2004年10月10日 聖日礼拝 平石太朗牧師
「息よ 四方から吹いて来い!」
(エゼキエル書37:1-14)
ハレルヤ! みなさん、みなさんは今、いろいろな願いがあるでしょう。
いろいろなことを主に期待してここに来ていらっしゃるでしょう。
聖書には、主に叫び求めると、主は答えて下さったということがたくさん書かれています。
みなさん、私たちは今、大きな声で「主よ!」と3回、主に向かって叫びましょう。
主はあなたの願いに答えてくださいます。
それでは、今、一緒に、大きな声で「主よ!」と3回叫びましょう!
それでは、聖書を開きましょう。今日はエゼキエル書一の37章1節から14節です。
旧約聖書の1307頁です。
それでは、エゼキエル書37章1節から14節をみなさんと交互に読みましょう、
交読しましょう。
37:1
主の御手が私の上にあり、主の霊によって、私は連れ出され、
谷間の真中に置かれた。そこには骨が満ちていた。
37:2
主は私にその上をあちらこちらと行き巡らせた。
なんと、その谷間には非常に多くの骨があり、ひどく干からびていた。
37:3
主は私に仰せられた。「人の子よ。これらの骨は生き返ることができようか。」
私は答えた。「神、主よ。あなたがご存じです。」
37:4
主は私に仰せられた。「これらの骨に預言して言え。
干からびた骨よ。主のことばを聞け。
37:5 神である主はこれらの骨にこう仰せられる。
見よ。わたしがおまえたちの中に息を吹き入れるので、おまえたちは生き返る。
37:6
わたしがおまえたちに筋をつけ、肉を生じさせ、皮膚でおおい、
おまえたちの中に息を与え、おまえたちが生き返るとき、
おまえたちはわたしが主であることを知ろう。」
37:7
私は、命じられたように預言した。私が預言していると、音がした。
なんと、大きなとどろき。すると、骨と骨とが互いにつながった。
37:8
私が見ていると、なんと、その上に筋がつき、肉が生じ、皮膚がその上を
すっかりおおった。しかし、その中に息はなかった。
37:9
そのとき、主は仰せられた。「息に預言せよ。人の子よ。預言してその息に言え。
神である主はこう仰せられる。
息よ。四方から吹いて来い。この殺された者たちに吹きつけて、彼らを生き返らせよ。」
37:10
私が命じられたとおりに預言すると、息が彼らの中にはいった。
そして彼らは生き返り、自分の足で立ち上がった。非常に多くの集団であった。
37:11
主は私に仰せられた。「人の子よ。これらの骨はイスラエルの全家である。
ああ、彼らは、『私たちの骨は干からび、望みは消えうせ、私たちは断ち切られる。』
と言っている。
37:12
それゆえ、預言して彼らに言え。神である主はこう仰せられる。
わたしの民よ。見よ。わたしはあなたがたの墓を開き、
あなたがたをその墓から引き上げて、イスラエルの地に連れて行く。
37:13
わたしの民よ。わたしがあなたがたの墓を開き、あなたがたを墓から引き上げる
とき、あなたがたは、わたしが主であることを知ろう。
37:14
わたしがまた、わたしの霊をあなたがたのうちに入れると、あなたがたは生き返る。
わたしは、あなたがたをあなたがたの地に住みつかせる。このとき、あなたがたは、
主であるわたしがこれを語り、これを成し遂げたことを知ろう。――主の御告げ。――」
今、みなさんと交読したこの箇所は、エゼキエルの見たとても有名な幻です、預言です。
エゼキエルという名前は、ヘブル語で「神が強くしてくださる」という意味です。
みなさん、神は私たちを強くしてくださるお方です。アーメンでしょうか。
エゼキエルがこの預言をした時、彼は絶望的な状況に置かれていましたが、
神によって強められ、希望を持って生きていきました。
今、この中にいろいろな問題に直面して疲れ果てている方、弱ってしまっている方、
また、病気などで体に心に弱さを感じている方がいらっしゃるでしょう。
しかし、神は私たちひとりひとりの人生にご介入され、
神があなたを強くしてくださいます。
私たちは主に期待しましょう。
T:イスラエルの回復〜終末
このエゼキエル書37章は、今から約2500年前に語られた預言です。
この37章は有名ですが、あまりにも壮大でスケールの大きい預言なので、
ちょっと難しい箇所としても知られています。
それで、まずこの預言が与えられた背景をわかりやすく簡単にお話しますと…
今から約3000年前、紀元前1000年頃にイスラエル王国ができましたが、
やがてイスラエルは、北イスラエル王国と南ユダ王国に分裂しました。
北イスラエル王国は今の地図で言うとイスラエルの上のほうの地域で、
サマリヤやナザレを含む地域です。
南ユダ王国は地図で言うとイスラエルの下のほう、エルサレムを含む地域です。
そして北イスラエル王国のほうは、紀元前722年にアッシリヤという国によって
滅ぼされてしまいました。
南ユダ王国はもう少し続きますが、やがてバビロニヤ帝国に攻撃されるようになります。
エゼキエルは南ユダ王国の人でしたが、敵であるバビロニヤ帝国に捕まり、
捕囚、捕らわれ人としてバビロニヤ帝国の首都バビロンに連れて行かれてしまいました。
バビロンというのは、今のイラクの首都バグダッドの南のほうにある町です。
