2005年3月13日 聖日礼拝 平石太朗牧師

「天の軍勢と神の人」
(列王記第二 6:8〜17)

ハレルヤ! みなさん、詩篇34:17に「彼らが叫ぶと、主は聞いてくださる。そして、彼らを
そのすべての苦しみから救い出される。」
とあります。 
ですからみなさん、私たちは今、大きな声で「主よ!」と3回、主に向かって叫びましょう。
主はあなたをすべての苦しみから救い出してくださいます。
それでは主を信頼して、今、一緒に、大きな声で「主よ!」と3回叫びましょう!  


それでは、聖書を開きましょう。今日は列王記第二の6章8節から17節です。
ページで言いますと、ひとつ前の新改訳聖書を持っている方が多いと思いますが、
ひとつ前の新改訳聖書ですと旧約聖書の587頁です。
それでは、列王記第二の6章8節から17節をみなさんと交互に読みましょう、交読しましょう。

6:8 アラムの王がイスラエルと戦っているとき、王は家来たちと相談して言った。
「これこれの所に陣を敷こう。」
6:9 そのとき、神の人はイスラエルの王のもとに人をやって言った。
「あの場所を通らないように注意しなさい。あそこにはアラムが下って来ますから。」
6:10 そこで、イスラエルの王は神の人が告げたその場所に人をやった。
彼が王に警告すると、王はそこを警戒した。このようなことは一度や二度ではなかった。
6:11 このことで、アラムの王の心は怒りに燃え、家来たちを呼んで言った。
「われわれのうち、だれが、イスラエルの王と通じているのか、あなたがたは私に告げないのか。」
6:12 すると家来のひとりが言った。「いいえ、王さま。イスラエルにいる預言者エリシャが、
あなたが寝室の中で語られることばまでもイスラエルの王に告げているのです。」
6:13 王は言った。「行って、彼がどこにいるかを突き止めなさい。人をやって、彼をつかまえよう。」
そのうちに、「今、彼はドタンにいる。」という知らせが王にもたらされた。
6:14 そこで王は馬と戦車と大軍とをそこに送った。彼らは夜のうちに来て、その町を包囲した。
6:15 神の人の召使が、朝早く起きて、外に出ると、なんと、馬と戦車の軍隊がその町を包囲していた。
若い者がエリシャに、「ああ、ご主人さま。どうしたらよいのでしょう。」と言った。
6:16 すると彼は、「恐れるな。私たちとともにいる者は、彼らとともにいる者よりも多いのだから。」
と言った。
6:17 そして、エリシャは祈って主に願った。「どうぞ、彼の目を開いて、見えるようにしてください。」
主がその若い者の目を開かれたので、彼が見ると、なんと、火の馬と戦車がエリシャを取り巻いて
山に満ちていた。


ここには神の人であるエリシャが出てきます。
エリシャという名前はヘブル語(ヘブライ語)で「神は救いである」という意味です。
「救い」という言葉にはいろいろな意味が含まれていますが、その中で最も大切なのは、
たましい、霊の救いです。
しかし、それだけではありません。主は私たちの体の病気や怪我、また心の病気からも
救い出していやしてくださいます。
私たちの人生の様々な問題、家庭の問題、人間関係の問題、仕事の問題、
経済的な問題からも救い出して、解決を与えてくださいます。
みなさん、神は祝福の主であり、いやし主です。
エリシャということばの通り、神は私たちの救いです。 アーメンでしょうか。  

さて、このエリシャは、今から約2800年くらい前にイスラエル(北イスラエル)で
活動した預言者です。
エリシャはものすごい奇跡をたくさん行ないました。
いくつかご紹介しますと、有害な悪い水をあっという間に良い水に変えた奇跡。
空の器をたくさん集めさせてその器すべてを油で満たした奇跡。
死んだ子どもをよみがえらせた奇跡。その子どもは完全に死んでいたのですが
エリシャが祈ったら、その子どもは7回くしゃみをして生きかえりました。
それと、わずかなパンで大勢の人々を満腹させたこともあります。  
また食事をしようとして煮物を作っている時に鍋の中に毒が入ってしまったことがありました。
そうしたらエリシャはその中に麦粉を投げ込んで毒を消して食べられるようにしました。
普通、麦粉を入れたって毒は消えないのですが、エリシャがそうしたら毒は消えたのです。
それに、ナアマンという異邦人のハンセン病(重い皮膚病の人)をいやした奇跡。
またある時、エリシャに仕えている人が斧で木を切っていると斧の頭が抜けて
川の中にドボンと落ちてしまいました。
そうしたらエリシャは斧を落とした場所を聞いてそこに一本の木の枝を投げ込みました。
するとなんと川の中に沈んでいた鉄の斧がプカーと水面に浮かんできて、それを拾い上げた
という奇跡。
そしてさらにびっくり仰天してしまうのは…、
エリシャは80歳になるくらいまで活動したようですが、やがて死んで墓に葬られ、
エリシャの墓というのがありました。
ある時人々がそのエリシャの墓に来て、ある死んだ人の死体をエリシャの墓に投げ入れたら、
その投げ入れられた死体がエリシャの骨に触れました。
するとなんと、その死人は生きかえったのです。そして自分の足で立ちあがり歩き出したのです。
もう何というか、びっくり仰天の連続です。

