アフリカ体験 (キリマンジャロ編) - 7

         -- 青年海外協力隊 任国外研修旅行 --


■夢のアフリカ最高峰、ウフルピークへ(5685-5895m)

 火口の縁を一路頂上を目指して登る。残すところ標高差は約200mである。徐々に夜が明け周りが明るくなってきた。それにつれて私が今巨大なクレーターを伝うようにして登っているのがわかってきた。反対側の縁にはどうやら氷河らしきものも見えてきた。なんとか日が昇る前までに着きたいので、私の歩けるトップスピードで歩く。もうここまで来たら休憩などいらない。装備のことも寒さのことも何もかも忘れ、ひたすら歩を進めた。

 ギリマンズピークから約1時間ほどして、比較的平らなところに出た。あたりを見渡すとこの辺が一番高いようだ。サファエリに「ここがピークか?」と尋ねた。「もうすぐだ」と彼は答えた。さらに5分ほど歩くと臼明かりの中に何やら旗らしいものが見えてきた。もしかしたらピークかと思い、私はサファエリを追い抜いて駆け寄った。数本の旗のもとには木箱と銅版も見える。

 サファエリが「ここがピークだ」と指さした。ついに来たのだ! 私は思わずサファエリと両手で固く握手をした。なんとも言えない満足感が私を包む。ついに登りきったのだ。ここがアフリカ最高峰(5895m)なのだ!! 今アフリカで一番高いところにいるのが自分だと思うとなんとも不思議な気分である。植村直己も立ったこの地に自分もいるのだと思っただけで感無量だ。思わず空気が薄いことも忘れ、そこいら中を駆け回ってしまった。

 一息入れるため、リュックに入れてきた水を取り出した。水はシャーベット状になっていて飲めないほどである。サファエリとともになんとか溶かして水を飲む。少し落ちつくと木箱を開け中のノートを取り出した。ボールペンで自分の名前を書くのだが、余りの寒さのためボールペンのインクも固まってうまく書けない。これまた暖めてやっとのことで書くことができた。

 まもなく少しずつ東の空がオレンジがかってきた。どうやら下の方は一面見渡す限りの雲海のようである。すぐそばには切り立った山頂を持つマウエンジ峰、遠くには山々が雲海の中からまるで島のように浮かび上がって見える。

 空はオレンジ色からピンクに近い色へと変わっていく。その中を雲を突き抜けるように真っ赤な太陽が姿を現してきた。それにつれて周りの景色もはっきりしてきた。

 まるで命を取り戻したかのように、雲、氷河や雪、そして山々は一斉に輝きだした。太陽がキリマンジャロに、そしてアフリカ大陸に命を吹き込んでいるように感じられる瞬間だった。

 真っ赤な太陽、頭上の青い雲、透き通るように青白く林立する氷河、そしてきらめく雪が繰り広げる大パノラマは、今までの辛さをいっぺんに忘れさせてしまうものであった。


 キリマンジャロに立った今、 私の心はキリマンジャロとともにアフリカ三山と呼ばれ、 美しさから言ったらキリマンジャロ以上というケニア山(5199m)に向かっているのだった。私はケニア山にも必ず登ることを太陽に誓った。


■一路下山

 帰りは競歩かと思わせるようなハイスピードで下り始めた。 ホロンボハット(3729m)まで頂上からなんと4時間弱で下山した。 特にキボハットまでは、サファエリのまねをしての斜面を一気に直滑降で駆け降りたのだからたまらない。火山レキは私のふくらはぎまでくるほどで、スニーカーはぼろぼろになるし、膝はガクガクになりハットに着いたときにはまるで病人のようになってしまった。サファエリとポーターはその日のうちに登山口のマラングゲートまで行きたがったが、私はもう限界であったので半分泣き顔で断った。

 5日目に無事にマラングゲートに到着したのだが、足の方は下りの無茶がたたり歩くのもやっとの状態となってしまっていた。なんとか麓のモシという町のYMCAへたどりつきしばしの休息を取ることにしたのであった。(実際は数日間も部屋からも出れないようなひどい状態でした)

                          キリマンジャロ編  完


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