エゼキエルは、そのバビロンとその近辺で預言した預言者です。
そして、ついに紀元前586年にエルサレムが陥落し、南ユダ王国はバビロニヤ帝国に
よって滅ぼされます。
それで、今日のこの37章は、実は二重預言となっています。
すなわち同時に二つのことが預言されています。
ひとつはそのバビロニアに連れて行かれた南ユダ王国の人々が再びエルサレムに
戻ってきて城壁と神殿を築き、神のもとに立ち返るという預言です。
これはすでに実現しました。
バビロンに連れて行かれたイスラエルの人々は、70年後に、だんだんとエルサレムに
戻ることができるようになり、国が復興しました。
ところがその後、残念なことに、イスラエルはまた堕落していきます。
そして、それから約400年経つと、今から約2000年前のことですが、
まことの神である救い主イエスさまが人となってこの地上に、あのイスラエルに来られました。
ところが、ほとんどのユダヤ人は救い主イエス様を受け入れず拒絶し迫害します。
そしてエルサレムでイエス様は十字架につけられました。
それから約40年経って紀元70年になると、今度はローマ帝国の軍隊がついにエルサレムを
攻撃します。
そしてエルサレムは破壊され、イスラエルは滅亡し、ユダヤ人はまた自分たちの国を失うことに
なり、今度は世界中に散っていきます。
それで二重預言のもうひとつですが、世界中に散ったユダヤ人が…
すなわちかつての北イスラエル王国の末裔や南ユダ王国の末裔が、
将来、再びあのカナンの地に戻ってきてイスラエルが復興し、栄えるようになるという預言です。
これは、今から100年前には、まったく考えられないことでした。
しかし、今から56年前の1948年に、イスラエルという国家がなんと約1900年ぶりに
復活したのです。
1900年前に滅亡した国が復興するというのは、歴史上、他にないことで奇跡です。
そして世界中から多くのユダヤ人がイスラエルに帰ってきて住むようになりました。
これが、37章の7節、8節に書かれている、骨と骨とが互いにつながり、その上に筋がつき、
肉が生じ、皮膚がその上をすっかり覆っていくということです。
これは、イスラエルの物質的な回復、目に見える形でのイスラエル国家の回復を意味しています。
しかし、ところが今はまだイスラエルには「息」が入っていません。
骨と肉だけで、霊的には死んでいる状態です。だから、問題だらけです。
イスラエルに必要なのは「息」です。
「息」とはヘブル語でルーアハ、この言葉は、「霊」をも意味することばです。
みなさん、「息」が入った状態というのは、聖霊が入った状態です。
すなわち、大多数のユダヤ人がイエス様はキリストである、メシヤである、救い主であると
信じて救われて、聖霊が入った状態を意味します。
それが、イスラエルの霊的な回復です。つまり、イスラエルが真の意味で生きた者になる
ということです。
これについては、今の段階では、イエス様を信じているユダヤ人はわずか少数なので、
イスラエル国家が霊的に回復したとは言えない状態です。
しかし、イスラエル国家が物質的にあのカナンの地に目に見える形で復活したことは、
聖書を総合的に読むと、明らかにこの世の終わりが近づいてきたことを意味します。
そしてやがて将来イスラエルは必ず霊的にも回復されます。
イスラエルの物質的回復と霊的回復、イスラエルの統一、総合的かつ完全な復活、
これがエゼキエル書37章に書かれていることの直接的な意味、第一義的な意味です。
パウロは、新約聖書・ローマ人への手紙の中で、私たちクリスチャンに向かってこう語っています。
「兄弟たち。私はあなたがたに、ぜひこの奥義を知っていていただきたい。
それは、あなたがたが自分で自分を賢いと思うことがないようにするためです。
その奥義とは、イスラエル人の一部がかたくなになったのは異邦人の完成のなる時まで
であり、こうして、イスラエルはみな救われる、ということです。…
…彼ら(イスラエル人)は、福音によれば、あなたがたのゆえに、
神に敵対している者ですが、選びによれば、先祖たちのゆえに、愛されている者なのです。
神の賜物と召命とは変わることがありません。
ちょうどあなたがたが、かつては神に不従順であったが、今は、彼らの不従順のゆえに、
あわれみを受けているのと同様に、
彼ら(イスラエル)も、今は不従順になっていますが、それは、あなたがたの受けた
あわれみによって、今や、彼ら(イスラエル)自身もあわれみを受けるためなのです。」
(ロマ11:25-31)とパウロは語っています。
そしてそれに密接に関連することが、聖書の最後の書物、ヨハネの黙示録に書かれています。
黙示録には、イエス様に立ち返って救われたユダヤ人が、自分たちの本来の使命に気づき
素晴らしい働きをするようになることが書かれています。
そういうわけで、黙示録とこのエゼキエル書やまたダニエル書はとても密接なつながりがある
のですが、今日は黙示録セミナーではないので、そのことについては話しません。
あまりにも壮大なスケールになってしまいますので…
でも、そのことに興味のある方は…、
私は今、ろう教会のほうで毎月第一日曜日の午後に、黙示録セミナーを1年くらいかけてやって
