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ジンバブエ通信 2004年2月
■砂漠の中のビーチリゾート、スワコプムンド
エトーシャ国立公園の後の次の目的地は、ナミビア第二の都市のスワコプムンド。バスで3時間半ほど舗装道路を走り、荒涼とした大地が砂漠に変わると、スワコプムンドに無事到着。
スワコプムンドは、大西洋に面した砂漠に囲まれた小さな町で、15分も歩くとそこは砂漠しかありません。しかし、大西洋の影響で回りが砂漠なのにもかかわらず、この町は夏でも涼しく、まるで町全体に冷房が入っているように快適。しかも、ドイツ植民地時代の影響のため、ドイツ風のおしゃれな町となっています。
私達が泊まったCooke's House B&Bは、ドイツ人夫妻の経営で部屋が3つのみ。部屋はとても趣味がよくて素敵、気さくな夫妻はまるで友達の家に滞在したようにもてなしてくれました。(写真の右側がCooke's House)
○クリスマスはシーフード・バトル
さて、私達のここでの目的は、もちろんシーフード! 1年分のシーフードを補給しようと気合は十分。B&Bのオーナーの推薦のレストランに次々と行っては食べまくりました。なんと言ってもおいしかったのは、地元で採れる大西洋で育った生ガキ。特に大西洋に突き出した桟橋にあるオイスター・バーで、レモンやタバスコを垂らした生ガキとビールの組合わせは、まさに絶品でした。
カキは、3日間で20個目までは数えましたが、その後わからなくなってしまいました。前年は、南アフリカのナイズナというカキの産地で食べましたが、粒が大きくコリコリしていて、私はこちらのカキの方がおいしく感じました。
加えておいしかったのは、ちょっとお高いですが、ロブスター。それは巨大なもので、頭などは大人の握りこぶし二つ分、私はこんな巨大なものは見たことすらありませんでした。身はとても柔らかく、とてもジューシー。ハサミや足の部分までしっかりほっじくったので、ロブスターはあっという間に跡形もなくなってしまいまいした。
ところで、私の胃腸はやっちーのと違って繊細なので、ジンバブエのシーフード全く無しの食生活から、いきなり大量のシーフードとビール三昧の生活に移行したため、早くも2日目からお腹は悲鳴を上げました。それをなんとか気力で補い、おいしさと苦しさの中での「シーフード・バトル」となってしまったのでした。
○赤い海、ソルトワークス
スワコプムンドは観光地なので、砂漠ツアーを始めいろいろなアクティビティがあります。けれども、私たちが滞在したのはクリスマスとのことで、どこもアクティビティはお休みでした。
そんな時、スワコプムンドでエトーシャ国立公園に一緒に行ったハセガワ君と偶然再会。彼もアクティビティが見つからないとのことで、滞在していた宿のオーナーが気の毒がり、私達も一緒にフラミンゴで有名なスワコプムンドから南へ30キロのワルビス・ベイに連れて行ってくれることに。
スワコプムンドからワルビス・ベイへは、砂丘が海岸まで続くその中を走ります。私たちは既にこの海と砂漠のすばらしい景色で十分感動。
フラミンゴの方は季節が悪かったのか、ラグーンにはそれほどはいませんでした。やっちーは、なんとかフラミンゴと一緒に写真を撮りたいと必死に近づくのですが、近づくとそれをあざ笑うかのように、同じだけフラミンゴも移動。あせりは頂点に達し、必死に頑張ったわりには、満足できる写真とはならなかったようです。
それより驚いたのが、ソルトワークスと呼ばれる塩田の風景。ワルビス・ベイは南アフリカの塩のほとんどを生産するほどの産地とのこと。塩のできる過程で、海が赤や黄色などの様々な色へと変化していくとのことなのです。
生産中の塩は、それこそ巨大な真っ白な山。それを見学した後に行った先には、目を疑うような赤い海があるではありませんか! 海の水を舐めてみると、これが超塩辛い。海の淵にはクリスタルを思わせるような、片手でやっと持ち上げられるような大きな塩の結晶がゴロゴロ。
ソルトワークスは、一般の観光案内には載っていないのですが、このカラフルな海は一見の価値はある光景ではないでしょうか。
帰りは町から7キロ離れたDune7という砂丘を見に行ったのですが、この時は既に砂嵐状態。とても登ることは不可能。さらに帰りの道は視界が数mほどで、みるみるうちに道路が砂で埋まってしまうのには、恐怖を感じてしまいました。砂漠をなめるべからずです!
