
ジンバブエ通信 2002年9月
■「ハイパー 超インフレ」と「生活必需品不足」
こちらに来て一番驚いたのが、超インフレともいうべきすさまじいインフレと生活必需品の不足です。
赴任してからのこれまでの6ヶ月間だけでも、物の値段は少なくとも2倍以上に値上がりしています。(公式発表では、年間135%の物価上昇) 日本の石油ショックの狂乱物価の時が、確か年間10%ほどの上昇で、日本はパニック状態になったと思います。ところがジンバブエでは、その10倍から20倍のインフレが現在日常的に続いているのです。
値段の変化の一例をあげると以下です。
半年前 現在
米2キロ Z$300 Z$800
ビール(小ビン) Z$60 Z$120
チョコレート Z$30 Z$90
21インチテレビ Z$10万 Z$30万
パソコン Z$30万 Z$80万
(現在公定レートはZ$1=2円、ブラックマーケットでは、Z$1=0.25円位)
これは実際に生活しているとどんな感じかというと、買い物に行くたびに値段が上がっており、物の値段が安いのか高いのかさえも正常には判断できないといったことになります。また、物を買う前に値段を聞いて、そのお金を用意し翌日行っても、その値段で買える保障は全くないのです。すべての物が時価と言ったところです。
自衛策はとにかくお金があれば、物に変えておくことです。ですから、人々は何でも買いだめしているようです。コーンフレークを小型トラック一つ分買っているという、おそろしい光景をも目撃したことがあります。
物価の上昇に給料が伴って上がればいいのですが、給料の上昇は全く物価上昇に追いつきません。6、7割追い付く程度でしょうか?(失業率が公式発表で70%ですから、職がある人はそれだけで恵まれているのですが‥)
その結果、庶民の暮らしは、どんどん苦しくなる一方となっています。ちなみに、私のこちらでの給料も赴任した時から同じなので、半年で価値は半分以下になってしまったことになります。(^_^;
さらに困ったことが生活必需品の不足です。6ヶ月前でも既にジンバブエ人の主食であるサザの原料であるミルミル(トウモロコシの粉)、食用油、砂糖は店頭にはありませんでした。最近はそれに加えて、塩、パン、小麦粉までなくなってしまいました。私には、どうしてジンバブエ人が暴動を起こさないのか、不思議ですらあります。
塩がムタレからなくなった時はこうでした。7月のある日、朝のテレビのニュースでハラレで塩が不足してきたとのニュースが流れました。私は「塩も不足しているのか‥」などとのん気に考えていたら、その日、ムタレのあらゆる店では塩を買い求める行列が突如でき、夕方にはあれほどたくさんあった塩が全くなくなってしまいました。
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翌日驚いて、塩の話題を私の会社の既婚の女性社員にしたところ、彼女は笑顔と共に「10キロの塩をゲットしたよ」と満足そうに答えました。塩10キロと言えば、その家族3人で2年分くらいはあるのではないでしょうか? ますます物がなくなるわけです。
不足しているものが売り出されると人々は長い長い行列を作って何時間もかけて手に入れています。最近はその光景もめずらしいものではなくなりました。
ちなみに、最近子どもが生まれたうちのガーデンボーイですが、休暇までとって主食のミルミルを探しに行くのですが、最近は1日かがりでも見つからないとのこと。仕方なく、パン(一斤しか買えない)を買いに早朝6時には店に並んで、その日をしのぐという生活をしています。
また、手に入れた物を値段を吊り上げその店先の路上で売ることが日常的に行われており、それが一つの商売として確立しています。逆に言えば、その言い値を払えば、路上では不足しているものはないとも言えます。
インフレがひどいので人々が買いだめすること、物資を持っている会社も値上がりを見込んで売り惜しんでいることも物不足に拍車をかけているのは間違いありません。
超インフレや物不足の原因は、独立前から続く白人農場主との土地問題、それに伴う西側諸国からの経済制裁、20年来とも言われる昨年の旱魃などがあります。これらに関しては、非常に難しい問題なので、また機会があれば改めて触れたいと思います。
2002年9月21日(土) 晴れ 自宅にて
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