
ジンバブエ通信 2002年11月
■ガソリン不足の危機!
ジンバブエ通信(2002年9月)でお伝えしたように、こちらでは基本となる生活必須食料は店ではほとんど手に入りません。でも、これらはそれなりのお金さえ払えば手に入れることが可能ですし、いざとなれば日本から送ってもらうことも可能です。
ところが私達にとって、今それ以上に困っているのが、ガソリンが手に入らなくなっていることなのです。こればかりはいくらお金があってもないものはないですし、日本から送ってもらうわけにもいきません。
これまたジンバブエ通信(2002年5月)でお伝えしたように、こちらに住む外国人にとって、車での移動はムタレですら必須と言わざるを得ないのです。
不足している原因は、新聞によると2つの説があります。
政府系の新聞によると、ガソリンは補給基地から通常通り出荷されているが、今後の値上げを見込んで、卸売りやガソリンスタンドなどが売り惜しんでいるとのこと。
また、反政府系の新聞によると、ガソリンの70%はあのガタフィー大佐のりビアから来ているが、代金が払えないために、契約が破棄されて原油が入って来なくなったとのこと。政府はもちろん否定しています。
ちなみにジンバブエの新聞は、政府系は代表的なものとしては日刊紙The Herald、反政府系は日刊紙The Daily Newsとはっきり内容が分かれているので、ニュースをなるべく正確に捉えるには、どちらも読んで真実かを検討(想像?)する必要があります。
理由はどうあれ、ガソリンがない事だけは確かなので、これを手に入れるためには、食料と同じように入荷した時に延々(時には半日も!)と車で並ばなくてはならないのです。
幸い、私のところでは妻がガソリン入荷の察知能力(単に運がいいだけ?)が高く、今の所なんとかゲットしています。しかし、今後のことを考えると非常に不安になる今日この頃です。
■6ヶ月ぶりの首都ハラレ
5月に就労許可を取りに行って以来、仕事の方が忙しくなかなかハラレに行く機会がありませんでした。今回、夫婦で久しぶりにハラレに行くことになりました。
携帯電話のライン(権利)を3つの会社に申し込んで7ヶ月待ちましたが、手に入れることができませんでした。こんな世の中ですから、緊急時を含めて日本以上に携帯電話は重要なのです。結局八方手を尽くして、なんとかハラレに住む日本人の方からラインを譲ってもらうことになりました。
実はこの一見単純な名義の書換えだけでも1ヶ月半の間、私は携帯電話の代理店に毎日のように通うことになったのですが、まあそれはここでは珍しいことではありません。今回はそのライン(メモリーカードに入っている)を受け取りにハラレに行くことになったのです。
それからもう一つの目的は買物です。買物大好き人間の妻は、ムタレでの買物では満足できず、数ヶ月も前からハラレでの買物を楽しみにしていました。
さてその買物ですが、ますハラレの中心部にあるイーストゲート・ショッピングセンターに行ってみました。ここは日本にあってもおかしくないよなとてもオシャレな近代的なショッピングビルです。
以前にも妻と行ったことがあるのですが、その時は妻は売っている服を見て「とてもこんなセンスの悪いものは着れない!」と非常にガッカリしていたのです。ところが今回はと言えば、明らかに目の色が変わり喜々として買物するではありませんか!
「これがいいね」と試着したスカートなどは、緑色な度派手な模様のもので、私は妻のあまりの変わりように正直驚いてしまいました。「日本人としてそれは一線を超えているから‥」と、さすがにそれは思いとどまらせました。これをおそらく現地化いうのでしょう。(笑) 日本に帰国した時がちょっと怖いものがあります‥。
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次に行ったのが、郊外にあるウエストゲート・ショッピングセンター。ここは広大な土地に私から言わせると、まるでディズニ−ランドのようにありとあらゆるお店が集中しています。はっきり行って、ここはとてもジンバブエとは思えません。ここにいる限り600万人が飢えの危機にあり、食べ物もなく、ガソリンを始めとしてありとあらゆるものが不足している国とは思えません。
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当然のごとく、私の妻などは目の色を変えて買物に励みました。幸いなことに金額に対する感覚もかなり現地化していたので、私達はなんとか破産することは免れました。
2002年11月24日(日) 雨季で土砂降り 自宅にて
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