ライン

 ジンバブエ通信 2003年2月

■天空の王国、レソトへ

 レソト王国は東西南北を南アフリカに囲まれた、国のほとんどが標高2000m〜3000m、人口2百万あまりの小国です。ほとんど観光地らしいものもない所なのですが、実は何を隠そうレソトは私の大好きなトレッキングのメッカなのです。

 今回の年末休暇では、妻の希望を聞いてショッピングとグルメを中心にしましたが、一つだけ私のリクエストを取り入れたのが、このレソトでのトレッキングなのです。しかもレソトのトレッキングは、私も経験したことがないポニー・トレッキングが有名とのことで、大変楽しみにしていました。


 ケープタウンから夜行バスにて自由州の州都であるブルームフォンテンまで1000キロを移動し、早朝6時に到着。ブルームフォンテンからは、庶民の足の定員オーバーのミニバスで国境のウェプナーまで1時間半の移動。(ちなみにバスが乗客を待ち、走り出すまで1時間半ほどのバスの中で待機) 

 国境を徒歩で越えると、マフェテン、モツェオカ、そして目的地のマレアレアにあるマレアレア・ロッジまでミニバスを乗り換えながら移動し、午後2時頃に到着することとなりました。 


■マレアレアロッジ − エコ・ツーリズム

 さっそく、白人オーナーに部屋はあるかと尋ねると、100人以上も泊まれるはずが、年末なので予約で一杯とのこと。 「台所の床でいいなら‥」というので、選択の余地なくそれでOKすることに。(マレアレアには他に泊まる所なし) それでも予約客が来るまでという事で、バックパッカー用の部屋を使わせてもらうことに。

 翌日のトレッキングは、ロッジが以降も予約で一杯だとのことで、日帰りの予定を急遽泊りがけのものに変更することに。私としては、これはうれしい変更なのですが、妻の方はやや不満そうです。

 このロッジは、マレアレアの村と共存を目指しているとのことで、ポニー・トレッキングは村人達が運営していおり、このロッジに来る人々のおかげで、この村は他の村に比べて大変潤っているようです。いわゆる、今流行のエコ・ツーリズムとでも言うのでしょうか‥。私にはこれは下手な援助なんかよりよっぽど村起し、村人達の自立につながっているように思えました。


■ポニー・トレッキング1日目 − 馬との格闘

 朝9時、ポニー・トレッキングの開始。ポニーとは名ばかりで、それは立派な馬。私も妻も馬に乗るのは初めての経験。ガイドに説明すると、「なんの問題もない」とのこと。きっと、初心者だから乗り方やら注意やらをするのかと思いきや、さっさと荷物運搬用の馬に荷物を積み込むと、合計5頭の馬でトレッキングが始まったのでした。

 私達の馬は勝手に歩き出しますが、どうやって曲がるのやら止まるのやら不明。ガイドに尋ねると手綱をその方向に引くだけだとのこと。でも、馬はそんなことはほとんどおかまいなし。妻の方は私よりも苦労しているようで、馬は申し訳程度にノロノロ歩いては道端の草をのんびりと食べています。

 そのうち道を歩いていたおじさん(私はこの人も私達のガイドだと思っていた)が、しばらくの間、妻の方の馬の手綱を歩きながら引いてくれることになり、やっとなんとか前に進めるようになったのでした。

 最初はほとんど景色を見る余裕はありません。そして、ちょっと「慣れたかなぁ」と思ったら、いきなり急な渓谷を数百メートルも下ることに。これを見た時はさすがに、「やばい‥」と顔が引きつってしまいました。

 さらに渓谷の下には、幅が200メートルはあるかと思われる立派な川があるではありませんか。ガイドによると、この川を馬で渡るのだという。「それはちょっと無謀では‥」と再び私達の顔がひきつりました。

 ガイドの後を私が、そしてその後を妻が川を横断します。川の浅い所を選んで横断しているのですが、水は馬のお腹のところまでも達します。必死で川を渡り終わり、妻はどうかと後ろを振り返ると、妻の方は川の真ん中で立ち往生しているではありませんか! 必死に奮闘しているのですが、全く進みません。助けに行くこともできないので、ただ見ているだけです。やっとのことで横断した妻の顔は、私に対する怒りで一杯でした。

 3時間ほどで、やっと昼休憩になり馬から降りてほっと一息です。ところが、妻の方の怒りはすでに限界を超えているようです。「おしりが痛い、疲れた、暑い、馬なんて嫌いだ、帰りたい‥」 すばらしい景色も堪能するどころか、私は妻をなだめるのに必死ということに‥。


