2003年7月27日 聖歌隊サマーコンサート  平石太朗牧師

「讃美・臨在・勝利」
 (歴代誌第二 20章11節〜24節
            
歴代誌第二の20:11-24をみなさんと交互に読みましょう。交読しましょう。

20:11 ご覧ください。彼らが私たちにしようとしていることを。
彼らは、あなたが私たちに得させてくださったあなたの所有地から私たちを追い払おうとして来ました。
20:12 私たちの神よ。あなたは彼らをさばいてくださらないのですか。
私たちに立ち向かって来たこのおびただしい大軍に当たる力は、私たちにはありません。
私たちとしては、どうすればよいかわかりません。ただ、あなたに私たちの目を注ぐのみです。」
20:13 ユダの人々は全員主の前に立っていた。彼らの幼子たち、妻たち、子どもたちも共にいた。
20:14 ときに、主の霊が集団の中で、アサフ族の出のレビ人ヤハジエルの上に臨んだ。
彼はマタヌヤの子エイエルの子ベナヤの子ゼカリヤの子である。
20:15 彼は言った。「ユダのすべての人々とエルサレムの住民およびヨシャパテ王よ。
よく聞きなさい。主はあなたがたにこう仰せられます。
『あなたがたはこのおびただしい大軍のゆえに恐れてはならない。気落ちしてはならない。
この戦いはあなたがたの戦いではなく、神の戦いであるから。
20:16 あす、彼らのところに攻め下れ。見よ。彼らはツィツの上り道から上って来る。
あなたがたはエルエルの荒野の前の谷のはずれで、彼らに会う。
20:17 この戦いではあなたがたが戦うのではない。しっかり立って動かずにいよ。
あなたがたとともにいる主の救いを見よ。
ユダおよびエルサレムよ。恐れてはならない。気落ちしてはならない。
あす、彼らに向かって出陣せよ。主はあなたがたとともにいる。』」
20:18 それで、ヨシャパテは地にひれ伏した。
ユダのすべての人々とエルサレムの住民も主の前にひれ伏して主を礼拝し、
20:19 ケハテ族、コラ族のレビ人たちが立ち上がり、大声を張り上げてイスラエルの神、主を賛美した。
20:20 こうして、彼らは翌朝早く、テコアの荒野へ出陣した。出陣のとき、ヨシャパテは立ち上がって言った。

「ユダおよびエルサレムの住民よ。私の言うことを聞きなさい。
あなたがたの神、主を信じ、忠誠を示しなさい。その預言者を信じ、勝利を得なさい。」
20:21 それから、彼は民と相談し、主に向かって歌う者たち、
聖なる飾り物を着けて賛美する者たちを任命した。
彼らが武装した者の前に出て行って、こう歌うためであった。
「主に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。」
20:22 彼らが喜びの声、賛美の声をあげ始めたとき、主は伏兵を設けて、
ユダに攻めて来たアモン人、モアブ人、セイル山の人々を襲わせたので、彼らは打ち負かされた。
20:23 アモン人とモアブ人はセイル山の住民に立ち向かい、これを聖絶し、根絶やしにしたが、
セイルの住民を全滅させると、互いに力を出して滅ぼし合った。
20:24 ユダが荒野に面した物見の塔に上ってその大軍のほうを見渡すと、
なんと、死体が野にころがっている。のがれた者はひとりもない。




  T:部隊の先頭に立つ聖歌隊
ここには、神の民であるイスラエルの南ユダ王国が、敵の大軍、アモン、モアブ、セイル山の
連合軍に攻められて、絶対絶命のピンチに陥った時のことが書かれています。
12節を見ますと、最初、ヨシャパテ王は自分たちが敵のおびただしい大軍に打ち勝つ力はない
と告白しています。
しかし、ヤハジエルの「恐れてはならない。気落ちしてはならない。
この戦いは神の戦いである。主があなたがたとともにおられる。」という預言を受け取り、
ヨシャパテ王とユダの人々は主を信じ、敵の大軍に立ち向います。
みなさん、この前、小岩教会に来たマーク・バンヤード先生の
「主はあなたができないことを、あなたを通して行おうとしておられる」というメッセージを
受け取った方がたくさんおられるでしょう。
ユダ王国の人々も同じように、主に信頼して、目の前に立ちはだかる大きな問題に取り組み、
立ち向ったのです。