いますので、興味のある方はそちらに参加してください。
私が普通のことばで話して、土屋伝道師が手話通訳をして、またわかりやすくするために
イラストなどを書いてもらって、ろう教会にはハイテク機器があるのでそれを使って学びを
進めています。
また、高橋ひとみさんがリーダーをやっている青年会でも、私は毎月第三日曜日に朝9時から
黙示録セミナーをやっています。青年でない方も大丈夫ですので、興味ある方はご参加ください。
また、石川さんが毎月第二日曜日の午後にやっているハイナイトも、
メシアニックジュダイズムや、イスラエルのことを非常に深く学び、
ユダヤ人の救いのために祈っていますので、興味ある方は是非、参加してください。
みなさん、かつてユダヤ人は、私たちが持っているこの素晴らしい福音を、イエス様を、
神の恵みを、私たちのところに届けるために用いられました。
ですから、私たちがユダヤ人の救いのために祈ることはとても重要なことであり、
それは神のみ心ですから、彼らのために祈る私たちは必ず祝福されます。
ところで、みなさんは、ユダヤ人に実際に接したことがあるでしょうか。
この中にはイスラエル旅行に行ったという方も何人もいるでしょう。
しかし、日本にいるとなかなかユダヤ人に接する機会がありません。
でも最近はユダヤ人クリスチャンが日本にきて集会を開くことが多くなってきています。
ですから、ユダヤ人と接したことのない人は、そういう集会に行って、
ユダヤ人クリスチャンと接することはとても良いことだと思います。
イスラエルを身近に感じることができます。
私は、アメリカにしばらくいた時に、私が行っていた教会にユダヤ人クリスチャンがいました。
彼はクリスチャンであると同時に肉体的にアブラハム、イサク、ヤコブの末裔なのだ
ということを考えたら…ちょっと感動してしまいました。
勿論、ユダヤ人クリスチャンが異邦人クリスチャンよりも優れているわけではありません。
イエスさまがユダヤ人と異邦人の隔ての壁を打ち壊してくださったのですから、
今やユダヤ人と異邦人との区別はありません。
でも、実際に初めてユダヤ人クリスチャンと接した時、結構感動してしまいました。
私の家内は、イギリスで英語を学んでいた時、同じ学校にユダヤ人クリスチャンがいて、
その人はすごい証しを持っていました。
イスラエルには徴兵制度があって、彼が軍隊に入っていた時、兵隊は、交代で休暇が
もらえました。たいていはその時、兵隊の宿舎を出て自分の家に帰ります。
ある日彼は、本来は彼が休む日は、もっと先だったのですが、仲間の一人が彼の休暇の日に
どうしても休みが欲しくて、自分と代わってほしいと言われました。
それで彼は別に用事がなかったので、代わってあげて、彼はその日家に帰りました。
そうしたら、その日の夜、宿舎が爆破されて、その日助かった兵士は、その日休暇を取って
宿舎にいなかった者だけ、彼を含めて数名だけが助かったのです。
彼は、本当にクリスチャンには神の特別な守りがある、と証ししてくれたそうです。
家内には、若い頃、ユダヤ人クリスチャンの友達や、ギリシャ人クリスチャンの友達がいて、
家内はギリシャ人の女性の友達の家まで遊びに行って、あの「テサロニケ人への手紙」の
ギリシャのテサロニケにも行きました。
ギリシャはなんと総人口の98%がクリスチャンという国です。
それに比べて日本人クリスチャンというのは、日本の総人口の1%しかいませんから、
ギリシャに行ったら家内はとても面白がられ、不思議でめずらしく思われたそうです。
ところで、イスラエルのことに戻りますが、パウロはローマ人への手紙の中でこう言っています。
「私はキリストにあって真実を言い、偽りを言いません。次のことは、私の良心も、
聖霊によってあかししています。
私には大きな悲しみがあり、私の心には絶えず痛みがあります。
もしできることなら、私の同胞、肉による同国人(イスラエル人)のために、
この私がキリストから引き離されて、のろわれた者となることさえ願いたいのです。
彼らはイスラエル人です。子とされることも、栄光も、契約も、律法を与えられることも、
礼拝も、約束も彼らのものです。
先祖たちも彼らのものです。またキリストも、人としては彼らから出られたのです。」
(ローマ9:1-5)
みなさん、パウロは異邦人伝道の召しを受けていましたが、ここまで心からイスラエル人、
すなわちユダヤ人の救いを願っていました。
ですから救われた私たちが、ユダヤ人の救いのために祈り、またユダヤ人クリスチャンの
働きのために祈ることはとても大切なことです。
U:私たちはエゼキエルの働きに任命されている
さて、次に視点を、イスラエル国家から私たち自身に向けると、このエゼキエル書37章を
通して、主が私たちクリスチャンに語っておられることは何でしょうか。
クリスチャンというのはイエス様を信じて救われて、息、ルーアハ、すなわち聖霊が入って、
生きた者となった人のことです。
クリスチャンとは、肉体的に生きているだけでなく、霊的に生きたものとなりました。
それでこそ真の意味で生きているということになります。
ところでみなさん、息というのは吸い続けなければなりません。
今、息を止めたら、30秒止めているだけでも苦しくなります。
