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 ジンバブエ通信 2004年4月

近くて遠かった国、モザンピークへ

■モザンピークへのプロローグ

 私達の住むムタレは、モザンピークとの国境の町です。家から国境までは、最短距離だとわずか5キロほどしかありません。出入国できるマチパンダ・ボーダーまでさえも、家から15キロほどなのです。
 
 日本でこちらに住むことが決まると、「これは頻繁に行くことになるぞ」と、すかさず観光案内を買って持参しましたが、ガソリン危機などのため、その機会は帰国が決まる二年の間まるでありませんでした。
 
 帰国が決まった今、そのモザンビークに行かないわけには行きません。というわけで、モザンピークと言えばやはり海、とびきりの海を求めて、アフリカでも有数の美しい海があるというバルザート諸島へ車で出かけることにしました。
 
 調べてみると、バルザート諸島にあるロッジは、ほとんどが一人一泊US200ドルもするような超高級ロッジ。さすがに予算的に苦しいので、今回は現地でSailawayという所がやっているDhow safari、つまり帆掛け舟サファリ(お得意の格安サファリ)というものに参加することになったのです。
 
 
■バルザート諸島への拠点、ビランクロスまで

○自宅から国境(15キロ、10分)− 両替にはご注意 −
 事前にムタレのモザンビーク領事館でビザ、そして警察で車のクリアランスの証明を取得。当日国境で、車の臨時輸入許可としてUS2ドル、保険にUS30ドルを払うと通過は非常にスムーズでした。
 
 国境を越え、モザンピーク側に入ると道にたくさんの両替人の群れが。私達は、そこでUS200ドルを両替したのですが、ここで事件は発生したのです。
 
 モザンピークの通貨であるメティカルは、現在US1ドルが23,500メティカル。つまり、US200はなんと4,700,000メティカルにもなってしまうのです。それを見たこともない、モザンビークの高額紙幣で、大勢の両替人のわけのわからない言葉の喧騒の中で渡された私は、すっかり舞い上がっていたのです。
 
 もちろん、やっちーにも「これでOKだよね?」とは確認はしました。その場を離れて、車で数分走ってから、やっちーがお金を確認すると、金額が全然足りないことを発見。すると彼女は、私が騙されたと猛烈に責めるではありませんか‥。私は「しまった!!」っと青くなり、タイヤを「キィー」っと鳴らしながら車を急ターンさせると、全開で国境に引き返したのです。
 
 冷静に考えてみると、両替人に50,000メティカルの束を100,000メティカルの束と勘違いさせられて、お金を半分しか受け取らなかったのです。なんと単純なトリック。我ながら、アフリカ初心者のようなお間抜けな話です。
 
 私は、その両替人はとっくに逃げているはずだと思っていました。けれども、ラッキーなことに両替人の仲間ら全員が、その当人の居場所を指差すではありませんか! 私はすかさず車を降りて、両替人の所に走りよると、ヤツの首根っこを捕まえて引きずり、思いっきり空手のパンチのポーズをしながら、鬼のように恫喝してやりました。これには回りの他の両替人も大喜び、皆で「もっとやれ!」とはやしたてます。
 
 「お金を全額返すから許してほしい‥」と、すっかりビビッた両替人からお金を回収すると、勇ましい恫喝とは裏腹に、これでやっちーの地獄の責めからも逃れられると、ほっと胸をなでおろす小心者の私なのでした。


○国境 -> マニカ -> チモヨ -> インチョペ (149キロ、1時間45分)− 壮観な景色
 国境からしばらくは、ジンバブエのイースタンハイランドとよく似た緑と山の美しい景色が続きます。道路もとてもよく、鼻歌混じりの快適なドライブです。モザンピークは、ちょっと前まで最貧国だった国ですが、ここだけ見ていると、豊かないい国だと思えるのでした。

○インチョベ -> チボマ (149キロ、2時間59分)− 悪路との激闘
 インチョベから南に下り、30キロほど行った所から、極端に道路の状態が悪くなりました。舗装道路はそれこそ穴だらけ。最初は穴をよけながら、なんとかスラローム走行しましたが、穴が多すぎてそれも不可能に。「こんなことなら舗装しないでくれ」と言いたくなります。そのうち舗装部分は避けて、それよりは少しマシな路肩のダートを走る羽目に。(左の写真はれっきとした舗装道路)
 
 私達の車は90年製の年代物のセダン。こういう時は、4WDがつくづくうらやましい限り。他のアフリカ諸国でも見たこともない最悪の穴ぼこ道が、延々と40キロも続くのでした。モザンビーク、侮るべからず!

