2004年3月28日 神選組 平石太朗牧師
「エレミヤの召命と派遣」
(エレミヤ書1章4節〜10節)
聖書を開きましょう。今日はエレミヤ書1:4〜10です。旧約聖書の1135ページです。
それではみなさんと交互に読みましょう。交読しましょう。
1:4 次のような主のことばが私にあった。
1:5
「わたしは、あなたを胎内に形造る前から、あなたを知り、あなたが腹から出る前から、
あなたを聖別し、あなたを国々への預言者と定めていた。」
1:6
そこで、私は言った。「ああ、神、主よ。ご覧のとおり、私はまだ若くて、
どう語っていいかわかりません。」
1:7
すると、主は私に仰せられた。「まだ若い、と言うな。わたしがあなたを遣わす
どんな所へでも行き、わたしがあなたに命じるすべての事を語れ。
1:8
彼らの顔を恐れるな。わたしはあなたとともにいて、あなたを救い出すからだ。
――主の御告げ。――」
1:9
そのとき、主は御手を伸ばして、私の口に触れ、主は私に仰せられた。
「今、わたしのことばをあなたの口に授けた。
1:10
見よ。わたしは、きょう、あなたを諸国の民と王国の上に任命し、あるいは引き抜き、
あるいは引き倒し、あるいは滅ぼし、あるいはこわし、あるいは建て、また植えさせる。」
2,3年前に、アメリカのなんと中央情報局(CIA)が衝撃的なことを発表しました。
それは、日本はおそらく2015年には先進国の地位から転落してしまうということです。
日本はアメリカの国債の40%を持っていることもあって、もう日本の先行きを隠しては
いけないということでしょう。
日本が沈めば、アメリカも大きな影響を受けてしまいますから、CIAは自分の国の人々に
警告を発する意味でこのことを公にしたに違いありません。
そして勿論、私たち日本人こそこの予測を真剣に受け止めなければなりません。
その予測の根拠のひとつとして、最近の貯蓄率の低下があります。
2015年には、日本の貯蓄率がアメリカを下回るといわれています。
2015年というとあと10年くらいですが、私はもしかしたらその頃に日本にリバイバルが起きる
のでは、と感じています。
勿論、もっと早くリバイバルが起きて多くの人々が救われたらと願いますが…
今は、日本はこれだけ不況が長引いても、日本人がどこかで「まだ大丈夫」と思っていられる
のは、世界一の金融資産を持っていることが心の支えになっているからです。
しかし、それを失ったら、この世の人は、もはや頼るものは何もなくなってしまいます。
実際、現状を見ると、最近、日本ではまったく貯蓄をしていない家庭が2割を超えたそうです。
下手すればCIAの予測よりも早く没落してしまいそうな状態です。
実際、ここまで景気が落ち込み、先行きも明るさが見えないとなれば、貯蓄をしている余裕など
ありません。
将来への備えよりも、今日を生きるのに精一杯な日本人が増えているんです。
この中にも、もしかしたらそういう方がいるかもしれません。
しかし、イエス様を信じ従う者は大丈夫です。
イエス様は「神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、
これらのものはすべて与えられます。」(マタイ6:33)と言われました。
神を第一とした生活をするならば、神は必ず私たちの必要を満たしてくださるんです。
信じる方はアーメンと言いましょう。
しかし、まことの神を知らないこの世の人にとっては、これからはますます不安の時代に
なっていきます。
日本はさらに経済が悪化し、社会は混乱し、希望がなくなり、人々の愛が冷えていくでしょう。
しかし、クリスチャンにとっては、まさにこれからが輝く時です。
イエス様は、私たちのことを「世界の光」(マタイ5:14)だと言われました。
みなさん、まわりがどんどん暗くなれば暗くなるほど、光はよく輝きます。
イエス様は、「あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行ないを見て、
天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。」(マタイ5:16)とおっしゃられました。
これからの時代、歴史を支配している本物の神を信じる者は、すなわち主イエス・キリストに
従う者は、まわりの人から注目されるようになります。
この世の人たちと、クリスチャンの生き方が、明かにまったく違ってくるからです。
また、ニセモノの信仰と、本物の信仰の違いがはっきりと見えてくるからです。
単に宗教をやっているだけなのか、それともこの世の流れに流されず、神のいのちに満ちて、
信仰充満で希望にあふれて生きているのか、はっきりしてきます。
これからの時代は、クリスチャンの真価が問われる時代です。名前だけのクリスチャンなのか、
それとも本物のクリスチャンであるのか。
みなさん、クリスチャンとは本来、神のしもべのことであり、本気でキリストに従うキリストの弟子