息をずっと吸わなかったら、死んでしまいます。
それと同じように、私たちはいつも聖霊の息を吸い続けなければ、霊的に弱ってきて、
ついに霊的に死んでしまうということになりかねません。
形だけの信仰生活、いのちのない喜びのない名前だけのクリスチャンになってしまいます。
私たちが聖霊の息を吸い続けるためには、やはり祈らなければなりません。
第一テサロニケ人への手紙には、「絶えず祈りなさい」(5:7)と書いてあります。
祈らなければ御霊によって生きることはできません。
いくら人間の力で、「ハッスル、ハッスル」なんてやっても、聖霊によって生きてないならば、
聖書に書いてあるみことばを行うことはできません。無理です。
いくら知識があって、ギリシャ語・ヘブル語で聖書を読むことが出来ても、
御霊によって生きてないならば、みことばを行うことはできません。
しかし、祈って聖霊さまに満たされ、聖霊によって生きるなら、聖霊なる神の力によって、
私たちは聖書に書かれているみことばを行うことができるようになっていきます。
なんと敵をも愛することができます。
パウロは言いました「私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。」
(ピリピ4:13)
そうなるために必要なのは、やはり祈りです。
また、クリスチャンはエゼキエルの働きをすることが求められているとも言えます。
以前、フルゴスペル教団の多田明子先生が小岩に来た時におっしゃっていたことですが…
ある時、多田先生は神様の目をいただいたような状態になって、びっくりしたことに
「道を歩いている人が、みんな骸骨に見えた。救われていない人は、どんなにいきいきしていて
若くてきれいでも、神の目から見たら死んでいて、骸骨なんです。
でも、クリスチャンはおばあちゃんでもおじいちゃんでもピカピカに光って言葉にできないくらい
美しかった。」と言ってました。
みなさん、神の目で見たら、現実はそういう状態なんです。
救われている人と救われていない人はもう雲泥の差、まさに天国と地獄、まったく違うわけです。
日本は1%しかクリスチャンがいませんから、99%が骸骨です。干からびた骨です。
これが現実です。
今、コンピュータ・ゲームや悪い映画など仮想現実が、バーチャル・リアリティが、
現実の世界に悪い影響をもたらしていると問題になっています。
みなさん私たちはバーチャル・リアリティではなく、バイブル・リアリティ、
聖書に記されている現実を現実として見なければなりません。
バイブル・リアリティ、聖書に書いてあることこそ、この目に見える現実以上の本物の現実です。
みなさん、私たちの周りは、ひどく干からびた骨でいっぱいです。
そういう状況の中で、私たちキリストを信じて救われた者は、この時代において
エゼキエルと同じ働きをするように任命されています。
時々、礼拝で讃美する曲の中に「今はエゼキエルの日、乾いた骨が生き、
〜働き人は宣言する 主のみことばを」というのがありますが、あの通りです。
干からびた骨、すなわちまだ救われていない人々にイエス様の十字架と復活を証しし、
イエス様のことを伝えることは、まさに預言者エゼキエルの働きです。
それは、息を人々に吹き入れる働きです。
伝道というのは、息に預言する働きです。
あなたは、あなたの会社、職場においてエゼキエルです。
あなたの学校において、あなたの住んでいる地域においてエゼキエルです。
あなたのまだ救われていない友達にとってあなたはエゼキエルです。
マルコの福音書16章にはこう書かれています。
『…イエスは彼らにこう言われた。「全世界に出て行き、すべての造られた者に、
福音を宣べ伝えなさい。
信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。
信じる人々には次のようなしるしが伴います。
すなわち、わたしの名によって(イエス様の御名によって)悪霊を追い出し、
新しいことばを語り、蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、
また、病人に手を置けば病人はいやされます。」
主イエスは、彼らにこう話されて後、天に上げられて神の右の座に着かれた。
そこで、彼らは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。
主は彼らとともに働き、みことばに伴うしるしをもって、みことばを確かなものとされた。〕』
(マルコ16:15-20)
みなさん、イエス様は私たちに「全世界に出て行き、すべての造られた者に、
福音を宣べ伝えなさい。」と命令しています。
まだ救われていない人々に福音を伝えることは、やってもいいし、別にやらなくてもかまわない、
などというそんなあやふやなものではありません。
福音を宣べ伝えることはイエス様の命令です。アーメンでしょうか。
ところで、エゼキエル37:7節と8節を見ますと、「骨と骨が互いにつながり、
その上に筋がつき、肉が生じ、皮膚がその上をすっかりおおった」とあります。
この前の金曜日の徹夜祈祷会で吉山先生がおっしゃっていたことですが、
これは病の癒しを象徴しているとも受け取れます。