  21節ですが、彼らは出陣する時、聖歌隊をつくりました。
そして、なんと聖歌隊を、自分たちの軍隊の先頭に出て行かせ、
そこで聖歌隊は「主に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。」と讃美し始めました。
聖歌隊は、まだ戦いが始まっていないのに、戦いが始まる前から「主に感謝せよ。
その恵みはとこしえまで。」
と先取りの感謝の讃美をささげ始めたのです。
すると、敵の連合軍を山賊が襲ったのか、何が起こったのかわかりませんが、
敵の連合軍は同士討ちを起こして、互いに殺し合い、自滅してしまったのです。

  神の民であるユダ王国の人々が見晴らしのきくところに立つと、
なんと敵の死体が野に転がっていて、逃れたものはひとりもなく、おびただしい敵の連合軍は
全滅していたのです。
奇跡が起きました。
神の民の軍隊は結果的に、敵と実際に戦わなかったけれども勝利したのです。
聖歌隊が、讃美が、どれほど重要なことかを教えられる出来事です。



  U:敵の存在
さて、私たちはこの旧約聖書の出来事を新約聖書の光りで照らして見る必要があります。
今の時代に生きる私たち、すなわちイエス様の十字架と復活によって始まった
神様との新らしい契約の時代に生きる私たちにとっては、目に見える人間が敵なのではありません。
私たちにとって憎むべき相手は人間ではなく、人間関係やいろいろな問題の背後に働く
目に見えない存在が敵なのです。
その敵とはサタンです。悪魔、悪霊のことです。
敵は、クリスチャンの成長を妨げようと働きかけ、私たちを気落ちさせたり、不安や恐れや、
マイナス的な思いでいっぱいにしたり、混乱させて、そして時には病を起こさせることもあります。

  また、私たちが何か失敗して罪を犯してしまったときに、それを神様に告白して、悔い改めて、
神様から赦しを受け取ったのに…、
サタンは告発者、訴える者ですから、「神様はお前を赦していない、お前は赦されていない、
お前はダメなんだ」と私たちにささやき、それを信じこませ、ゆさぶり、不信仰に陥らせ、
信仰を失わせ、そして、キリストから離れさせ、堕落させようとします。
いろいろな方法で攻撃し、誘惑し、私たちがイエス様に従わないように働きかけてきます。

  また、サタンは、教会の働きを邪魔し、なんとか福音が広がらないように妨害してきます。
敵は、教会が外側からの攻撃には強いこと良く知っています。
キリスト教会の歴史を見ると、教会は外側から迫害されると、不思議なことに逆に福音が広がる
ことが多いのです。
教会は外側からの攻撃には強いので、サタンは教会を内側から攻撃し、内輪もめを起こすように
働きかけ、教会の中を混乱させて、福音宣教に向かわせないようにします。

  みなさん、私たちは日々、霊的な戦いの中にあるのです。
神様に本気で従おうとしたらすぐに敵の存在に気がつきます。
私たちが敵を無視しても、敵は私たちを無視してくれません。
ペテロは「身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、
ほえたけるししのように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。
堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。」
(1ペテロ5:8-9)と
ペテロの手紙の中に書いています。
また、ヤコブも「ですから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ち向かいなさい。
そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります。」
とヤコブの手紙の中に書きました。
私たちは悪魔に立ち向かわなければなりません。



  V:神に従い、神を讃美せよ
先ほどみなさんとお読みしました歴代誌第二の20:20の後半を見ますと、
ヨシャパテ王は「…あなたがたの神、主を信じ、忠誠を示しなさい。
その預言者を信じ(すなわち神が預言者を通して、『あす、敵に向かって出陣せよ』と語られた
その神のことばを信じて)、勝利を得なさい。」
と命じています。
みなさん、私たちがその時、実際にその場にいたら、主を信じて、主に従い、
敵のおびただしい大軍に立ち向ったでしょうか。
南ユダ王国の人々は主を信じ、主に従い、おびただしい敵に立ち向って出陣したのです。
そして勝利したのです。
もし彼らが立ち向わなかったら、敵にひどい目に合わされて、敗北して、所有地を奪われて
大変なことになっていたでしょう。  