旧約聖書の時代というのは神の霊はある特定の人物だけに注がれていましたが、
エリシャはまさに今でいう御霊の賜物の中の「奇跡を行なう力」を持っていた預言者です。
9節をご覧ください。そこに「神の人」と書いてありますがそれはエリシャのことです。
旧約聖書の中で「神の人」と呼ばれた人は他にも、モーセ、サムエル、シェマヤ、エリヤ、
ダビデなどがいます。
そしてこの神の人であるエリシャの働きに伴う奇跡、すなわち神がエリシャを通して行なった
奇跡については、聖書を読めば読むほど度肝を抜かれます。
神様は私たちの頭の中には決して収まらない、大きな偉大な方であることがわかります。
みなさん、神様は大きな偉大なお方です。私たちは、自分のこの小さな頭の中に神と
神の働きを閉じ込めてはなりません。
「人がもし、何かを知っていると思ったら、その人はまだ知らなければならないほどのことも
知ってはいないのです。」
(1コリント8:2)
みなさん、私たちの主は「私たちの願うところ、思うところのすべてを越えて豊かに
施すことのできる方」
(エペソ3:20)です。 信じる方はアーメンといいましょう。


T:天の軍勢〜土壇場での大逆転
ところで今日の箇所ですが、ここにも素晴らしい出来事が記録されています。
みなさんと交読した箇所をもう一度みことばを読みながら簡単にお話しますと…
当時アラムという国がイスラエルを攻撃していました。アラムとはシリアのことです。
ところがアラムの王様は自分たちの行動が何故かいつもイスラエルにわかってしまい、
アラム軍はいつも負けていました。
それで、アラムの王は、自分たちの中にイスラエルのスパイがいるのではないかと疑います。
スパイといえば、少し前に韓国で大ヒットした「シュリ」という映画を私も観ましたが、
なんと自分の最愛の婚約者が北朝鮮のスパイだったという悲しいストーリーでした。
スパイたちの世界というのはすさまじい世界であるということをその映画を見て実感しました。
話を元に戻しますが、アラムの王は自分たちの中にスパイがいると疑いました。
すると家来の一人が、12節ですがどうぞご覧ください「いいえ、王さま。イスラエルにいる
預言者エリシャが、あなたが寝室の中で語られることばまでもイスラエルの王に告げて

いるのです。」と伝えます。
エリシャは千里眼を持っているように思えます。
しかし、実際は、神がアラムの王の行動や言動をすべてエリシャに教えて、
エリシャはそれをイスラエルの王に伝えていたのです。   それでアラムの王はエリシャを
捕まえればイスラエルを倒すことができると考え、エリシャを捕まえようとします。
やがてエリシャがドタンという場所にいるという情報が王のところに入ってきました。
するとアラムの王は、14節をご覧ください。「そこで王は馬と戦車と大軍とをそこに送った。
彼らは夜のうちに来て、その町を包囲した。」
とあります。
勿論、エリシャは敵のこの動きもすべて神から教えられていたでしょう。
15節に、神の人の召使い、すなわちエリシャの召使い、部下が、朝早く起きて外に出てみると、
何と敵であるアラムの大軍が自分たちを包囲していることに気づきました。
そしてエリシャに「ああ、大変です。どうしたらよいでしょう」と言っています。
人間的な目で見たら、もうおしまいです。   するとエリシャは、、16節、17節ですが、
『「恐れるな。私たちとともにいる者は、彼らとともにいる者よりも多いのだから。」と言った。
そして、エリシャは祈って主に願った。「どうぞ、彼の目を開いて、見えるようにしてください。」

主がその若い者の目を開かれたので、彼が見ると、なんと、火の馬と戦車がエリシャを
取り巻いて山に満ちていた。』とあります。
この若い者とはエリシャの召使い、部下のことですが、彼の目が開かれると、
もうハリウッド映画もびっくりのスペクタクル、ものすごい光景が目の前に展開されていました。
みなさん、ちょっと想像してみてください。
目が開かれると、アラムの大軍よりも多い、天からの軍勢が自分たちを取り巻いていました。
天からの火の馬と火の戦車が自分たちを取り巻いていました。

みなさん、詩篇91:11に「まことに主は、あなたのために、御使いたちに命じて、
すべての道で、あなたを守るようにされる。」とあります。アーメンでしょうか。
これはドタンという場所で起きた出来事ですが、ドタンで起きたまさに土壇場の大逆転です。
神様は、私たちにも土壇場で大逆転勝利を与えてくださるお方です。
みなさん、クリスチャンもいろいろな問題に直面します。苦難や困難、逆境というのはやってきます。
使徒の働き14:22でパウロは「私たちが神の国にはいるには、多くの苦しみを経なければ
ならない。」と言っています。
そこを注意深く読むと、パウロは「私たちが天国に入るためには、もしかしたら多くの苦しみに
あうかもしれません」などとは言ってません。
そうではなくて、パウロははっきりと、「私たちが天国に入るためには、多くの苦しみにあう」と
言っています。