人々は病気がいやされたり、奇跡が起こると、イエス様に対して心が開かれ、
福音を聞きたいという思いになります。神のみ言葉を聞きたいと思うようになります。
みなさん、かつて、イエス様のまわりに多くの人々が集まってきたのは、
それは、病のいやしや悪霊追い出し、奇跡が起きていたからです。
4つの福音書は全部で3.774節ありますが、そのうちの484節、約12%は
イエスさまが人々をいやしたことについて書かれています(体と精神病のいやし、死人のよみがえり)。
そして聖書をよく調べてみると、イエス様は福音の説教よりも、癒しと悪霊追い出しに時間を
かけていることがわかります。
みなさん、勿論、福音の説教が中心です。しかし、人々がそれに心を開くためには
癒しと奇跡が重要であるということです。
使徒の働きを読むと、イエス様の弟子たちも、イエス様のやり方にならって、
福音を伝えたことがわかります。
使徒の働き5章には「使徒たちの手によって、多くのしるしと不思議なわざが人々の間で
行われた。…そればかりか、主を信じるものは男も女もますますふえていった。」
(5:12-14)とあります。
イエス様は私たちにこう言われました。ヨハネの福音書に書かれていることですが、
「まことに、まことに、あなたがたに告げます。
わたしを信じる者は、わたしの行なうわざを行ない、
またそれよりもさらに大きなわざを行ないます。」
(ヨハネ14:12)
みなさん、これは、ここにいるクリスチャンに向かって語られていることばです。
牧師や伝道師や何か特別な賜物が与えられている人だけに、語られているのではありません。
イエス様を信じる者すべてに語られていることです。
ですから、イエス様を信じる私たちは、イエス様の御名によって人々の病をいやし、
解放し、イエス様の御名の権威を用いて悪霊を追い出しましょう。
日本の伝道、日本のリバイバルのためには、こういう異教の国においては、
まずいやしが重要です。人々はいやされてから救われるということが多いです。
福音だけ聞いても、人々はなかなか信じません。
日本の場合は、まずいやしです。
ただ、未信者の場合は、病気がいやされても、それだけでは救われていません。
骨と骨がつながって、筋がつき、肉が生じ、皮膚がその上をすっかりおおった、これは
病のいやしです。
そして、息が入って、はじめて真の意味で生きた者となります。
イエス様を信じなければ聖霊が入りませんから、真の意味で生きた者となることはできません。
ですから、私たちは福音を語らなければいけません。
私たちはイエス様の十字架と復活をはっきりと語らなければいけません。
みなさん、私たちはイエス様を宣べ伝える時、「息よ、四方から吹いてこい」と祈りながら
伝道しましょう。そうしたら、息の働き、聖霊の働きが起きてきます。
奇跡が起こり、人々が救われます。
みなさん、私たちの力で干からびた骨、死んでいる人を生きかえらすことはできません。
しかし、神は私たちを使って、私たちを通して、神が、干からびた骨に肉をつけ、
人々をいやし、霊的に死んでいる人々を救い、生きかえらせます。
主は、私たちを用いて私たちを通して人々に働かれます。主は私たちを用いたいのです。
私たちは、主の道具、主の手足となって、主に自分を使っていただこうではありませんか。
それは私たちの喜びです。
パウロは「…あなたがたの手足を不義の器として罪にささげてはいけません。
むしろ、死者の中から生かされた者として、あなたがた自身とその手足を
義の器として神にささげなさい。」(ロマ6:13)とローマ人への手紙に書いています。
伝道は上手くいかないこともあるでしょう。病人に手を置いても何も起こらないことが
あるかもしれません。
癒しは主の主権によって行われますから、ただちにいやされるとは限りません。
しかし、それでも私たちはイエス様に従い続け、イエス様の伝道のやり方で私たちも
伝道しなければなりません。
みなさん、いやしは起きてきます、しるしと不思議が起こります。
人々は福音に心を開き、救われます。
実際に、癒されたという多くの証しをみなさんも持っているはずですし、よく耳にするでしょう。
ですから、私たちは消極的になってはいけません。
私たちは、神のことばを語るだけではなく、しるしと不思議、いやしと奇跡が伴う、
イエス様や使徒たちの伝道のやり方、力の伝道を実践し続けましょう。
みなさん、アーメンでしょうか。
また、勿論、いやしはクリスチャンにも必要です。
私たちは救われていても、天国にいるわけではありませんから、肉体が病気になって
しまうことはあります。怪我をしてしまうことだってあります。
大きな問題に直面することがあります。心が病んでしまうことだってあるでしょう。
悪霊の影響を受けてしまう可能性もあります。
ですから、クリスチャン同士が祈り合い、支えあうことは大切です。
もっともっと、私たちはお互いのために、ことあるごとに祈ろうではありませんか。
V:あきらめてはいけない
私は最近、この「天国の人〜中国華南省・家の教会『奇跡と感動の物語』」という、
欧米のクリスチャンたちの間で話題となっている本を読みました。
みなさんの中で、この本を読んだ方はいらっしゃいますでしょうか?
