2004年12月26日 聖歌隊 年末感謝コンサート 平石太朗牧師
「主を讃美し、主を喜ぼう!」
(詩篇37:4〜5)
それでは、さっそく聖書をお読みします。詩篇37篇4節と5節をお読みいたします。
「主をおのれの喜びとせよ。主はあなたの心の願いをかなえてくださる。
あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。」
先程、聖歌隊が「メサイア」という曲の中から「ハレルヤ・コーラス」を歌いましたが、
その曲を作った人はみなさんもご存知の通りヘンデルです。
ヘンデルは1685年にドイツで生まれました。今から約320年前のことです。
ヘンデルはその後、25歳の時にイギリスに渡り、やがて帰化してイギリス人になります。
ヘンデルが生きた時代、その頃の日本は江戸時代で、徳川5代将軍綱吉の時代です。
松尾芭蕉が「奥の細道」の旅をしたり、あの赤穂浪士の討ち入りがありました。
また、名君と言われる8代将軍吉宗、9代将軍家重にまで至る時代です。
T:メサイア(油注がれた者、救い主)
さて、「メサイア」という曲ですが、「メサイア」とはヘブル語の「メシア」、正確なヘブル語
の発音では「マーシーアハ」といいますが、その英語読みが「メサイア」です。
日本語では「メサイア」をよく「救世主」と訳しますが…
「メサイア」、「メシア」とは、実はもともとのヘブル語の意味は「油注がれた者」、
「王として、あるいは祭司として、または預言者として、油注がれた者」という意味です。
それがユダヤ人たちの間で次第に、「メシア」とは「救い主」を意味することばとしても
使われるようになりました。
確かにそのことばの通り、まことの神であるイエスさまは救い主であり…
そしてイエスさまには聖霊が鳩のように降られた、すなわち聖霊の油が注がれた者
であり(ルカ4:18)、最高の王であり、最高の大祭司であり、最高の預言者でもあります。
さて、「メサイア」というヘンデルの曲ですが、「メサイア」は「神が人類に与えて下さった
最高の音楽」と言われています。
この素晴らしい名曲は、どのようにして誕生したかといいますと…
ヘンデルが「メサイア」を作曲したのは、1741年、彼が56歳の時でした。
実はその頃は彼の生涯の中で、もっとも暗く、辛く、苦しいときでした。
リューマチに苦しみ、また脳卒中のため、右半身がマヒし、からだの動きがとれなくなり
ました。
さらに、彼の音楽をもっともよく理解し、支持し、経済的にも助けてくれていたキャロライン
王妃が突然亡くなってしまいました。
ヘンデルが病気と絶望と貧しさの中で伏していたある日、チャールズ・ジェネンズという人
から「メサイア」の台本が届けられました。
それにはメシアである主イエスさまの生涯を描写し、イエス様による救いの素晴らしさが
書かれていました。
台本には、聖書の詩篇、イザヤ書、ルカによる福音書、黙示録などの聖書の言葉が
そのまま書かれ、編集されていました。
それを読むと、ヘンデルの心の中に、救い主イエス・キリストに対する信仰が火のように
燃え上がったのです。
そして彼は貧しいアパートの一室で、ペンを握ると、一気に「メサイア」を書き上げました。
全部演奏すると2時間以上かかる曲を、なんと24日間で書き上げたのです。
「完成した瞬間、ヘンデルの目からは涙があふれていた」とヘンデルの姿を見ていた人
は伝えています。
ヘンデル自身「私は天国が自分の目の前に広がり、神ご自身を見たような気がした」
と言っています。
U:ハレルヤ(主を賛美せよ)
みなさん、「ハレルヤ」とは、ご存知の通りヘブル語で「主を賛美せよ」という意味の、
主をほめたたることばですね。
主に感謝すること、主は素晴らしいということ、主を愛しますということ、
それはすべて主を賛美することそのものです。
そして、主を賛美することは、主を喜ぶことそのものです。
詩篇37:4に「主をおのれの喜びとせよ、主はあなたの心の願いをかなえてくださる。」
とあります。 みなさん、アーメンでしょうか。
また、ネヘミヤ書には、「主を喜ぶことはあなたがたの力です」「主を喜び祝うことこそ、
あなたたちの力の源である」とあります(8:10口語訳・新共同)。
ヘンデルは、人生最悪の状況の中で、逆境の中で、「メサイア」を作曲しました。