しかし、苦難の中で、主は必ずあなたに勝利を与えてくださいます。
パウロは「あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。
神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるような
ことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も
備えてくださいます。」
と第1コリント10:13に書いています。
また、ローマ5章には「患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、
練られた品性が希望を生み出す…。この希望は失望に終わることがありません。」
とあります。

私たちは確かに試練、苦難に遭います。いろいろな問題がやってきて、敵の軍隊に包囲されて
しまったような状態に陥ることがあります。
しかし、私たちが苦難の中で主を見つめ、祈り続けるならば、主は私たちの霊の目を開いて
くださって、神の目に見える現実を見ることができるようにしてくださいます。
天の軍勢が私たちを取り囲んでいることを知り、平安が与えられ、主は必ずあなたを
勝利させてくださいます。
詩篇34:17に「彼らが叫ぶと、主は聞いてくださる。そして、彼らをそのすべての苦しみから
救い出される。」
とあります。 アーメンでしょうか。

さあ、エリシャと召使いたちのまわりにはなんと主の軍勢が、火の馬と戦車が取り巻いて
満ちていました。
この後、敵であるアラム軍は神に打たれ目が見えなくなって敗北し、捕虜となって
北イスラエルの首都サマリヤへ連れて行かれました。
当時は本来こういう場合、すぐに敵を皆殺しにしました。
みなさん、エリシャというとちょっとおっかない感じの預言者というイメージを持つ人が
多いと思います。
ある時、小さな子どもたちがエリシャのことをはげ頭といってからかったら、エリシャはその子ども
たちをにらみ、主の名によって彼らを呪いました。
そうしたら、森の中から熊が出てきて子どもたちのうちの42人をかき裂いて殺しました。
ですから、そのイメージがあまりにも強くて、エリシャは情け容赦がないという、怖いイメージを
持つ人が多いです。
ところがなんとこの6章ではエリシャは敵であるアラム軍を盛大にもてなすように
イスラエルの王に命じて、敵に飲み食いさせて、アラムの王のところに返したのです。
当時、敵をもてなして帰してあげるなどということは考えられないことでした。
エリシャはそういう優しさを持っていたのです。
イエス様は「敵を愛しなさい」と言われましたが、それに通じる行動をエリシャは
イエス様がこの地上に来られる前のこの時点ですでに行なっていたのです。

但し、勿論、「敵を愛せよ」といっても、悪魔については別です。悪魔を愛してはいけません。
敵対する人間については聖霊の力によって愛するようになっていく必要がありますが、
真の敵である悪魔については愛してはいけません。

また、イエス様の行動についてですが、イエス様は確かに愛に満ちた情け深いお方です。
神は愛です。
しかし、イエス様は神殿で商売をしている人たちを見た時に、商売人たちのテーブルや
椅子をひっくり返して倒して、彼らを追い出し、「私の家は、祈りの家でなければならない」
(ルカ19:46)言われました。
また、イエス様は、イエス様に敵対するパリサイ人たち、律法学者たちに向かって、
「忌わしいものだ。偽善の律法学者、パリサイ人たち。…おまえたちはまむしのすえだ。
おまえたちはゲヘナ(地獄)の刑罰をどうしてのがれることができよう」
(マタイ23:13〜33)、
と言われました。
そして、黙示録を読むと、イエス様は将来、千年王国を樹立するためにこの地上に再臨されます
が、その時にこの地上の悪を徹底的にきよめます。
将来、イエス様は正しいさばきを行う王さま、さばき主としてやってこられます。
イエス様に敵対している人にとっては、その時は非常に恐ろしい時となるでしょう。
しかし、イエス様を信じている者にとっては、大きな喜びの時です。

私たちはイエス様のことを総合的にバランスよく知る必要があります。
自分に都合の良い受け取り方ばかりしていると、信仰が偏った信仰になってしまいます。
私たちはイエス様が憐れみ深い方であると同時にイエス様の厳しい面をも知って
おかなければなりません。
みなさん、主を恐れることは知恵、知識の初めです(箴言1:7、9:10)。
詩篇34:7には「主の使いは主を恐れる者の回りに陣を張り、彼らを助け出される。」
とあります。アーメンでしょうか。

そういうわけで、イエス様とエリシャですが、イエス様の行動や奇跡を総合的に見ていくと、
エリシャの行動や奇跡と重なる部分が多いです。
ですから、神の人エリシャはイエスさまのことを預言的に表す人物だったと言えます。


