5.「本土決戦準備期県内配備の主要陸軍部隊の概要」(『静岡県近代史研究』第16号1990年)←もうチョットで静岡県でも地上でたたかいがあったかもしれないのです。いた部隊一覧つき。
6。「静岡県に関連した主要陸軍航空部隊の概要(『静岡県近代史研究』第18/19号1 992年・1993年)←浜松からでた部隊の中国重慶への爆撃・航空化学戦(毒ガス)・電波兵器・特攻隊といろんな面から書きました。浜松・磐田関連部隊一覧つき。
7.「聞き書き 第一航測聯隊の歩あゆみ」(『静岡県近代史研究』第21号1995年)←まいごの飛行機にいまどこにいるかおしえてあげる部隊がありました。電波をつかった部隊は浜松のルーツがある。Aワックスがきたのもそのせい?
8.「資料紹介 歩兵第34聯隊とガス関連資料」(『静岡県近代史研究』第27号2001年)←『毒ガス戦資料集』だけでなく、地元の聯隊史や、防衛庁防衛研究所史料を集めて、1つの部隊のガス使用(特にガス兵器の管理)がどのように変化するのか、確認しました。静岡県内関係部隊のガス関係記事掲載図書(ページ)一覧つき
9.「静岡陸軍墓地個人墓について」(『考古学論文集 東海の路 −平野吾郎先生還暦記念−』2002年3月・『東海の路』刊行会)←静岡陸軍墓地に残る軍人個人墓を略測し、陸軍の規則と比較してみました。墓標のなかから、陸軍墓地と家の墓所の両方に墓のある人をさがして、これも略測してみたのが、「丸尾勉のふたつの墓〜静岡陸軍墓地と浜岡の墓所〜」(『静岡県近代史研究』第28号・2002年10月)です。
原田敬一先生が『講座 戦争と現代3 近代日本の戦争をど見るか』(大月書店・ 2004年)でおおきくとりあげてくださいました。感謝しています。
- 「藤枝防空監視哨と県下の空襲」(『藤枝市史研究』第5号・2004年3月)← 2000年に市史学習会でおはなしさせていただく機会がありました。その時の講演記録です。地元藤枝に防空監視哨の資料が残っており、市史編さんのために寄贈されました。監視哨からみた志太・榛原地方のようすや、航空機の飛来状況、警戒警報や空襲警報の発令解除のようす・慰問者・慰問品の数などが詳細にわかる資料です。