のことを意味します。クリスチャンとは本来そういうものです。
そして主は私たちひとりひとりを、主の働きのために大いに用いようとしておられます。
私たちひとりひとりが、様々なところ、様々な状況の中でとても重要な働きをするようになっていきます。
さて、みなさんと今読んだ個所、エレミヤ1:4-10ですが、神のしもべが形造られるためには、
訓練が必要です。
エレミヤが、どのような過程を経て預言者として、主の働き人として完成させられていったのか、
見てみましょう。
T:神の選び
エレミヤには、自分が神から召されたのだという強い確信がありました。
これがいかなる困難に遭遇しても、それを乗り越えることができた理由です。
5節を見ますと、神は、エレミヤが誕生する前から彼を預言者として選んでおられました。
歴史の転換期には、その歴史に影響を与える人物が神によって用意されています。
モーセやパウロがそうでした。また主イエスも、時満ちて、人として現われてくださいました。
そして、神の選びは、勿論、私たちクリスチャンにも適用されます。
私たちクリスチャンひとりひとりも神によって選ばれた者なんです。
ローマ人への手紙には、「…神は、あらかじめ知っておられる人々を、御子(イエス)の
かたちと同じ姿にあらかじめ定められたからです。それは、御子(イエス)が多くの兄弟たち
の中で長子となられるためです。
神はあらかじめ定めた人々をさらに召し、召した人々をさらに義と認め、義と認めた人々には
さらに栄光をお与えになりました。」(ローマ8:29-30)と記されています。
あなたは、自分が神によって選ばれたことを知っているでしょうか。
イエス様は「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、
あなたがたを任命したのです。…」(ヨハネ15:16)と宣言しておられます。
このサブセルの名前は、漢字で「神が選んだ組」と書いて「神選組」ですが、私たちはその名のとおり、
神によって選ばれた者です。
U:召命〜恐れるな
さて、6節を見ますと、神によってエレミヤは選ばれていたのですが、エレミヤは、
最初は年が若いことを理由に、神からの召命に対して戸惑いを見せています。
みなさん、このサブセルは青年の集まりであり、私たちはまだ若いです。
今、日本は人の寿命が世界一長い長寿国であり、私たちは昔と比べたら年齢に7掛けして
自分の年齢を考えるくらいでちょうど良いそうです。
そうすると、45歳の人は7掛けすると31歳になります。40歳の人は28歳です。
私は実は今日が誕生日なのですが、38歳になります。7掛けすると26歳です。
そして30歳の人は21歳になり、28歳以下の人は7掛けすると10代になります。
私たちは若いんです。
エレミヤは、「まだ、私は若くて」と言って、戸惑っています。
この「若くて」ということばの背後には、単に年齢的なことだけではなく、自分の未熟さや、
自分を取り巻く状況、まわりの環境、それに漠然とした不安などがあったでしょう。
神の呼びかけに対して、エレミヤはそれを拒む理由となるものをすべて並べようという
思いがありました。
しかし、主はエレミヤの事情もそして私たちの事情もすべて御存知の上で私たちに
呼びかけておられます。
そして、「そんなことはみんなわかっている!」と言わんばかりに主は7節で、
「まだ若い、と言うな。わたしがあなたを遣わすどんな所へでも行き、わたしがあなたに命じる
すべての事を語れ。」と言っておられます。
私たちにとって大切なことは神に従うことです。
そして神は、いつもエレミヤと共にあって力づけるから、人の顔を恐れるなと約束されました。
みなさん、どんなに強い確信を持っていても失望の時はやってきます。
そんな時エレミヤは、神との絶えざる交わりを通して力を得ました。
みなさん、あなたは、人の顔を恐れてはいませんか。
恐れは、私たちの行動を束縛します。
箴言に「人を恐れるとわなにかかる。しかし主に信頼する者は守られる。」(29:25)とあります。
恐れは、聖書を読んで神の約束を受け取り、祈って聖霊に満たされることによって
恐れは取り除かれます。やはり祈りが大事です。
私たちは神との交わりを通して、日々、新しい力を受けましょう。
V:神のメッセージを伝える
9節をご覧ください、神は御手を伸ばして、エレミヤの口に触れておられます。
神のこの行為によって、エレミヤの口は清められ、神のことばを語るにふさわしい者と
なりました。
エレミヤが神からのことばとしてイスラエルの民に語ったのは、国の滅亡の預言と、
悔い改めのメッセージでした。
罪の処理がなされなければ、神の祝福の計画が実行に移されることはないからです。
いくら語ってもかたくなな人々はエレミヤのメッセージに耳を傾けようとはしませんでした。
なんという困難な使命でしょうか。