U:悪魔のターゲット
さて、今日の箇所の、「朝起きてみるとエリシャたちは敵であるアラムの軍隊に包囲されていた」
というところですが…
私たちも気がつくと敵の大軍に包囲されてしまっているような状況に陥っていることがあります。
この世は悪魔悪霊がうじゃうじゃいます。世の終わりが近づくにつれてますます猛威を
振るっています。
新約聖書を読むと、私たちが神に従って立ち向かうべき本当の敵は悪魔である
ということが書かれています。
1ペテロ5:8.9に「身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、
ほえたけるししのように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。
堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。」
とあります。
悪魔にとって食い尽くすべきものとは、まず第1にクリスチャンのことです。
特に霊的に成長しようと願っているクリスチャンと実際に成長しているクリスチャンが
悪魔の第1のターゲットです。
私たちは本気でイエス様に従おうとしたら、すぐに悪魔悪霊の存在に気づきます。
私たちは気をつけなければなりません。
私たちが悪魔を無視しても、悪魔は私たちを無視してはくれません。
悪魔は最悪のストーカーです。
たとえ地下100メートルの密閉された部屋の中に逃げ込んでも、悪魔悪霊はその部屋の中に
簡単に忍び込んできます。

1ペテロ5:8の「身を慎み、目を覚ましていなさい」のこの「目を覚ましていなさい」というのは、
まったく寝てはいけない、睡眠をとってはいけないということではありません。
そんなことをしたら、私たちは3日で睡眠不足になって倒れてしまいます。
そういうことではなく、「目を覚ましていなさい」というのは、金曜日の夜の祈祷会で吉山先生が
おっしゃっていたことですが…「祈りなさい、祈りによって霊の目を開いていなさい」ということです。
祈ると信仰が強められます。そして私たちは固く信仰に立って悪魔に立ち向かわなければ
なりません。イエス様の御名の権威を用いて悪霊を追い出さなければなりません。
またヤコブ4:7には、「神に従いなさい。そして、悪魔に立ち向かいなさい。
そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります。」
と書かれています。
ですから、私たちは神に従いましょう。
しかし、そのためには、私たちはやはり祈らなければなりません。
祈ると聖霊様が働いてくださいます。そして私たちは御霊によって解放されていきます。
御霊によって解放され続けることが重要です。そうでないと、神に従うことはとても難しいです。
ですから、祈って、まず御霊による解放から、ということが重要です。

実際、私たちは人生の中で、いろいろな問題に直面します。
病気や人間関係、仕事のこと、家族のこと、経済的なことなど、様々な問題に直面します。
そしてそういう問題の山の背後には悪魔悪霊たちの軍隊がいます。
悪魔悪霊どもはしつこいです。
罪の誘惑が大軍となってやってくることもあります。
そういう状況の時、私たちは八方ふさがりのような、重い気持ちになってしまいます。
サタンは私たちを惑わし、疲れさせ、勇気や希望を失わせるためのテクニックをもう無数に
持っています。私たちの想像を絶するような悪事をたくらんでいます。
しかし、「火の馬と戦車がエリシャを取り巻いて山に満ちていた。」と御言葉にあるように、
私たちには、圧倒的な力をお持ちの万軍の主がついていてくださるのです。
サタンの軍隊よりも圧倒的に強い、天の軍隊が私たちを取り巻いているというこの事実に
私たちは目をとめようではありませんか。

ここでみなさんに、ヨシュア記を開いていただきたいのですが、ヨシュア記5:13から15節です。
344頁です。
ご覧ください。そこには、そそり立つ難攻不落のエリコの城壁を目前にしたヨシュアが、
とても不思議な体験をしています。
『さて、ヨシュアがエリコの近くにいたとき、彼が目を上げて見ると、見よ、
ひとりの人が抜き身の剣を手に持って、彼の前方に立っていた。
ヨシュアはその人のところへ行って、言った。「あなたは、私たちの味方ですか。
それとも私たちの敵なのですか。」
すると彼は言った。「いや、わたしは主の軍の将として、今、来たのだ。」

そこで、ヨシュアは顔を地につけて伏し拝み、彼に言った。「わが主は、何をそのしもべに
告げられるのですか。」
すると、主の軍の将はヨシュアに言った。「あなたの足のはきものを脱げ。

あなたの立っている場所は聖なる所である。」そこで、ヨシュアはそのようにした。』
ここに出てくる「抜き身の剣を持つ主の軍の将」という人物に対して、
ヨシュアは「顔を地につけて伏し拝み、わが主よ」と言っています。
この主の軍の将が天使であったら、すぐにそれをやめさせて、
「私を拝んではいけない、主なる神だけを拝みなさい」と言うでしょう。
しかし、この人は、ヨシュアが伏し拝んで主と呼んだことをとめず、とがめませんでした。
さらにこの人物はかつて神がモーセに言ったのと同じ言葉をヨシュアに言っています。
「あなたの足のはきものを脱げ。あなたの立っている場所は聖なる所である。」と言っています。
ここは、「受肉前のキリストの顕現」と言われている箇所です。
ちょっと難しい言葉ですが、わかりやすく言えば、約2000年前に、イエス様は人となって
この地上に来てくださいました。
イエス様は聖霊によってマリヤのお腹にやどり、マリヤから神である主イエス・キリストが
人として生まれました。
100%神であり100%人である救い主イエス様が約2000年前にこの地上に来てくださったわけです。
それで「受肉前のキリストの顕現」というのはどういうことかというと…
その時よりもずっと前、つまりキリストが2000年前にこの地上に来た時よりも、
それよりもずっと前にキリストが現れたことがあるということです。
このヨシュアのことで言えば今から3400年くらい前にあらわれたイエス様ということです。
ヨシュアが見たのは人でしたが、その人は天使ではなくて、神でした。
受肉前の主イエス・キリストを見たのです。

