アフリカ体験(ケニア編3) - 6

          -- 青年海外協力隊 --


■アカシアの中のキャンプ地

 I先生のキャンプは、幅が80メートル程の枯れた川のほとりのアカシアの木の中にあった。中央には食事などをするための大きなテント、それを囲むように寝室と なる小さなテントがいくつもある。思ったより暑くないのは、キャンプのほとん どがアカシアの木陰になっているからだ。キャンプの奥にある煮炊き用の炉は、 長年の発掘生活を物語るように灰が40センチも固く堆積して盛り上がっていた。 そ して、キャンプのあちらこちらにはここで雇われている現地のツルカナ族の男達 が、のんびりと働いていた。  キャンプの様子は「キリマンジャロの雪」という映画で見た光景によく似てい て、私はこのキャンプがすっかり気に入ってしまった。

 このキャンプには、半年以上も新しいベースキャンプとなる建物を建てるために、日本人としては一人Mさんが働いていた。現地のツルカナ族を使って、コンクリートの建物を、ケニアでも最も未開の地に建てたのだから、その苦労は並み大抵のものではない。

 もちろん、Mさんはケニアに来たときは、スワヒリ語も話 せなかったわけである。話せたとしても、ツルカナ族はスワヒリ語を満足に話せない人も多い。私の目からは失礼ながら、小枝などで作った小屋にも見えないも のに住む人々である。彼らは、原野の生活やラクダを飼わせたら一流だろうが、 コンクリートの建物は私達にとっての高層ビル以上のものがあったのではないだ ろうか。

 けれども、それらの人々にコンクリートでブロックを一つ一つ作る作業から教え、まるで教会を思わせるような縦30メートル、横20メートル程の白亜の建物を作ったのである。私は教育を受けたアフリカ人と仕事をしていたわけだが、それですら日本では考えられないような問題に数々直面した。それを考えると私にはこの建物 が、グレートリフトバレーに出現した奇跡にも思えた。きっと、何度も何度もこ こから逃げ出したくなったに違いない。それを成し遂げたMさんは、自信に満ちて何とも大きく見えた。

 Mさんからは、ここで紹介しきれないほどいろいろな話しを聞いた。

 ツルカナ族の男達はは、なかなか働いてくれないこと。ツルカナ族の風習では、 働くのは、元々子供の仕事なのだそうだ。その間、おとなの男達は昼寝しているのだそうだ。

 材料が手に入らず、何週間も作業がまったく進まなかったこと、材料を買ったのはいいが、品質が悪くだまされたこと。

 ソマリアの兵隊崩れが、キャンプの近くまで攻めてきて肝を冷やしたこと。

 日本人は何でもできると思われているので、ある時は医者、またある時は呪い 師となり、今では病人が列を作るようになってしまい仕事が増えてしまったこと。

 建物が完成する少し前、一緒にずっと働いて一番信頼していた棟梁が、マラリアにかかり夜中に車を飛ばし病院まで連れていったのだが、残念なことに亡くなったこと。この時ばかりは助けてやれなかったことが悔やまれ、落ち込んでしま ったそうだ。

 私はアフリカでMさんをはじめ、日本ではなかなか会えないようなバイタリティ に富み、タフで物怖じしない、いい意味で変わった日本人に何人も出会った。今思えば、アフリカの大地こそが、そのような人々を鍛えあげたような気がするのである。


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