みなさんの中に、今、何か大きな問題や悩みに直面している方がいるかもしれません。
また、どんなにすべてのことがうまくいっているように見える人であっても、まったく問題のない人など
いません。
そして私たちは、その問題を無視したり、その問題から逃げてしまうと、すぐにまたどこかで、
必ず同じ問題に直面することになります。
目の前にある問題、それは私たちがキリストに似る者に変えられるために、乗り越えて
行かなければならない問題なのです。
その問題に勝利しなければならないのです。

  そして、その問題の山のまわりには、悪霊どもがたくさんいて私たちの歩みを妨害し
落胆させようとしています。
今、家庭で、学校で、職場で、さまざまな所で霊的な戦いをとても強く感じて、
恐れている方もいるでしょう。
明日から月曜日ですが、明日のことを思うと今から落胆し、もうこんな戦いは嫌だ
と感じている方もいるかもしれません。
しかし、あなたは必ず勝利することが出来るのです!
みなさん、インマヌエル! 神が私たちとともにおられます。
私たちがキリストに似る者に変えられていくためのこの戦いは、これは神の戦いなのです。
ですから主なる神様に信頼して、主に従い、立ちあがろうではありませんか。  

そしてみなさん、実はこのクリスチャンの戦いはすでに決着がついているのです。
イエス様は十字架と復活によって、すでに悪魔に勝利されました。
イエス様は圧倒的な勝利者です。
そしてパウロは「神に感謝すべきです。神は、私たちの主イエス・キリストによって
、私たちに勝利を与えてくださいました。」
(1コリ15:57)とコリント人への手紙の中に書いています。
ヨハネも「子どもたちよ。あなたがたは神から出た者です。そして彼らに勝ったのです。
あなたがたのうちにおられる方(キリスト)が、この世のうちにいる、あの者(悪魔)よりも

力があるからです。」(1ヨハ4:4)とヨハネの手紙の中で語っています。
このようにこの戦いは勝利が確定している戦いなのです。悪魔はすでに敗北者なのです。

  しかし、気をつけなければならないのは、悪魔は敗北したけれども、まだ滅んではいないということです。
黙示録を読むとやがて将来、主が、悪魔を火と硫黄の池に投げ込んで滅ぼすことが
はっきり書かれていますが、今はまだ悪魔は滅んではいないのです。
ですから悪魔は私たちに攻撃してきます。
そして恐怖心や疑いを起こさせ、戦うことをやめさせて、誘惑し、不信仰に陥らせ、
キリストから離れさせようとするのです。
しかし、私たちが忘れてならないことは、そして敵が一番知られたくないことは、
悪魔はすでに敗北者だということです。
また、悪魔悪霊は神様の定められた範囲の中でしか行動することができません。
ですから、恐れる必要はないのです。でも侮ってはいけません。気をつけなければなりません。
悪魔は世の終わりが近づき自分の終わりが近づいていることを知って、大暴れしています。
現代は、クリスチャンでさえも悪霊の強い影響を受けてしまうことがある、そういうとても悪い時代です。

  悪魔は人間よりも知能が高く、大昔から多くの人々を誘惑し、攻撃し、だまして
めちゃくちゃにしてきました。
私たちが素手で悪魔悪霊と戦っても勝ち目はありません。
しかし私たちがキリストに信頼し、キリストに従い、キリストの御名によって立ち向うならば
勝利できるのです。
イエス様は、「信じる人々には次のようなしるしが伴います。
すなわち、わたしの名によって(イエス様の御名)によって悪霊を追い出」すことができる
(マルコ16:15)
と言われました。
またイエス様は、「確かに、わたしは、あなたがたに、蛇やさそりを踏みつけ、
敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けたのです。
だから、あなたがたに害を加えるものは何一つありません。」
(ルカ10:19)と言われました。