旧約聖書を読むと、こういった不思議なことが時々記録されていることに気づきます。
最初は天使だと思っていたのに、そのうちにこの人は天使ではなく、受肉前のキリストだ
ということに気づかされることが、何箇所かあります。
ヨシュア以外に、旧約聖書の時代に「受肉以前のキリストを見た」と思われる人は何人もいます。
アブラハム、ヤコブ、モーセとアロン、ギデオン、イザヤ、エゼキエル、それにダニエルも幻の中で、
雲の上に乗っておられる人の子のようなお方、すなわちキリストを見ています。
まだ他にも何人かいます。
ヨシュア記に戻りますが、ヨシュアは「主の軍の将」であるキリストを見たのです。
「主の軍の将」とは主に仕える天使の軍隊に命令を出し、天国の大軍隊を指揮するお方
ということです。
そして、どうやっても倒れそうもないエリコの城壁は、主のはたらきかけによって
あっという間に崩れ落ち、イスラエルは勝利しました。

また、主に仕えている天使たちひとりひとりもものすごく強いことが、聖書の中に記録されています。
ある天使はたった一人でイスラエルの敵であるアッシリヤの陣営の中に入っていって、
たった一人で18万5千人を撃ち殺したということも記録されています。(2列王19:35)
みなさん、私たちのイエス様は、そういう天使たちの軍隊を率いている万軍の主です。
そして私たちを守ってくださいます。
「まことに主は、あなたのために、御使いたちに命じて、すべての道で、
あなたを守るようにされる。」
と詩篇にあるとおりです。
悪魔悪霊の軍勢がいても、私たちのまわりにはそれよりも多い天の軍勢がいます。
私たちは霊の目で、その現実を見ましょう。
『「恐れるな。私たちとともにいる者は、彼らとともにいる者よりも多いのだから。」…
そして、エリシャは祈って主に願った。「どうぞ、彼の目を開いて、見えるようにしてください。」
主がその若い者の目を開かれたので、彼が見ると、なんと、火の馬と戦車がエリシャを
取り巻いて山に満ちていた。』
ですから私たちの問題というのは、むしろ、私たちが、「この事実をどのくらい知っているか、
信じているか」ということです。  

みなさん、このような聖書の話を聞くと、「神の人とまで呼ばれたような、エリシャだから
神様は特別に守ってくださったんだ」などといって、自分の人生に主がどれだけ力強く
御介入下さっているか、ということに否定的な考えを持ってしまう人もいるかもしれません。
しかし、そんなことはありません。主は、あなたが今どのような状態であっても、
最大の誠実さと愛を持ってあなたを守っていてくださいます。


V:主の守りと伝道に伴う祝福
青年会に泉姉妹がいますが、彼女が自分の証しみなさんに紹介してもいいと言って
下さったので、紹介させていただきます。
彼女は今までに何回か、イエス様を見ています。
小学校1年生の頃、ある時白い影を見ました。それは全然恐くありませんでした。
何だろうと不思議に思いました。
その後、小学校2年生の時に彼女は教会に行くようになりました。
そして小学校4年生の時に彼女は脳の病気で手術を受けなければならなくなり、
入院しました。その時、不安でいっぱいでよく泣いていたそうです。
そして手術を受ける前の日の夜、婦長さんから励ましのことばをもらう前に、
また白い影のようなものを見て、何だろうと思いました。
その白い影は、彼女の言葉でそのまま伝えますが、「イエス様そのもの」でした。
そして脳の手術は成功しました。   それから2年後、小学校6年生の時に、もう一度脳の手術を
受けなければならなくなりました。
手術前夜にイエス様に抱きしめられて「恐くないよ、すぐ治るよ、大丈夫だよ」と言われた
ような気がしました。
そして手術が始まり、麻酔で意識が朦朧としていく中で、彼女はイエス様と天使たちが
自分の周りにいるのを見ました。
この手術も成功しました。