この本には、中国の中で起きている大リバイバルと、中国政府のクリスチャンに対する迫害
について、つい最近起きたことまで書かれています。
最近の私たちが知っている有名なリバイバルというと、カナダのトロント・ブレッシング、
あのソーキング・プレーヤーもそこからの流れですね。
また、アメリカ・ミズーリ州の「小さな町の大きなリバイバル」と言われるスミストン・アウトプアリング、
私はそのスミストンのミニストリー・チームがこの小岩に来た時に大きく変えられたのですが…、
それと、フロリダのペンサコーラ・ブラウンズビル・リバイバル、
また、カルロス・アナコンディアのアルゼンチン・リバイバル、
韓国のチョー・ヨンギ先生のヨイド純福音教会…、
こういったリバイバルはとても素晴らしいものです。
自由な国々で起きているリバイバルの情報は私たちのところにすぐに入ってきます。
そして私たちもそれに簡単に接することが出来ます。とても感謝なことです。
しかし、中国で起きているリバイバルについては…、
中国はよく竹のカーテンと言われますが、中国は経済的には解放されてきていますが、
まだまだ情報が閉ざされています。
特に教会のことについてはあまり情報が入ってきません。
そしてクリスチャンは今でも迫害されています。
かつて毛沢東の奥さんは「中国のキリスト教は、博物館の歴史のコーナーに封じ込められました。
キリスト教は死んで埋められたのです」と語りました。
また、1970年代にアメリカから来たキリスト教会の代表団でさえも、
「中国には一人のクリスチャンも残っていない」と報告しています。
しかし、「天国の人」というこの本を読むと、その後、現在に至るまで、
中国でものすごいリバイバルが起きていることが詳しく書かれています。
中国では、今、この時にも素晴らしいリバイバルが起きています。
実際に、町や村全体が救われるということが起きています。
中国では、中国政府によって管理された教会以外は未だに認められていません。
中国政府によって管理された教会というのは自由な行動が認められていませんし、
伝道が禁止されていますから、どんどん数が減っています。
しかし、本物の教会のほう、政府から迫害されている本物の教会のほうは、
どんどん伝道して爆発的にクリスチャンが増えています。
聖霊の恵みを知っている本物の教会のほうは、地下教会とか家の教会と呼ばれていますが、
彼らは政府に認められていないので教会堂を建てることができません。
それどころか、彼らは集会をやっている所をみつかっただけで、逮捕されて刑務所に
連れて行かれることがあります。
そして、拷問を受けたり、何年間も刑務所から出られなくなったり、殺される人もいます。
ですから、公安当局に見つからない場所や洞窟の中で礼拝しています。
それでも、地下教会、家の教会の働きによって爆発的にクリスチャンが増えています。
中国の家の教会の人々は、前に聞いた話ですが、まわりに公安警察がいるかもしれない
という状況の時には…、
彼らは讃美する時に、手をつないで、口だけ動かして声を出さないで、警察に見つからないように、
声をまったく出さないで讃美するそうです。
私たちのように自由に大きな声で、讃美することができない、でも、口パクで声を出さないで
神に向かって歌い神を讃美する…私はそのことを聞いてとても感動しました。
また、彼らは集まった献金で、教会堂を建てることはできないので、
それをクリスチャンの育成や中国各地の宣教のために使います。
そして彼らは伝道に出て行きます。そしてリバイバルが起き、しるしと不思議が起き、
多くの人々が救われています。
中国、地下教会のクリスチャンは、この本の著者たちのネットワークだけで5800万人、
他もすべて全部合わせたら8000万人とか、一億人いると言われています。
日本の総人口数が1億2000万人ですから、中国のクリスチャンの数は日本の総人口に
迫るような勢いです。
中国の総人口は約12億とか13億と言われていますから、クリスチャンの数が総人口の10%
に近づいているということになります。
実際にクリスチャンが迫害されている国、中国全土で、クリスチャンが爆発的に増えている
というのはすごいことです。
また、アメリカや韓国やここ日本では、イエス様を信じて従えば、祝福され、経済的にも
祝福されると簡単に言うことが出来ます。
しかし、中国ではそれはあまり言えないそうです。
パウロは、「あなたがたは、キリストのために、キリストを信じる信仰だけでなく、
キリストのための苦しみをも賜わったのです。」(ピリピ1:29)
とピリピ人への手紙に書いていますが…、
中国では、イエス様を信じて従い伝道したら、警察に追いかけられて持ち物を
すべて没収されたとか、公安当局が来て迫害されて拷問を受けて足の骨を折られ
そのまま放置されて歩けなくなったとか、不衛生な強制労働収容所に長い間入れられて
病気になったとか、強姦されて妊娠したとか、殺されたとか、そういう状況です。
