
ジンバブエ通信 2002年4月
■日本では不可能? 果樹園兼畑付の一戸建ての住まい
私の住んでいる家は、ムタレ*1では一応高級住宅街にあります。敷地は700坪もあって、庭にはよくわからない植物がたくさん植えてあり、裏庭はまるで果樹園兼畑です。果物は、ナチ(日本のみかんと同じ!)、オレンジ、マンゴー、パッションフルーツ、桃、ポポ(パパイア?)、アボガドなど、さらによくわからない地元のものもまだりあます。
今はナチとオレンジ、そしてポポの季節で「出荷できるほどあるぞ」と冗談を言っていたのですが、最近は食べきれなので本当に出荷し始め小遣い稼ぎをしています。毎朝収穫するナチとオレンジは甘くジューシーでまさに絶品。今までこんなおいしいものを食べたことがないほど。
畑もあって、今はこちらで一番一般的なコボというほうれん草を巨大にしたような野菜を栽培しています。これは野菜炒めにしてもよし、味噌汁に入れてもよし、おひたしにしてもよしで毎日重宝しています。最近は、日本の大根やニラ、白菜も植えました。
家の方は、築50年という年代物なので、常にどこかが壊れています。実際、始めてみた時は、まだ日本人の感覚で見ていたのでこの家に住むことがショックですらありました。
私達が入居してからの1ヶ月だけでも、水洗トイレの不具合、流しのパイプに巨大な穴、電気がショートして停電、バスタブ底のはく離、すべての部屋の床がガタガタ(修理中)、窓枠の漆喰のひび割れなどで、毎週のように修理を繰り返しています。不思議なもので修理を続けていると愛着が沸いてくるから不思議です。
部屋はリビング、食堂、台所、寝室が3つというものですが、リビングには年期の入った大きな暖炉があって、これがレトロ調で気に入っています。 ちなみにコテイジ(小屋)が裏庭にあるのですが、そこには使用人用の部屋が5つもあって、今の所ガーデンボーイ夫妻がその1部屋に住んでいるのみです。
*1 首都ハラレから東へ260キロ、モザンピーク国境の山に囲まれた町、ジンバブエで3番目の都市

■妻がお手伝いさんを使うため猛特訓
こちらでは、一戸建てに住むようなミドルクラス以上の家ではメイド(お手伝いさん)とガーデンボーイ(庭の手入れを行う人)を雇うのが当たり前です。「なんと贅沢な!」と思うかもしれませんが、洗濯機も掃除機もないし、庭なんて700坪もありますから、使用人がいないと肉体的、時間的にも家を維持できないのです。ガーデンボーイを雇う前は、私が庭の手入れをしていましたが、毎朝1時間と週末の二日間は確実に庭の草取りなどでつぶれました。
ところで、メイドとガーデンボーイを雇う事になって、こちらで親のように面倒を見てもらっている知合いのインド人(インド系ジンバブエ人世)に相談しました。すると「日本人は優しすぎて使用人の使い方をまったく知らなすぎる」とのことで、妻が1日彼らの豪邸でホームステイして猛特訓することになってしまいました。
そこで習ってきたことの主要なものは以下のようなことです。つまり使用人を信用してはならないというのが基本ですが、それなのに家の中で身の回りの世話をさせようとするから「さあ大変!」です。
・ 家の中の扉という扉にはすべて鍵をかけること。(冷蔵庫にまで鍵をする)
・ 使用人には物をけっしてあげないこと。(ミカン一個でもだめ、あげると逆に働かなくなるそうです)
・ お茶の時間のお茶は、最低の価格(100グラム8円位)のものにし、カップも最低の安物にすること。
・ 洗濯の仕方、掃除の仕方など、使用する道具を含めてすべてを細かく命じること。
・ 洗剤の量、窓を拭くときの新聞紙の枚数まで指定すること。
私の妻なんか、ホームステイしてきた当初なんて、ジンバブエ人不信に陥ってしまい、ノイローゼ気味になっていました。ちなみに使用人の給料は日本円だと月に1200円位で、この給料でどうやって暮らすのか不思議です。
このような周到な準備が完了すると、紹介してもらったメイドに対して、私達夫婦、それから付き添いとしてインド人夫妻が面接を行いました。ところが、このメイドが仕事を開始する約束の日になっても一向に現れません。どうやら面接の時に一緒にいたインド人夫妻に恐れをなしてしまったようなのです。
それもそのはず、インド人夫妻は私達を心配して面接の時、私が一言話すと夫妻がまるでマシンガンのようにメイドに厳重注意するものだから、そのすごさにびっくりしたようです。このようなわけで、私達にはいまだにフルタイムのメイドはいないという生活を続けています。
2002年4月28日 自宅にて
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