パソコン生活


 ご多分に漏れずパソコンは組み立てました。私が最初に買ったパソコンはMSXパソコン。もちろん時期早々でほとんど使わず終い。2回目がDynaBook。その後Windows時代となり、いろいろ悩みました。この悩みが楽しいとき。上京する度に秋葉原に寄りLaoxなどで目を養いました。まだAT互換機が普及し始めたころで、いわゆるショップブランド品かメーカ品かとなりました。

 本を読むとどうも自分で組み立てられそうである。それにまとまったお金が手元にない。部品を徐々に買えばその内できそうだと分かりました。もちろんそこで学んだのがタワー型。それで最初に買ったのがIBMのDOS/V 5.01J。その後ケース。次々と買い集めました。

 その結果いろいろ事情がありまして現在までに4台組み立てました。  

 現在全部稼動しております。最初の1号機ですっかり虜になりました。ときには配線だけを見に秋葉原に行きました。そしてBIOSの設定画面が見えたときの感動・・・。

 互換機の醍醐味を知るともうメーカ品は買えません。皆さん信頼性を心配しますが、現在までに故障したの東芝製のCD−ROMだけ(^_^;)。それもちゃんとショップが無償で対処してくれました。

 そうそうアキバのショップは主なところは廻りました。買うところは数ヶ所。とに角価格が第1の選択基準。もちろん包装に凝っているものは遠慮し、可能な限りバルクのものを買います。

 それからお金が貯まってからパソコンを買うか、毎月2〜3万円パーツを買い集めるか。私は後者です。とにかくまとまった20万円なんてもったいなくて金が使えない(^_^;)。

 この辺のことは徐々にぱそこん・ほっとぴあに書きたいと思いますので、ときどき遊びに来て、ご愛読のほどお願い致します。

1996.10.12
 久し振りにアキバに行きましたが、2ヶ月前とは何か様子が変わってきました。ショップは少し活気がないような、人出が少ないような気がしました。

1996.12.30
 長女に与えた2号機が故障して、持ち帰ったHDを調べる。c:\windows\systemが壊れている。久し振りにDOS/Vからinstall。scandisk等をやって一日かかりになってしまった。それでも環境が少し違うので、果たして元に戻して動くかどうか心配でもある。

1997.1.18
 今これを国立国会図書館内の公衆電話より送信している。旨くいくかどうかの実験を兼ねてね。これでやっと、どこでもいつでもインターネット っていうことになりますかねぇ。
 9時30分の開館前に着いてしまいました。何をしているかって?まあここのホームページに載せていることをやっています。終りのない仕事です。
 実はスキーの予定でしたが、行き先が変更になり、青春18キップが余ってしまったので、その消化を兼ねて上京しました。何故か今日もアチコチ寄るところがあるんです。

1997.1.29
 当地のようなところに住んでいるとメジャーな雑誌だけは最新のものが手に入る。しかし問題は単行本だ。Laoxなら平積みになっている本がほとんどない。目的とする内容のものがあればシメタもので、選択の余地はないのです。

1997.2.15
 最近は書き込みのペースが落ちております。インターネットにのめり込んで忙しいのです。いつかはビジネスに結び付くのではないかと夢見ながらやっています。
 ということで、現在力を入れてやっているのが医療関係です。暇な折に覗いてください。

1997.3.31
 内視鏡認定医データベースを日々更新している。いろいろな情報源からデータを見ているが、その度に特長がある。いまある医学会の名簿をお借りしてデータを拾い出している。これを見ていて感ずることは腕のいい医師はちゃんと情報を発信しているもんだということです。

1997.4.29
 自作DOS/V1号機のHDDがおかしいので2月頃より放っておいた。486のDXなのでWin95の立ち上げだけで数分要する。実はこのマシンにスキャナが付いているので動かさない訳にはいかないで、再度動かしてみた。結局HDDが壊れていた。このHDDは240MBで すが3年前は最高級品だったと思う。でも容量が足りないので630MBのHDDを追加してslaveにしていた。このslaveと置き換えた。ソフトのインストールなどはこれからとなる。なおこの頃のOSはE-IDEではないので540MB以上は使えない。それにPlug&PlayではないのでHDDのspecが分からないと使えないのです(^_^;)。

1998.1.7
 私はサラリーマンになってから30年間にいただいた名刺をデータベースに入力している。その数に比べてこのささやかなホームページの1年間のアクセス数の方が遥かに大きくなった。電子社会の威力を痛感した次第です。

1998.8.26
 毎日認定医のデータベースを入力している。そのdBASEで創っているファイルサイズが20MBを超えた。私が勤務先で最初に叩いていた(誰も使わずに遊んでいた)J-3100のHDDの容量が10MB。隔世の感があります。


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