■ポニー・トレッキング1日目 − 小屋から滝壷へ

 午後3時半、やっと目指す村に到着です。私も妻もヘロヘロ。私達が泊まる所は、他の村の人達が住んでいるものと似たような小屋で、村の一角にありました。 しばらく休憩すると、その村の先にある滝をガイドを雇って見に行くことに。

 1時間ほど歩いた所にある滝は、それほど大きいものではありませんが、滝壷がとてもいい感じ。私達にとっては、それはまるで露天風呂です。疲れた体に冷たい水は最高。体を洗い、服まで洗濯するとやっと生き返った気分。妻の方もやっと機嫌が直ったようで安心しました。

 夕方になると、ご近所の家(小屋?)巡りをしました。この村では料理は庭の焚き火でして、できあがるとその焚き火を囲んで子どもや大人が入り混じり、賑やかに食事をしています。

 子ども達はぼろぼろの服を来て、裸足で、しかも鼻水いっぱいですが、夕日に映える彼らの顔は本当に生き生きしています。日本では、今時こんな生き生きした目の子ども達は見ることができないのではないでしょうか‥。

 さらに夜がふけると、どこからともなくアコーデオンの音色が聞こえてきました。驚いて見に行くと、それは私達を滝まで案内してくれたガイドではありませんか。彼の周りには村人が集まり、のんびりと音楽を聞いています。その音楽は、単調な数節のメロディーだけで、彼はそれを飽きることなく、これでもかと言わんばかりに延々と、夜中まで繰り返し繰り返し弾き続けるのでした‥。


■ポニー・トレッキング2日目 − 妻が別人に

 妻はまた6、7時間も馬に乗るのかと朝から憂鬱そうでした。ところが、この日は馬に慣れたため、お尻も痛くならないし、馬の方も私達の言うことをだいぶきくようになっていました。妻は、昨日は「馬なんか大嫌いだ!」などと言っていたのに、今日はまるで別人です。

 なんと、さっそうと髪をなびかせながら、軽快に走り回るではありませんか。山、谷、そして川を越えてロッジに戻る頃には、妻は馬大好き人間にすっかり変貌していたのでした。そして、最後に言った言葉は、「ポニー・トレッキングって、とっても楽しい!ジンバエに戻っても乗馬を続けよう!!」でした。


■年末の休暇へのエピローグ − ジンバブエの仕事人

 レソトの首都、マセルでマカオ出身の中国人のレストランで、中国料理を満喫すると、ヨハネスブルグで最後を買物を済ませジンバブエへと戻りました。


 ところが、年末休暇を楽しんでいる間に、留守宅は夜盗に侵入されていたのでした。(同じ時期に近所だけでも3件が被害に) 手口は、塀の金網部分を切断し、私には絶対不可能だと思われるベットルームの小窓をこじ開け、窓の鉄格子をはずし、押入れの南京錠を壊し、チェーンでぐるぐる巻きにしていたスーツケースをこじ開けての犯行でした。

 結婚指輪を始めとして、妻の装飾品を中心にかなりの物を盗られていました。私達にとってはこれでもなけなしの一財産。南アフリカは泥棒が多いからと、大事なものを置いていったのが、敗因でした。

 その手際のよさは驚くべきもので、こじ開けた鉄格子やスーツケースは、そのまま使えるほど。さらに装飾品や時計なども盗まれたのですが、安物と高価な物でも重い物には手を出さないという大胆不適な犯行。それもこれだけのことを警報器が鳴って、警備会社の車が駆けつけるまでにやってのけるという手際のよさなのです!

 犯行後の部屋の中も、いつも以上に整然としていました。ふだんの一般的に手際の悪い不器用なジンバブエ人を見慣れている私には、「敵ながらアッパレ!」「悔しいけど、ここまでの仕事人では今回は仕方ないか‥」とまで思わせるものがありました。

 ちなみにこちらに住む日本人の中には、「犬と警備員がいるのに、寝ている間に寝室以外で家中の物をほとんど盗られてしまった」とか、「寝ていた寝室から物を盗られたが、翌朝しばらく気がつかなかった」という話まで聞きます。私に言わせれば、それだけの技と能力あれば、まっとうな職業でも大成するに違いないのですが‥。

 ところで、留守宅の方のセキュリティはすぐ強化したことは言うまでもありません。けれでも、敵はプロの必殺仕事人。私達の戦いは、ジンバブエを離れるまで果てしなく続くのです‥。


2003年2月16日(日)11時45分 快晴の自宅より
トップ アイコン
戻る
ライン