アフリカ体験 (ウガンダ編) - 5

         -- 青年海外協力隊 任国外研修旅行 --


■ナイル川源流の町、ジンジャ

 ナイル川の源流という響きは、以前から私の興味を掻き立てていた。それはナイル 川が世界第2位の長さを誇ると言うだけでなく、この川が流域に壮大なエジプト文明 を生んだからである。

 思い起こせば、青ナイルの源流のあるエチオピアにいた時も、 ぜひエチオピア人が自慢する滝のある源流を見たいものだと思っていたが、内戦のた め北部に行くことは不可能であった。それならば、今こそ残る一方の白ナイルの源流を見ようということで、私は一度カンパラに戻りそこから乗合タクシーでビクトリア湖畔の町、ジンジャを目指した。

 カンパラから東へ2時間程で夕闇の中をウガンダ第2の町、ジンジャに到着した。 ホテルは簡単に見つかった。ジンジャはウガンダを代表する工業都市で、オーエン・ フォール・ダムがありケニアに大量の電力を輸出しているのであるが、なんとこの日 も町は停電なのである。ウガンダにはこの日で5泊目であったが、まともに電気のあ った日は一度もない。私は蝋燭の明かりが一本だけ灯るホテルのパブで、生ぬるいビ ールを飲みながら思わず首を傾げてしまうのであった。

 翌日、さっそくジンジャを見て回ることにした。ジンジャでは自転車タクシーが一般的な交通手段である。そこで私は一日、自転車タクシーで回ることにした。このタクシーは荷台にしっかりクッションがついているので、乗り心地は思ったよりずっと いい。スピードもゆっくりなので、近距離の観光にはぴったりである。

 私はまずナイ ル川の源流に行くことにした。ジンジャの町はイギリスふうで古びているがなかなか きれいである。アミンが実権を握るまでは、インド系の人が多かったらしいが、今は まったく見られない。自転車で移動していると緑がたいへん多く、湖からの風がとても気持ちよい。この環境ならば、日本でなら別荘地としても十分通りそうである。

 町を通り抜けるといよいよナイル川源流である。そこではビクトリア湖から、幅数百メートルの大きな流れがゆっくりと流れていた。私が源流という言葉に持っていたせせらぎのようなものでは全くない。日本で言えば、一級河川の河口のような大きな 力強い流れである。これ位の水の流れがないと、おそらく砂漠を越え流域を潤すこと はできないのだろう。目の前の流れがウガンダ、スーダン、そしてエジプトを通って 地中海へ注ぐのかと思うと、感慨深いものがあった。

 少し下流のダムができるまでは、この近くにナイル川最上流の滝があったらしいが、 今は水の中である。ということは、ダムがこの九州の2倍あるというビクトリア湖の水位を上げたということである。私にはその量が幾らあるのかは、まったく想像ができなかった。

 ところで源流の近くに、なにやら難民キャンプを思わせる集落があった。よく見る と掲示がしてあって、写真撮影は禁止と書かれている。なんだろうと思って運転手に尋ねると、それは驚いたことに今だにアミン側の人々を収容している所なのだそうだ。

 次に行ったのはオーエン・フォール・ダムである。その近くは小高い丘になっていてビクトリア湖とダムから流れる落ちる大量の水が見えて、すばらしい眺めだ。ナイ ル川にはいくつか大きなダムがあるが、これが最上流のダムである。しかしここには兵隊が銃を持って警備をしており、 撮影は禁止である。 試しに「写真を取っていいか?」と兵隊に尋ねたが、やはり駄目であった。

 そう言われるとますます写真を取り たくなるのが、人間というものだ。そこで私は、こういう時のために日本から持って きた秘密兵器、パノラマ用の使い捨てカメラを取り出した。ウガンダ人がこれを 見てカメラとはまず思わないであろうし、万が一見つかって取られても損害は少ない。 まさかいきなり撃ちはしないだろう。私は兵隊から2百メートル程離れ、なに食わぬ 顔でバックからカメラを取り出し、手の中で隠しながらお腹のあたりで構えた。一瞬 緊張が走った……が、なんとか作業は完了した。

 そこからさらに下流の方へ向かった。道はアップダウンがあるので、さすがに運転手はきつそうである。そこにはブジャガリ滝というのがある。この滝は高さはさほどではないのだが、7つ程の滝がありその水量たるや近くにいるだけで流れに巻き込まれそうだった。その勢いはまるで水に命があり、その生命力でもって滝が内側から盛 り上がってくるようなすさまじさだ。

 この近くでは、滝の轟音の中で地元の人は自転車を洗ったり、水浴したり、水を汲んだりしてのんびりと生活しているのであった。


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