○クワッドバイクで砂丘を爆走! − 恐怖から快感へ
ワルビス・ベイの帰りに見つけたのが、砂漠でのクワッドバイク(4輪バイク)乗りです。実は私、学生時代からバイクが大好きで、日本では1100ccのライダー。バイクと砂漠を見た途端、昔の血が猛然と騒ぎ出してしまったわけです。
クワッドバイクは、普通のバイクのように傾けて曲るのではなく、ハンドルで曲るので慣れが必要。砂漠なので、ちょっと油断してアクセル開くとすぐ砂にはまってしまい、最初は私も梃子摺り気味。
砂丘の登りは、バイクが仰向けにひっくり返ってしまうのではないかという恐怖感、それに耐えて登りきり、ターンすると今度はジェットコースターのような下り。比較的平らな所では、どこまでも続く砂丘の中を、ギアをトップに入れてアクセル全開! このバイク、なんと砂漠を90キロものスピードで走ることができるのです。
しばらくすると、砂漠の砂丘の中を自由自在に上り下りする快感にすっかりはまり、その昔、東名高速道路を180キロのスピードでかっ飛ばしていた頃の命知らずの走りにすっかり戻っているのでした。(笑)
やっちーの方はバイクは初めての経験でしたが、初心者用のオートマチックギアのバイクもあり、運転は全く問題なし。彼女は、最初は「砂漠はラクダに決まりでしょ!」などと言っていたのですが、この砂漠の爆走で、その考えをすっかり変えてしまったようです。しまいには「砂漠ではバイクが断然おもしろい!‥」だとのことです。
■ナミブ砂漠ハイキング
○砂漠の格安キャンピングサファリ − 灼熱のキャンプサイト
スワコプムンドの夢のような滞在を終えると、ナミブ砂漠最深部のソススフレイへと、再度、格安キャンピングサファリで向かいました。
ところがエトーシャ国立公園の時と違って、スワコプムンドからの道路は未舗装。もちろん、格安キャンプなので車に冷房なんてありませんから、窓を全開で砂漠を走るわけです。これがもうたまりません! 砂漠の砂は用捨なく車内に吹き込み、走ってからものの10分もたたない内に、髪の毛は真っ白の老人状態。コンタクトレンズをしている私などは、走っている間は目も開けることができません。
6時間ほどでやっと着いた砂漠のセスリエムのキャンプ場は、一応、小さいながら店もバーもそしてプールもありました。けれども、なにしろ気温が半端じゃなく高く、直射日光なんて暑いを通り越して、ジリジリと痛みさえ感じるほど。
日中は、必死にそれに耐えるだけで精一杯。木陰ですら、溶鉱炉のような焼けるような熱い風が吹き込み、まるで灼熱の地獄。(写真はキャンプサイトの様子)
テントの中になんて太陽が完全に沈むまでは、とてもいられたものではありません。暑さに耐えかね、冷えたビールをお店で買って来るのですが、私達のテントに着く頃には、もう生温くなっています。
私なんか、少しでも涼しい所と、日中は日陰に駐車しているミニバスの屋根の上で、水分補給に生温いビールを飲み続けながら、まるでナミブ砂漠のスルメのような状態でした。
砂漠の格安キャンピングサファリは、季節をよく選んで、我慢強い人のみにした方がよさそうです。
○Dune 45、決死の砂丘登り
さて、早朝5時出発で、セスリエムのキャンプ場から45キロのところにあるDune 45と呼ばれる砂丘を見に行くことに。ここはナミブ砂漠でも有名な日の出のスポットなのです。
ミニバスは、40分もするとDune 45の麓に到着。回りは少しずつ明るくなってきています。驚いたことに、もうそこには数十台の車やバスがおり、ぼんやりと見える砂丘の稜線には、既に無数のアリが行列するように、たくさんの人が登っているではありませんか!