  パウロは、「機会を十分に生かして用いなさい。悪い時代だからです。
ですから、愚かにならないで、主のみこころは何であるかを、よく悟りなさい。
また、酒に酔ってはいけません。そこには放蕩があるからです。御霊に満たされなさい。
詩と賛美と霊の歌とをもって、互いに語り、主に向かって、心から歌い、また賛美しなさい。」

(エペソ5:16-20)とエペソ人への手紙の中に書いています。
私たちは、もっともっと聖霊様を歓迎し、聖霊に満たされようではありませんか。
そして、主をほめたたえ讃美しましょう。先取りの感謝を捧げましょう。
みなさん、神様は私たちの賛美を住まいとしておられます(詩篇22:3)! 
神様を讃美すると神様が力強く臨んでくださり、問題や誘惑、困難に勝利することができます。
今、ちょっと皆さんと一緒に「イエスは勝利を取られた」を讃美しましょう!
簡単な曲ですから一緒に讃美しましょう。



  W:神の栄光が満ちる〜臨在
みなさん、第二歴代誌5:13-14に『ラッパを吹き鳴らす者、歌うたいたちが、
まるでひとりででもあるかのように一致して歌声を響かせ、主を賛美し、ほめたたえた。
そして、ラッパとシンバルとさまざまの楽器をかなでて声をあげ、「主はまことにいつくしみ深い。
その恵みはとこしえまで。」と主に向かって賛美した。そのとき、その宮、すなわち主の宮は

雲で満ちた。
祭司たちは、その雲にさえぎられ、そこに立って仕えることができなかった。
主の栄光が神の宮に満ちたからである。』
と記されています。  

主の宮で一致して神様を讃美していたら、神様があまりにも力強くそこに臨まれたので、
祭司は立って仕えることができなくなってしまったのです。
今の時代に当てはめて言えば、讃美する人が歌えなくなり、メッセージをする人がメッセージが
できなくなるぐらい、神様が力強く臨まれたということです。  

実際、数年前に小岩教会にも来た、スミストンのスティーブ・グレイ先生は、
「リバイバルが起きたその日には恐ろしいほどの神の臨在を感じ、
口が動かなくなってメッセージが出来なかった」と言っています。
神のものすごい臨在の中では、人間はほとんど何もする必要がなくなります。
それでも素晴らしいことが起きるのです。
また、スミストンのビデオを見た時に、天井から垂らした紐が、ギターを弾いている音楽奉仕者の
背中に結び付けられていて、何かな?と思ったのですが…、
神様のご臨在が強まると、立っていられなくなるので、紐にぶらさがりながらギターの奉仕をする
ということでした。

  またみなさん、今の時代は、私たちクリスチャンの体は聖霊なる神様が住まれる宮です。
聖霊が私たちの内におられるのです。
ですから、私たちを通して神様が力強く現われてくださるのです。
過去にスミス・ウィグルスワースという大いに用いられた伝道者がいました。
ある時、ある牧師が、スミス・ウィグルスワースと一緒に祈りの部屋に入って祈っていたのですが、
その牧師はしばらくすると、祈りの部屋からはって出てきたそうです。
「神があまりにも臨在された」と言って、はって出てきたのです。
スミス・ウィグルスワースは特別だったのでしょうか。
いいえ、みなさん、神様は私たちをもそのように用いることができるのです!  



結び:讃美による勝利の人生

今年の1月に配られた小岩教会の告白宣言文に「祈りと讃美、力の伝道によって
多くの人々は救われ、主の弟子になっていきます」と書かれています。
みなさん、私たちはますます祈りに励み、主を讃美しましょう!
そして伝道しましょう!  

みことばを宣べ伝える時、しるしと不思議が伴うようになります!
私たちの歩みに多くの奇跡が伴うようになります! 多くの人々が救われます!
主が私たちとともにおられます!
私たちは問題を乗り越えて勝利の人生を歩んでいけます!
アーメンでしょうか! アーメン!

しばらく一緒に祈りましょう!      
<祈り>

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