しかし、そういう状況の中で、折られた骨が瞬間的に癒されて歩けるようになったり、
病気が癒されて、奇跡が起きて牢屋から脱出できたり、しるしと不思議、奇跡が起こっています。
そして多くの人々がイエス様を信じ救われ、救われた人々は伝道し始めます。
彼らは、「私たちが神の国にはいるには、多くの苦しみを経なければならない。」
(使徒の働き14:22)というみことばを心に刻み付けてクリスチャン生活を送っています。
ブラザー・ユン(本名リウ・ツェニン)というこの「天国の人」という本を書いた牧師も、
何度も刑務所に入れられて刑務所で何年間も過ごし、拷問を受けて、鎖やむちで叩かれ、
親指から順番に太い針を打ち込まれたり…、
奥さんや家族とほとんど会うこともできず、家族も痛めつけられ…
それでも彼は刑務所の中で大胆に伝道して、そうしたら多くの囚人が救われ、
共産党員までも救われ…、
しかし、また拷問を受け、死んだような状態になりまた奇跡的に癒され…、
そして刑務所から出たらまたすぐに伝道です。
そしてまた逮捕されて、拷問を受け…
彼は主イエス・キリストの福音のために30回も逮捕されました。
まさに、「私にとっては、生きることはキリスト、死ぬこともまた益です。」(ピリピ1:21)
すなわち、「生きたら伝道、死んだら天国」です。
また彼は、「私が迫害する人を憎んだことがないのは、神がご存知である。
迫害する人たちは、祝福を与えてくれる神の道具であり、
私がもっとイエス様に似るようにと私をきよめるために選ばれた器だと思っている」
と書いています。
彼らは、神が、中国政府を用いて中国教会の古い構造をすべて破壊させたのは、
御心にかなう栄光の教会をもう一度建てあげるためだったと信じています。
そして、今、彼らは、中国からシルクロードを通ってシルクロード沿いの国々に
イエス様のことを伝えながらエルサレムまでいこうという計画を立てています。
古い資料によれば、最初に、シルクロードを通って中国に福音が伝わったのは、
イエス様が十字架で死なれ復活してからわずか数十年後だったといいます。
それで、今、彼らは今度は逆にエルサレムに向かいつつ福音を伝えて行こうとしています。
シルクロードには3つのルートがあります。ひとつは西安(シーアン)からスタートして
中央アジアを通ってイスラムの中心部に入るもの。
ふたつめは、チベットを通り、ヒマラヤからブータン、ネパール、パキスタン、アフガニスタン、
イランに向かい、そこからエルサレムに至る道につながるルート。
3つめは、中国の南西部の少数民族が住む地域を通って、ベトナムに入り、ラオス、カンボジア、
タイ、ミャンマー、そしてインドに入る。このルートは仏教とヒンズー教世界の中心部に奥深く
入るコースです。
これらの国々はイエス様のことを伝えたら迫害される危険性が高い国ばかりです。
しかし、中国のクリスチャンたちは、自分の国で実際にひどい迫害を受けて来たので、
恐れがありません。
多くの中国人宣教師が外国語の勉強をして、訓練を受けて、もうすでに中国国境を越えています。
そして、エルサレムに向かいつつシルクロード沿いの国々に、ひどく干からびた骨に
イエス様のことを伝えています。
詳しいことはこの本「天国の人」に書かれているのですが…最後はエルサレムでユダヤ人に
宣教しようと願っています。
彼らのはたらきも、まさに、エゼキエルの働きです。
かつて西欧の国々のクリスチャンが世界に大きな影響を与えてきました。
しかし、今は、もし中国政府が、中国のキリスト教会についても自由な解放政策を取ったら…、
中国人クリスチャンが世界に大きな影響を与えるだろうと言われています。
さて、日本ですが、今まで外国から多くの有名な牧師や伝道師が来て何十回、何百回も
聖会などが行われてきました。
しかし、クリスチャンの数はいつまでたっても総人口の1%以上にはならず、
1%の壁を破ることが出来ずにいます。
でも、私たちはあきらめずに、リバイバルを求め続けなければなりません。
中国では、外国の有名な伝道者が来て聖会をやることはできませんが、
中国人たちが用いられて、どんどん人々が救われています。リバイバルが起きています。
この日本でも、日本人が、私たちが、あなたが、私が神によって大いに用いられるようになります。
みなさん、預言者エゼキエルは、自分の国の滅亡を実際に経験した預言者です。
エゼキエル37章9節をご覧ください。そこに「この殺された者たち」という言葉があります。
これはヘブル語で「ハロギム」と言い、「殺されて、よみがえりの希望がまったくないほどに
死んだ状態」を意味します。
しかし、この絶望的な状況の中でもエゼキエルは神に信頼し、神に従って預言したのです。
すると、死人が生き返り、自分の足で立ち上がりました。それは非常に多くの集団でした。
リバイバルです。
リバイバルは神の主権によって起こります。リバイバルは私たちの力で起こせるものでは