私もやっちーもさっそく、高さ150mの砂丘登りに取り掛かります。ところが、このナミブ砂漠の砂は、海岸にあるような砂とはワケが違います。まるで白粉のよう。砂丘の鋭い稜線を登るわけですが、その両側は鋭角に落ち込んでいます。その頂点を登るのですから、登っている人達は一列にならざるをえません。
そのため、一人でも登るのが遅い人がいると、その後ろを歩く全体の登りが遅くなってしまうのです。このままではここでの目的、日の出の砂丘を頂上からみることができないではありませんか。
私はやっちーがいることも忘れ、覚悟を決めると、稜線を迂回し斜面を斜めに歩いて、前の人達を猛然と追い抜き始めました。しかし、この粉のような斜面、ちょっとでも歩を緩めると、まるで砂時計の砂のように、ずるずると下に流されてしまうのです。下に落ちないようにするためには、下りのエスカレータを下から全力で登るように、とにかく砂の流れに逆らって、必死に登り続けるしかありせん。
ちょっと登ると、呼吸はまるで長距離走をしているように「ゼー、ゼー」と息が絶え絶えに。さらに悪いことには、粉のような砂は空気中に漂い、呼吸の度に容赦なく喉にへばり付くのです。おまけに靴の中にはこれでもかというように砂がつまり、まるで鉛の靴で登っているよう。
徐々に明るくなっていく中を、死に物狂いで何百人もの人を追い抜き、ほとんどトップとなって頂上付近に到着。日の出には余裕で間に合いましたが、トップ到着の代償はひどいものでした。喉と肺にこびり付いた砂のため、それから30分以上も喘息のようなセキが続くことになり、猛烈なセキと涙目と鼻水の中で、夢にまで見た砂丘鑑賞となってしまったのでした。
ところで、回りの砂丘は、日が昇るにつれて色が黒からこげ茶、そして赤茶へとドラマチックに変化してして行きます。そして日が当たっている部分と影の部分の直線やその見事な曲線のコントラストは、この世のものとは思えず、登った苦労が一気に報れてしまうのでした。
○ソススフレイ
Dune45からさらに奥に15キロほどのところが広大なナミブ砂漠でも最奥部と言われるソススフレイ。最後の4キロは、4WDの車か自力で歩くしかありません。もちろん、私達の目的はハイキングですから、4WDには目もくれず砂漠の中を歩き始めました。
4WDでもスタックしてしまう砂漠ハイキングは、まだ午前中なので意外に涼しく、砂丘に刻まれている風紋や様々な形の砂丘を見ながらのもの。ここでしか経験できないすばらしい景色が続きます。砂丘に見とれながら、あっと言う間の1時間ほどで、4WDの終点に到着です。
私とやっちーは、さらに奥の砂丘郡を文字通り体験するために、高さ300mもの砂丘郡の中に繰り出しました。この砂丘にはさすがに来る人も少なくなっているので、手付かずと言うか、誰の足跡もない自然の作る見事な砂丘がどこまでもどこまでも連なっています。
まず見晴らしが良さそうな砂丘を見つけると、その急な斜面を鬼のように頑張って稜線まで上ります。その稜線に自分の足跡を刻みながらのハイキングは、なんとも言えず気持ちのいいもの。私とやっちーは交代で先頭を歩きながら、稜線に延々と足跡を刻み続けていくのでした。
■ナミビアへのエピローグ
ナミビアは、私達が予想していた以上に観光地としても、そして買い物をするにしても、食事をするにしても、治安もよく抜群にすばらしい国でした。やっちーなどは、ナミビアを出発してジンバブエに到着するまで、「絶対帰りたくない!」と念仏のように繰り返しておりました。
ところで、ジンバブエに着いて真っ先に目に付いたのが、ナミビアでは見る事ができなかった圧倒的な緑の豊富さ。私達が留守にしている間に、ジンバブエは雨が多かったらしく、平野も山もそれこそ緑だらけ。
私などは、「ジンバブエの自然の豊かさだけは、どんなに経済が破綻してもアフリカではトップクラスなんだぁ」と、感慨深いものがありました。これだけは、ナミビアがどんなに頑張っても手に入れることができないもので、ジンバブエの底力こそ、この豊かな自然なのだと再認識した次第です。
2004年2月14日(土) 6時30分 曇りの自宅にて
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