【山 名】三岳山(みたけやま(さん)) 466.8m
【山 域】遠州
【所在地】静岡県引佐郡引佐町(2005年7月1日以降浜松市)
【山行日】2004年1月18日(日曜日)
【行 程】三岳神社下から往復
豊川 ==== 三岳神社下 ---- 三岳神社 ---- 三岳山 ---- 二の城址 --
11:24 12:50 -12:58 13:21-14:00 14:06
-- 三岳神社 ---- 三岳神社下 ==== 豊川
14:35
【所要時間】1時間45分(含休憩)
【標高差】約190m
【天 候】晴 5℃(登山途中)
【地形図】1:25,000 伊平(いだいら) 平成13年部分修正測量
【三岳山が載っている本】
『コンサイス日本山名辞典修訂版』(三省堂)1989年9月1日第6刷
【参考サイト】近江の城郭
どこかの低山に登ろうと三遠国境あたりに目をつけていて、浅間山あたりにしようかと物色し、伊平の地形図を眺めていると、静岡県内に三岳山というのを見つけた。愛知県内の低山ばかり登っていないでたまには静岡県に行ってみようと思った。近くには竜ヶ石山があるが、竜ヶ岩洞には行ったことがあり、地理的に新鮮味がない気がして、三岳山にした。三岳山のガイドブックは見たことないが、城跡があり、登山道も書かれているのでそこそこ簡単に登れそうである。インターネットで見て確信が持てた。
しかし思ったよりも遠い。考えてみればわかるのだが、尉ヶ峰の麓を通ってさらに行かなければならないのだ。さすがに高速道路は使わないが、250円の本坂トンネルを通る。
三岳城は南北朝時代に建てられた山城である。山城は南北朝時代の典型的な城の形態だったようである。井伊氏の根城であり、1339年、後醍醐天皇の皇子、宗良親王とともに、北朝軍足利尊氏方の高師泰勢に対抗した。翌年落城したという。さらに時代は進み、戦国時代、駿河守護であった美濃の斯波義達が伊井谷に入り井伊氏を従え、今川氏親が伊達忠宗と三嶽城を攻め、1513年落城。
神社の境内まで車で行けることは地形図を見ればわかるが、その下から階段が真っ直ぐ上がっているのを見て、そこから登りたいと思った。すぐ横にはちゃんと駐車スペースもあった。

立派な木もある石段を上がると雪が残っている三岳神社の駐車場に出る。意外に何人か訪れている人がいる。家族連れもいる。神社にはトイレもある。本曲輪のあった一の城址である山頂へは左へ進む。
すぐに石碑がある。右に折れて神社の上に回ると朽ちた階段や日本武尊が祭神となっている小さな奥社などがある。登山道には真新しい道標がある。一見、石でできているようだが、山頂で叩いてみて気づいた。板金製だった。

道端に雪が見られるようになり、急登を越えると山頂。小さな雪だるまが作ってあった。展望は南側が開けている。引佐細江から広がる浜名湖や浜松のランドマーク、アクトタワーが見える。北側は少し回りこめばある程度見られる。


帰りは途中の分岐(枡形門址・枡形虎口)から二の城址のピークに寄る。こちらは藪っぽい。三岳神社まで下り、参拝。祭神は勾大兄広国押武金日尊、少彦名命、大国主命と書かれてある。境内には最初、マンサクかと思ったが、ロウバイが咲いていた。
下山後、車道を先へ。立須には寄らなかったが、滝沢展望台には寄る。すぐ下に車を止めて、展望台へ。正面に第二東名高速の建設現場が見えた。