これくらい、自分でできるようにならんとな」
「でも、まだ無理よ!」
不安そうなシャマルの声。はやては、徐々にリハビリを始めてはいるけれど、まだ自力だけで歩くどころか、立つことさえ難しい。
「大丈夫。あたしな、確かめたいんや。1年前とは違う、今のあたしを。今のあたしは、これだけのことができるんや……って」
「……」
笑顔のはやてに、シャマルは制するための言葉を見つけられなかった。
はやては両手でしっかりと車椅子を掴み、ゆっくり体を浮き上がらせる。そして、シャマルとヴィータ、シグナムとザフィーラが見つめる中、車椅子を掴んだ両腕で体を支えながら、まず1歩目を踏み出した。
「行くで」
慎重にバランスを取り、2歩目で車椅子から完全に手が離れる。そして……
「あっ!」
3歩目を踏み出すこともできず、バランスを失ったはやては、そのまま床に転んでしまった。
「はやて!」
「やっぱ、まだまだあかんなぁ。もっと頑張らなあかんわ」
ごろんと仰向けになったはやての声は明るい。
「大丈夫か、はやて!?」
「はやてちゃん!」
ヴィータがシャマルがシグナムがザフィーラが、はやてに集まり、心配そうに主の顔をのぞき込んだ。
「大丈夫。あたしは大丈夫や。そんなに心配そうな顔せんでもええから」
闇の書なんて存在しなければ……、魔法なんて存在しなければ、もっと自由に遊び回って、もっと普通の生活を送れていたのかもしれない。普通の小学生として、普通に暮らしていけたのかもしれない。
でも……
「ヴィータ」
「シグナム」
「シャマル」
「ザフィーラ」
はやては、ひとりずつ、かけがえの無い家族の名前を呼ぶ。そして、仰向けになったまま、この新しい家族たちに向けて両腕をいっぱいに伸ばした。
「ホンマに……」
はやての満面に、笑みが浮かぶ。
魔法があってよかった
(了)