それから彼女はイエス様を信じ、聖霊のバプテスマも受けました。
そして22歳の頃、ある日眠っていて夢を見ました。
夢の中で、自分が小学校6年生の時に手術室で脳の手術を受けている時の様子が
見えてきて、そしてそこにイエス様と天使たちがいたことがはっきりとわかりました。
再確認させられたわけです。
また、彼女は去年の元旦に家でうとうとと寝ていたら、父なる神様の御手の中で
安らいでいるような不思議な感じがしてきました。
そうしたら、小学校1年生の頃に見た白い影のことなど、そういった一連のことが
走馬灯のように浮かんできて、それはすべてイエス様であったということをはっきりと
教えられ、再確認させられたのです。
彼女は今、病気からだんだんと着実に回復し、会社に行って仕事もできるようになりました。
今や青年会のメンバーに希望を与え、また自分の家族の救いや友達の救いのために祈っています。

いつも一緒に礼拝している泉沙祐里姉妹はこんな素晴らしい証しを持っているんです。
そして、みなさん、証というのはクリスチャン全員が持っています。
それは泉姉妹のような、特別劇的な経験ではないかもしれません。
でも、主は、確実にあなたの生涯に天の軍勢と共に御介入くださっています。
みなさん、主は素晴らしいお方です!

ところで、これだけ深い神様の愛と守りを知っている私たちクリスチャンが、
何故これを伝えずにいられるでしょう?
神様の愛の深さを知れば知るほど、伝えないではいられなくなります。

先日、私は映画のチケットをもらったので、家内と「オペラ座の怪人」を観に行ってきました。
映画の表現や内容は世的でしたが、悪魔に心を売ってしまったようなオペラ座の怪人が、
最後にはたった一人の人の誠実な愛によって変えられていくという物語でした。
その映画を観て考えました。人間はその人がたとえどんな罪を持ち、どんな過去を持っていた
としても、変われる可能性があるんだと。
その人が生きているということ、いや神様によって、その人が生かされているということ自体が、
その人にまだ救われるチャンスがあるということを意味しています。
そしてそこにこそ、忍耐深い神の愛が注がれています。まさに神は愛です。

ですから、私たちは誰にでも福音を語らなければいけません。
私たちはイエス様の十字架と復活をはっきりと語らなければいけません。
イエス様はまったく罪がないお方だったのに、私たちの罪の身代わりとなって十字架に
ついてくださり、そこで苦しまれ、死なれました。
みなさん、受難週とイースターが近づいていますが、昨年話題になったキリスト受難の
映画「パッション」をご覧になられたでしょうか。
もうそのDVDもビデオも発売されていますが、あれこそが現実に近い描写だと言われています。
イエス様の十字架は、美しくきれいなものではありません。
血だらけで、めちゃめちゃで、ひどい残酷なものです。直視できないようなものです。
十字架に表された「神の愛」というのは、見るに耐えないイエス様の傷ついた姿です。

罪のない神の御子イエス様が、罪で真っ黒の私たちを救うために私たちの身代わりと
なって十字架についてくださり、そこで苦しまれ、死なれました。
神は私たちを贖うために、神は私たちを買い戻すために、ご自分の一人子であるイエス様
という代価を支払われたのです。
これはものすごいことです。例えば、私がこのスーツを買うとします。このスーツが一万円で
売っていたとします。
そうしたら私は一万円を出してこのスーツを買います。
みなさん、神はあなたを買い戻すためにいくら支払われたのでしょうか。
神ははあなたを買い戻すためにいくら支払われたのでしょうか?
いくらですか?
100億とか一兆とかそんな安い額ではありません。
高価この上ない、値のつけられないような主イエス・キリストを支払ったのです
そして、あなたを買い戻したのです。
私たちは、そこまで、それほどにまで、まことの神から愛されています。
神は、私たちのことを「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」
(イザヤ43:4)と言っておられます。

そして、神の御子イエス様は十字架で死なれ、それで終わりではありません。
三日後に復活され、栄光の復活の体を弟子たちや多くの人々にお示しになり、
それから天に昇られました。
そして、ペンテコステの日にイエス様を信じる者に聖霊様が降ってきたのです。
今、イエス様を信じている者は救われて、聖霊様が与えられているのです。
そして聖霊様は私たちクリスチャンを通してこの世のまだ救われていない人に触れて、
救ってくださいます。

みなさん、伝道は、イエス様からの命令です。
イエス様は私たちに「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。」
と(マルコ16:15)命令しました。
伝道というのはしてもよいし、しなくてもよい、などというそんな曖昧なものではありません。
伝道はイエス様からの命令です。
来週の日曜日3月20日は、しゅろの日曜日です。
来週の日曜日から受難週パッション・ウィークが始まります。
そしてその週の木曜日3月24日が最後の晩餐、翌日の25日金曜日がキリストが十字架に
つけられたことを記念する受難日、グッドフライデーです。
そして、3月27日、日曜日はイエス様の復活を記念して祝うイースターです。
イースターには、ここで特別礼拝があります。
私たちはまだ救われていない人を、教会に導こうではありませんか。
そして、多くの人々が復活されたイエス様に出会うことができるように、今から祈っていきましょう。
また、そのために小岩教会の主任牧師である吉山先生が大いに用いられるように祈りましょう。
吉山先生は小岩栄光キリスト教会の主任牧師、霊的指導者です。
どれだけ悪魔のターゲットになって、悪魔の攻撃を受けているか、みなさん、考えてみたことは
あるでしょうか。
しかも吉山先生は日本を代表する牧師のひとりです。
吉山先生に対する悪魔からの攻撃というのは、私たちの想像を超えるものがあるでしょう。
ですから、吉山先生が守られるように、また、ますます油注がれて用いられるように
私たちは祈る必要があります。
教会の霊的指導者のために祈る者は、神からの祝福を受けます。アーメンでしょうか。

