アフリカ体験 (ウガンダ編) - 6
-- 青年海外協力隊 任国外研修旅行 --
■エンテベ空港へ
ナイロビ行きの飛行機は朝の6時半にエンテベ空港をを立つ。その少なくとも1時間前には空港に着いておきたいので、最後の夜はエンテベの町に泊まることにした。 エンテベに着くとホテルを見つけ、翌日早朝の足を確保することした。まずホテルの フロントに尋ねると、「早朝でもタクシーが走っているから心配するな」とのこと。 一人だけの確認ではでは不安なので、 町に出て何人かに聞いてみた。 皆口を揃えて 「大丈夫だ」という。私は安心して眠りについた。
翌朝4時、ホテルの人も起きていないのでドアを開けてもらうために起こした。そ こから真っ暗な中を空港へ通じるメイン道路に出て、しばらくの間タクシーを待った。 しかしタクシーどころか車さえ走っていないではないか。10分ほど待つとさすがに不安になってきた。といっても車で行くか、歩いて行くしか方法はない。確か車で、10分から15分ほどの距離だったような気がする。私はしかたなく真っ暗な中を早足で歩きだした。
そのうちタクシーがやってくるだろうと思っていたのだが全く来ない。もしかして空港まで歩かなければならないのだろうか…。とんでもないことになったと思いながら足を進めた。しばらく歩くと道の右側は高さ数メートルもある壁である。これは軍事空港を隠すためのものである。直線で行けば空港は近そうであるが、軍事空港があ るため道は大きく迂回しているのだ。相変わらず車は通らない。国際空港で国際便が出発するというのに、私は信じることができなかった。そのうち蚊のような細かい虫 の大群に遭遇した。私は虫の大群をかき分けながら進んだ。
そうこうしているうちにもう5時である。あと何キロあるかわからいところを歩くのは不安なものだ。時間は刻々と過ぎていく。仕方がないとは思いつつも「タクシーは必ずある」と言ったウガンダ人に無性に腹が立ってきた。それにしても、エチオピアでさえ国際空港には、飛行機が飛ぶ前後には確実に交通機関がある。私は文句をいいながら黙々と歩いた。
それから30分もたっただろうか、やっと数台車が通り始めた。私は必死で乗せて
くれように合図を送った。しかし完全に無視である。いよいよ時間との戦いである。すでに私の歩調はジョギング並になっている。臼明かりの中に霧で霞んだビクトリア湖が見えてきた。どうやら虫の大群は湖からやってきているらしい。
私は必死で駆けた。息が切れ汗で体中がびしょびしょである。けれどもそんなこと
に構ってはいられない。私がなんとかよろめきながら空港に着いたのは6時少し前で
あった。
急いでパスポートコントロールを抜け税関を通る。すると私がタクシー代にとっておいたウガンダシリングが見つかってしまった。ウガンダではシリングは持ち出せないのだ。タクシーにも乗れず、ここでお金も取られるなんて私には絶対許すことはできなかった。
「どこかお金を使えるところは?」と尋ねた。朝早いので唯一開いてい
るのはレストランのみとのこと。私は一度通ったパスポートコントロールを引き返すとレストランに駆け込んだ。
フライトまであと30分しかない。 「何がすぐできる
か?」と聞くと、飲物しかないそうだ。私は値段の高い方のビールを注文してすかさず飲み始めた。まず立て続けに3本ほど飲む。胃が急激に膨張するのがわかる。そしてさらに無理矢理3本。いつもはせいぜい時間をかけて2本程度しか飲めない私であるが、必死になればなんとかなるものである。
私はお金を使いきり税関に戻った。税関の職員たちは、真っ赤になってふらふらになっている私を見てあっけにとられてい
る。私は勝ち誇ったようににやりと笑い「お金はないぜ」と伝え、税関を抜けたのであった。
飛行機に乗り込んでからの記憶は、泥酔状態だったので残念ながらほとんどない。 しかし、ナイロビには無事に到着し3週間の任国外研修旅行は完了したのであった。
ウガンダ編 完
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