ありません。
ただ、私たちに求められていることは、目に見える状況がどうであれ、神に従い、
預言し、すなわち、みことばを語り、伝道することです。
私たちは、私たちのまわりの状況を見る時に落胆し、絶望しそうになります。
私もふと気付いたら、伝道に消極的になっていたことに気付き悔い改めました。
救われていない人はみな、どんなに楽しそうに見えても、生き生きしていても
実は死んでいます。骸骨です。
彼らはそのままだとやがて永遠の滅びの中に落ちていき、
永遠の苦しみを味わうことになります。
私たちは、イエス様の命令に従って、福音を、イエス様のことを伝え続けなければなりません。
結び: リバイバルの風
ところで、実は日本人の多くが聖書を持っています。聖書は隠れたベストセラーと言われ、
日本人の3.5人に一人は聖書持っています。
単純に言えば、一軒に1冊は聖書を持っているという計算になります。
教会には行ってないけれども、聖書を持っている人は実は非常に多いです。
日本のキリスト教会はそこまでやってきたのです。考えてみればたいしたものです。
リバイバルが起きた時のための準備は整ってきているといえます。
「息」という言葉、ヘブル語の「ルーアハ」は、「風」という意味もあります。
昨日、大きな台風が通過して行き、各地に被害をもたらしました。
しかし、聖霊の風は、人々を生き返らせるリバイバルの風です。
私は、聖霊の大きな風が、天からの聖霊の神風がこの日本に吹きつけてくると信じます。
今みなさんと一緒に、主に従って「息よ。四方から吹いて来い」と少し大きな声で、言いましょう。
「息よ。四方から吹いて来い。」!!
みなさん、今年ももう十月の中旬に入ってきています。今日はもう10月10日です。
あと、2ヶ月ちょっとで、新しい年になります。
正月には、日本のほとんどの人々が神社や寺に行きます。
成田山新勝寺が、明治神宮が、ものすごい人であふれかえります。
彼らはみな滅びに向かっている干からびた骨です。
彼らは偶像を拝んでいます。そしてその背後にいる悪霊に縛られています。
彼らが、もうそこにいかないで、教会に来ることができるように、
私たちはまずまわりの人々をイエス様のもとに導こうではありませんか。
希望のない日本人に、本物の希望を与えることができるのはイエス様だけです。
みなさん、今年の日本アッセンブリー教団の標語を覚えていらっしゃいますでしょうか。
「出て行って福音を宣べ伝えよ」、「ああ、麗しいかな、良き知らせを告げる者の足は」
(ローマ10:15)です!
私たちは福音を宣べ伝えていきましょう!
それでは、しばらく御霊によって、御霊に導かれるままに、自由にお祈りしましょう。
どうぞご起立下さい。祈りましょう。
<祈り・讃美>
〜イエス様をあがめます。聖霊様を歓迎します。
信仰充満、希望充満、愛充満としてください。
ますます聖霊で満たしてください。聖霊充満にしてください。
「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。
そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、
わたしの証人となります。」(使徒の働き1:8)
主よ私たちに福音を宣べ伝えさせてください、伝道はイエス様からの命令です。命令に従う
ためにますます聖霊を注ぎ、力を与えてください。
力の伝道を実践させてください。
<いやしと解放のミニストリー>
それでは、いやしの祈り、解放のいのりをしましょう!
イエス様を信じる者には神様からの権威がゆだねられています。
イエス様の御名の権威を用いて祈り、命じる時、主が私たちを通して
力強く働いてくださいます。
私たちはゆだねられた権威を行使して、今、共にイエス様の御名によって病をいやし、
解放し、悪霊を追い出しましょう。
<問題解決のための祈り>
<救いへの招き>
今日、まだクリスチャンでない方で、私もイエス様を信じて救われたいという方が
いましたらどうぞ手をあげてください。その方のためにお祈りします。
まだクリスチャンでない方で、私にもイエス様が必要だと言う方がおられましたら、
どうぞ手をあげてください、その方のために祈ります。
感謝します。
「イエス様、私はあなたを必要としています。私の罪のために身代わりとなって
十字架で死んでくださり、ありがとうございます。そして3日後に復活されたことを感謝します。
私は今、イエス様あなたを、私の救い主、人生の導き手として受け入れます。
イエス様、今、私の心にお入りください。
イエス様、あなたを信じます。
あなたが私のすべての罪を赦してくださり、永遠のいのちをあたえてくださり、
神様の子どもとしてくださり、救ってくださったことをありがとうございます。
イエス様、私の心の中心で私を導き、あなたの望むような者に、
私を変えてくださることを感謝します。
イエス様の御名によってお祈りします。アーメン。」