それとまた、この受難週とイースターの機会に、まだキリスト受難の映画「パッション」を観た
ことがない人は、ビデオでもDVDでもすでに販売されていますから、是非、観ましょう。
DVDといえば、実は私は以前ある方から車を借りて乗っていたのですが、前から中古車で
いいから自分の車と、あとDVDがほしいと主に願っていました。
そうしたら、2月のある日の夜中、家内が寝ている私を起こして、聖霊に語られていることがある
と言い出しました。私はその時、瞬間的に車のことだと感じました。
そうしたら家内が「車を今、なるべく早目に買うように聖霊様に示されている」と言い出したのです。
それから5日後、中古車を見に行き、そこの営業の人と話していたら彼は小学生の頃にアッセンブリー
の江戸川台キリスト教会に行っていたことがあると言い出したので、いろいろ話すことができ、
伝道してトラクトも渡して、ゴスペルアワーの宣伝まですることができました。
そしてそこで、安くてとても良い中古車も見つかって、購入することができ、まさに神の導きでした。
ほんの1時間くらいですべてが決まったのです。
そして車を買ったら、なんとDVDプレーヤーもおまけでついてきたんです。
あっという間にほしかったものがそろってしまってびっくりしました。
それからしばらくしたら、経済的な必要まで満たされて、必要としていた額の3倍もの経済的な祝福
が与えられて、主にどのように感謝したらよいのかわからないくらいです。
感謝の祈りを始めたらいくら時間が合っても足りないくらいです。
みなさん、主は素晴らしいお方です。

こういった祝福はみなさんもいろいろな形で経験していらっしゃると思います。
しかし、それは私たちの自己満足のために与えられるのではなく、主に仕えるための祝福です。
私は、これはDVDで「パッション」を何度も見て、この車を使って、どんどん主の働きをするように、
どんどん伝道をするように主が働きかけておられると感じました。
みなさん、パウロはクリスチャン全員に向けてこう語っています。「神は、あなたがたを、
常にすべてのことに満ちたりて、すべての良いわざにあふれる者とするために、
あらゆる恵みをあふれるばかり与えることのできる方です。」
(2コリント9:8)
またヤコブは、「あなたがたのものにならないのは、あなたがたが願わないからです。
願っても受けられないのは、自分の快楽のために使おうとして、悪い動機で願うからです。」

と言っています。
よく言われる「三拍子の祝福」とは、すべてのクリスチャンが主に仕えるようになるために
与えられるものです。
経済の祝福も、病のいやしも、主に仕えるようになるための恵み、祝福です。
私たちは素晴らしいイエス様を伝えていこうではありませんか。


結び:クリスチャンは「神の人」である
ところで、実は新約聖書にも「神の人」と言われる人が出てきます。
ひとつはテモテへの手紙第1の6:11にでてきます。そこでは、テモテが「神の人」と呼ばれています。
そしてもうひとつ、テモテへの手紙第2の3:17を見ると、それはテモテだけでなく、
「神の人」とはさらに広く、すべてのクリスチャンを指していることが見えてきます。
クリスチャンとは神に仕える人、すなわち「神の人」なんです。私たちは神の人なんです。
みなさん、今、両隣の人に向かって、あなたは神の人ですと宣言しましょう。
仕事をしていても、家事をしていても、そういったことの中で私たちは「神の人」として
主の栄光をあらわすための働きができます。

みなさんクリスチャンというのは全員、フルタイムクリスチャンです。
パートタイムクリスチャンなんていう人は存在しません。そして、クリスチャンは全員献身者です。
あなたは職場で神の人です。家族の中で神の人です。学校で神の人です。
あなたが住んでいる地域で神の人です。
私たちは福音を宣べ伝えましょう。祈って伝道のための力を、聖霊様からいただきましょう。
伝道は辛い苦しい時も多々ありますが、必ず大きな祝福が伴います。

私は時々、妙典レインボー教会という韓国系の教会に行って、礼拝の奉仕をさせていただいて
いますが、彼らは伝道に燃えているのでとても祝福されています。
この前は、礼拝後に若い人たちが、駅前の商店街に行って、「冬のソナタ」の歌を歌って
地域の人と交流を深め伝道すると言って、出ていきました。
今は韓国ブームですから、きっとうまくいくと思います。