○チボマ -> リオサイブ -> インハソロ -> ビランクロス (250キロ、2時間57分)
 この間は、ほとんど町らしい町はありません。インハソロまでは、ガソリンスタンドもなし。私のスタンドくらいあるだろうと言う当初の見込みは甘く、チボマでブラック・マーケットのお高いガソリンを買う羽目に。やっちーはここでも私の見込みが悪いと不機嫌に。だってそんな情報何もないのにねぇ‥。トホホです。
  
 それでも道路の方は比較的よく、時々現れる穴に気をつければ問題なし。一度などは、100キロ以上で走っていて、思いっきり道路の端から端までの大穴に突入、車の後輪が完全に浮いて、「車が壊れた!?」と冷や汗を流しました。
 
 やっちーと交代しながらの約8時間で、バザルート諸島の拠点となるビランクロスに無事到着となったのでした。


■ビランクロスで快適ロッジ生活

 ビランクロスで泊まったロッジは、アグイア・ネグラという中級ロッジ。それぞれの部屋がアフリカ風の茅葺コテージになっており、各ロッジから海と島々が見えます。

 帆掛け舟が行きかうビーチにもすぐ降りられるようになっており、私達は既にここの滞在でも大満足です。やっちーの機嫌の方もすっかり回復し、私もやれやれ。
 
 夜は、久しぶりのシーフードに舌鼓を打ちました。ところで、帰りにもう一つ夕食に行ったカサ・レックスというロッジもなかなか雰囲気がよく、こちらの海の見えるレストランでのシーフード料理は、私達にとってはレベルを超えたうまさがありました。
 
 これならば、シーフードを食べに南アフリカやナミビアまでも行く必要がなく思われ、「ムタレに一番近いシーフード天国はここだ」と確信した次第です。
 
 
■ダウ・サファリ − 手付かずの海を満喫! −

○マカルケ島
 初日、まずビランクロスから穏やかな海をダウで向かったのは、マカルケ島。バザルート諸島では小さな島。白いビーチ、透き通った海、帆掛け舟、なによりもこの手付かずの誰も人がいない景色は息を飲むものがありました。
 
 スノーケリングでは、たくさんの熱帯魚を見ることができましたが、珊瑚の方は今ひとつの印象がありました。



 ○ベングエラ島
 私達は、この島のガブリエルズ・ロッジというバザルート諸島の中では飛び抜けて一番安いロッジに3日間泊まりました。

 ここのコテージはまるで現地の人の家を思わせるシンプルさ。それでもシャワーとトイレも付いていたので一安心となったのでした。(右の写真はロッジ前からの夕日)
 
 食事の方は、ダウ・サファリの方が用意。イカのカレーなどが具がたくさんで結構おいしく満足。お得だったのは、このダウ・サファリの中に、釣りをしに来た南アフリカのおじさん達がいて、毎回のようにマグロやバラクーダが食事に出てきたことでした。さらに食事にカニが出た時は、一緒だったオランダ人のグループがカニは好きではないらしく、14人分のカニを私とやっちーで食べ尽くし、恍惚のカニ道楽状態になってしまいました。
 
 ところで4日目にこの島にある超高級ロッジ、ベングエラ・ロッジを探検してきました。そこはさすがに高級ロッジだけあって、設備も環境も申し分なし。スイートのコテージなどは、まさに究極のロッジとも言えるものでした。私達は、あたかも滞在者のようにレストランで飲み物を飲み、優雅な気分で極楽の時間を過ごし、隠れ滞在者となってしまったのでした。

○ツー・マイル・リーフ
 二日目にダウで行ったのが、ベングエラ島の北、2マイルにあるツー・マイル・リーフ。ここで私達は、スノーケリングでサンゴ礁と無数の熱帯魚を満喫。アフリカでの美しいサンゴ礁と熱帯魚と言えば、以前行ったことのあるザンジバルのブエニ島の海がありましたが、この海はそれに匹敵するのではと思われました。
 
○バザルート島
 3日目は海が荒れていたのでスノーケリングが中止となり、ダウで行ったのは、バザルート諸島最大の島、バザルート島の南端にあるDune。砂浜が山のようになっており、その山と緑の対比が見事でした。
 
 ただ、風がものすごくコンタクトレンズをしている私達にとっては、正直目が死ぬほど痛くとても見物どころではなかったです。
 

○ビランクロスへ − モザンビーク版 パーフェクト・ストーム −
 4日目、ダウ・サファリが終わり、名残惜しみながらビランクロスへと戻ります。ところが、天気の方が3日目から崩れ気味で、穏やかな海の方は一転して大荒れ。ベングエラ島からの3時間は、まるで回転ジェット・コースター状態。
 
 今にもダウが転覆するのではなかと思われるくらい猛烈に傾きます。もちろん、ダウには屋根も小部屋もありません。その度に海水は容赦なく襲い掛かり、風が当たり寒くて寒くてたまりません。
 
 必死にダウにしがみつき、悲鳴の中での悲壮感溢れる帰路となってしまったのでした。
 

■モザンビークへのエピローグ
 ビランクロスからの車での帰路の方は、一度知った道だけにかかった時間もだいぶ短縮できました。
 
 初めて行ったモザンビークの印象は、やはり南部アフリカではまだまだ一番貧しいというもの。しかし、それだけに手付かずの自然は、海を初めとして見所は多く、私はお薦めの国のリストに加えたいと思いました。また、観光地には南アフリカ人などの金持ちを対象としたロッジもあり、お金さえあれば、国際レベルの快適さを味わうことができます。
 
 さらに特筆すべきは、ポルトガル領だったことから、ジンバブエと違って料理のバリエーションが多く、味付けも実に豊富でおいしいことです。南部アフリカの食事の中では、ベスト1にも推薦したくなる料理でした。
 
 私達夫婦はもうすぐ日本に帰国しますが、「ぜひいつの日かまたモザンビークは再訪したい」と繰り返し話すのでした。


2004年4月18日(土) 晴れ 自宅にて
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