あのハレルヤ・コーラスを作曲し、主を賛美し、ほめたたえ、主を喜び、そしてヘンデル
は自分が書いた手書きのスコア(楽譜)に「唯一の神に栄光あれ」と書きました。
そうしたら、「メサイア」はヘンデルの最高傑作と呼ばれる曲になったのです。
人生最低最悪の状況の中から、最高傑作といわれる曲が生まれたのです。
そしてそれどころかメサイアは「神が人類に与えて下さった最高の音楽」と呼ばれ
るようになりました。まさにその通りです。
V:主からの祝福
「メサイア」の初演はアイルランドのダブリンで行われ、大成功を収めました。
ヘンデルはその演奏会の純利益をダブリンの慈善団体に寄付しました。
第2コリント9:8に「神は、あなたがたを、常にすべてのことに満ちたりて、すべての良い
わざにあふれる者とするために、あらゆる恵みをあふれるばかり与えることのできる方
です。」とあります。
そして、1743年「メサイア」がはじめてロンドンで演奏された時のことでした。
ハレルヤ・コーラスのところにくると、その合唱の美しさと迫力とに圧倒された当時の
イギリス国王ジョージ二世は、思わず椅子をけって立ち上がりました。
そして感動のあまり、立ったままわれを忘れて聞き入りました。
それ以来、ハレルヤ・コーラスがはじまると、すべての聴衆は起立するという習慣が
生まれたのです。
それから10年後の1753年、67歳の時にヘンデルは失明してしまいます。
しかし、目が見えなくなってもそれでも積極的に生き、今まで作ってきた曲の上演や
オルガンの即興演奏をやったり、さらに口述で作曲を続けます。
そして1759年、ヘンデルは74歳で天に召されました。当時の人としてはかなり長生き
です。
ヘンデルはロンドンのウエストミンスター・アビーという教会に葬られました。
私はその教会に行ったことがありますが、そこはイギリスの王が戴冠式を行う
大きな教会です。
そして、ヘンデルが天に召されてから約80年後の出来事なのですが…
1837年、そのウエストミンスター・アビーという教会で、イギリスの王となった
ビクトリア女王(1819-1901)の戴冠式がおこなわれました。
戴冠式の祝賀行事の最後にはヘンデルの「メサイア」の演奏がありました。
恒例によって、聖歌隊が「ハレルヤコーラス」を歌っている間は、参列者すべてが
起立することになっていました。
ところが王室の儀式においては、王は起立しないことになっています。
そのことを若い18歳のビクトリア女王は教えられていました。
「メサイア」の演奏が進み、聖歌隊があの「ハレルヤコーラス」を歌いだすと、
一同はそろって起立しました。
ハレルヤコーラスが進むにつれ、若いビクトリア女王は、参列者とともに立ち上がって、
主に対する忠誠を告白しなければならないと感じました。
しかし王室の決まりであると忠告されていたことを思い出し、冠のふちをつかみ
王座に座ったままでいました。
ところがハレルヤコーラスの終わりごろとなり「王の王、主の主」という歌詞が歌われ
ると、ビクトリア女王は王室の決まり事と、王の特権を無視して立ち上がり、
両手を胸のうえに置き、頭をたれて主を礼拝したのです。
その後、ビクトリア女王の時代はイギリスの全盛時代と言われるようになりました。
結び:主を賛美しよう、主を喜ぼう
みなさん、私たちは王の王、主の主であるイエス様を賛美し、主イエス様を喜び、
礼拝し、主イエスに仕えましょう。
今、この中に辛く苦しい状況に直面している方がいらっしゃるかもしれません。
目に見える状況は最低最悪かもしれません。
しかし、私たちは見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます(2コリ4:18)。
私たちは、まず主を見上げ、主を賛美し、主をほめたたえ、主を喜びましょう。
そこにこそ解決があります。聖霊の力強い働きが始まります。
詩篇37:4-5「主をおのれの喜びとせよ。主はあなたの心の願いをかなえてくださる。
あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。」
それでは、ひとことお祈りします。
主よ私たちはあなたを賛美し、ほめたたえ、主を喜びます。
主が私たちを助け導いてください。新しい力を与えてください。
イエス様の御名によって祈ります。アーメン。