ところで韓国という国は北朝鮮という恐ろしい国と対立しています。
北朝鮮の110万の軍隊が韓国を常に狙っています。
韓国人は、いくら北朝鮮が同じ民族であるとは言え、恐いでしょうし不安だと思います。
しかし、韓国にはなんと5万の教会と10万人の牧師と、1200万人を超えるクリスチャンがいます。
人口4800万人の国に、1200万人を超えるクリスチャンがいます。
とてもクリスチャンが多いです。実際、韓国人の35%がクリスチャンであると言われています。
それに比べて日本は総人口の1%しかクリスチャンがいません。
韓国は、主を信じ、主を恐れている人が1200万人をこえているのですから…、
「主の使いは主を恐れる者の回りに陣を張り、彼らを助け出される。」という聖書に書かれている
約束が、個人だけではなく国にも大きな影響を与えています。
韓国は天の軍隊に守られています。
ですから、スパイに侵入されたり、攻撃されても、不思議なくらい大丈夫なのです。
それに、あっという間に経済発展して、いろいろな問題があっても乗り越えて、
そしてついに韓国ブームがやってきました。

また、過去のとても残念な出来事ですが、かつて日本が韓国を侵略し痛めつけた時代がありました。
しかし、その時、日本に立ち向かった韓国人の多くはクリスチャンたちでした。
ですから天の軍勢が動きました。
やがて日本は第2次世界大戦に負けて無条件降伏、全面降伏し、朝鮮半島から日本軍は
出て行きました。

また、韓国はその後も試練が続きました。朝鮮戦争が起こりました。
先ほど、9時からの第二礼拝で説教をしてくださった韓国人の川島先生は、説教の中で朝鮮戦争に
行った時の話しをしてくださいました。
川島先生の所属していた部隊は全部で5万人いましたがそのうちの4万9千人が戦死しました。
千人だけが生き残ったのです。川島先生はその生き残りの一人です。
その川島先生からこの前聞いたことですが、朝鮮戦争の時に、北にいた多くの牧師たちが南に
逃げてきたそうです。
そうしたら、韓国は共産化せず、韓国は守られたのです。
韓国は考えてみるとすごい国です。倒れそうで、決して倒れない国です。

世界一大きい教会も韓国にあります。世界一大きい教会ヨイド純福音教会の会員は70万人
とか80万とか、それ以上といわれています。
私たちの教会もそのような祝福がほしくないですか? 日本にもリバイバルがほしいです。
日本の総人口の十分の一である1200万人が、まず救われてほしいです。
人口の10%がクリスチャンになったら、国の雰囲気が大きく変わってきます。
そうしたら、今度は日本が福音をもってアジアの国々に仕えていくようになることが私の夢です。

それにしても今、すごい韓国ブームです。
あまり芸能界のことなど知らない私でさえも、ペ・ヨンジュンとかチェ・ジウとか、パク・ヨンハ、
チャン・ドンゴン、ウォンビン、リュ・シオン、ハン・ソッキュとか、顔と名前が一致するくらいに
なってしまいましたから、ものすごいブームだと思います。
この韓国大ブームがきっかけとなって、多くの日本人がヨン様からイエス様に向かってほしいです。
多くの日本人がイエス様に導かれ、イエス様に出会ってほしいです。

今、実際、外国の多くのクリスチャンが、日本のために祈ってくださっています。
そして、私たちは、天の軍勢に取り囲まれています。
みなさん、あなたが霊の目で見たら、天の軍勢があなたを取り囲んでくださっているのです。
あなたがどんな問題に囲まれていたとしても、主があなたを助け出してくださいます。
伝道の戦いの現場においても、主が助けてくださいます。主があなたのまわりの人々を、
これから出会う人々を救ってくださいます。
信じる方はアーメンといいましょう。

それでは、しばらく御霊によって、御霊に導かれるままに、自由にお祈りしましょう。
どうぞご起立下さい。

<祈り>


<救いへの招き>
今日、まだクリスチャンでない方で、私もイエス様を信じて救われたいという方が
いましたらどうぞ手をあげてください。その方のためにお祈りします。
まだクリスチャンでない方で、私にもイエス様が必要だと言う方がおられましたら、
どうぞ手をあげてください、その方のために祈ります。

「イエス様、私はあなたを必要としています。私の罪のために身代わりとなって
十字架で死んでくださり、ありがとうございます。そして3日後に復活されたことを感謝します。
私は今、イエス様あなたを、私の救い主、人生の導き手として受け入れます。
イエス様、今、私の心にお入りください。
イエス様、あなたを信じます。
あなたが私のすべての罪を赦してくださり、永遠のいのちをあたえてくださり、
神様の子どもとしてくださり、救ってくださったことをありがとうございます。
イエス様、私の心の中心で私を導き、あなたの望むような者に、
私を変えてくださることを感謝します。 イエス様の御名によってお祈りします。アーメン。」


それでは、みなさん、イエス様を信じておられますね。

それでは、いやしと解放をイエス様の御名によって命じましょう。
<いやしと解放のミニストリー>



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