しかし、最初はひるみがちだった青年エレミヤも、経験を積むに従って、知恵と理解力において
成長していきます。
みなさん、イエス様は「時が満ち、神の国は近くなった。悔い改めて福音を信じなさい」と
宣言して宣教を始めました。
そして私たちはイエス様から大宣教命令を受けています。
また私たちには、福音を宣べ伝えるのに必要な神の権威も委ねられています。
イエス様は「
確かに、わたしは、あなたがたに、蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に
打ち勝つ権威を授けたのです。だから、あなたがたに害を加えるものは何一つありません。」
(ルカ10:19)と言われました。
みなさん、世の終わりは近づいています。
私たちが福音を宣べ伝えること、力の伝道をすることはイエス様の命令ですから、
私たちは聖霊に満たされてイエス様のことを伝えようではありませんか。
そこにこそ私たちの大きな成長や学びもあります。
結び:使命を全うする、使命に生きる
私たちはエレミヤの人生から、(1)主に選ばれたという確信、(2)主との交わりによる力、
そして、(3)試練を通した人格の完成 ということを学びましょう。
今、あなたに必要なのはどれでしょうか。
こんな実話があります。
ある夕方、ひとりのクリスチャンの大学教授が机に向かって翌日の講義の準備をしていました。
家政婦が置いていった書類や手紙に目を通しながら、いらないものをくずかごに捨て始めた時、
ある雑誌が彼の目に留まりました。
それは、彼の事務所に間違って配達された雑誌でした。
それが床に落ちた時、たまたま「アフリカのコンゴ伝道の必要性」という記事が載った
ページが開きました。
彼は何とはなしにその記事を読み始めましたが、その時、このことばが彼の心をとらえました。
「コンゴでの必要性は大きい。中央コンゴの北部、ガボン州を担当する人がいない。
この記事を書きながら私はこう祈っている。主イエス・キリストは、このために召された人物の上に、
すでにその目を注いでおられる。
今こそ神がその人物の上に手を置き、私たちを助けるために彼をこの地に派遣してくださるように。」
その雑誌を閉じた教授は、こう日記に書きました。「私の探求は終わった。」
彼はその後、ヨーロッパでの約束された成功の人生を投げ捨ててアフリカのコンゴに行き、
赤道直下の未開の土地で医者という形を通してキリストの栄光を現しました。
この教授の名前はアルベルト・シュバイツアーです。
コンゴに行くきっかけとなったその小さな記事は、他人宛ての雑誌の中に書いてあったものです。
その雑誌が誤ってシュバイツアーの郵便受けに入れられたのです。
さらに、家政婦がそのことに気付かずにその雑誌をシュバイツアーの机の上に置きました。
そして、それが床に落ちてシュバイツアーが記事のタイトルに気づきました。
まるでタイトルのほうがシュバイツアーの目に飛び込んで来たかのようでした。
シュバイツアー博士は、キリストの愛を実践し、20世紀を代表する偉人のひとりとなりました。
彼の功績は、人類の歴史上、ほとんど他に類を見ないほどのものです。
みなさんは、すでに神からのビジョンを持っておられるでしょうか。
まだビジョンが明確になっていない人も、自分は神によって選ばれていて、神の働きのために
用いられるのだ、ということを忘れてはいけません。
神様は私たちひとりひとりを、あなたを、目的をもって創られました。
神様が、あなたに求めておられることをはっきりと示してくださるように祈り求めましょう。
そうすれば与えられます。
捜しなさい、そうすれば見つかります。たたきなさい、そうすれば開かれます(マタイ7:7-8)。
そして、私たちは人に評価されるためではなく、神の評価を求めて歩みましょう。
神の評価を求めて、天に宝を積みながら歩んだ結果、人からも評価を受けたら
それは確かに嬉しいですけれども、でもそれは、人からの評価はおまけみたいなものです。
たとえ人には気付かれなくても、人からの評価をほとんど受けなくても、神の目には尊い、
神にとっては大きな評価に値する働きもあります。
しかし逆に、いくら人から評価されても、神にまったく評価されない生き方もあります。
神は人が見るようには人を見ません。人はうわべを見ますが、主は心を見られるお方です。
みなさん、私たちは主によって選ばれました。私たちは主との交わり、祈りを大切にしましょう。
主は私たちと共におられます。私たちは人を恐れずに主に従い、使命に生きようではありませんか!
また御霊によって主に似るものに変えていただきましょう。
<祈り>
全知全能の神様。エレミヤが誕生の前から選ばれていたように、私もキリストにあって
選ばれたことを感謝します。
どうか、あなたから与えられた使命をまっとうすることができますように、お助けください。
主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。