アフリカ体験(エチオピア編4) - 1

          -- 青年海外協力隊 --


■ ナザレスと保養地ソドレ

 カウンターパートのティラフンと前から約束していた彼の友達の住むナザレスに行く事になった。当日、ラガール(駅)に近いバスステーションで待っていると、遅れること1時間弱ティラフンが職場でも見た事のない一丁羅のスーツを着て現れ、私は思わず目を疑ってしまった。どうやら私がカメラを持って行くのを知っていたので、精一杯おめかしして来たらしい。彼はいつにもまして真剣であった。

 ナザレスはアジスの南100キロほどにある。町はこじんまりとしていて、エチオピアの地方都市にしては静かできれいなところである。ここにはタクシーというものはないので、その代わりにガリという一等だての馬車が走ってなかなか情緒がある。

 目指す友達の家は、長屋の中の一部屋であった。そこにはティラフンの大学時代の同級生のマスファンとその妹で高校生のマスカラムが住んでいた。彼らは私たちが着くとさっそく大歓迎してくれた。

 彼らの家は10畳ほどで、その中にベッドが一つとテーブル、椅子などがあるシンプルなものだが、エチオピアの標準よりはかなりいい部屋である。コンクリートの床には一部ゴザのようなものが敷いてあり、その上に横になってくつろぐ。さっそく彼らの陽気なマミティ(お手伝いさん)がブンナセレモニーをしてくれた。

 私たちが来たという事を知り近所の人も次々に現れ、部屋の中はだんだん賑やかになっていった。こういう時は彼らはチャットという覚醒作用のある葉を噛んでリラックスする私もそれに加わった。

 話題は彼らの学生時代の事から、日本の話から様々である。音楽はもちろんエチオピアの音楽で、ブンナセレモニーの時はこの哀愁のある音楽が一番である。盛り上がってくるとティラフンが各部族の踊りをひょうきんに踊り始めた。私は花傘踊りで対抗した。

 夜はわざわざ私たちのために、エチオピアの最高のご馳走であるドロ(鶏)ワットを用意してくれた。直径50センチ程の皿にインジェラを何枚も敷き、そのうえにドロワットを注ぐ。みんなでゴザの上でまるくなり同じ皿から手でインジェラをちぎっては、ドロワットを包み食べる。日本の鍋と同じで人数が多いとこれがますますおいしい。

 エチオピアでは、お客さんには自分が掴んだインジェラとワットを歓迎の意味を込めて食べさせる。私は次から次へと食べさせられ、ついには悲鳴をあげてしまった。

 翌日の朝、私たちはここから40キロほど離れた保養地ソドレというところに行く事になった。それからが大変である。写真をソドレで撮らなければならないというので、ティラフンはシャワーを浴び始めたが、それがなかなか終わらない。やっと出てきた頃には、自慢の褐色の肌がふやけて白くなっていた。私はその彼を見て大笑いしたが、彼は真剣である。次に「髪に付ける油がほしい」との事だったが、私はあいにく持っていなかった。するとなんと私が持っていたシャンプーを油代わりに付け、すっかり満足した様子であった。

 マスカラムの方は、前日から巻いて準備していた髪のセットで大忙し、服はあれでもないこれでもないと自分の持っている全ての服を何回も着替えた。マスファンは私に散髪を頼んできた。彼らは日本人は何でもできると思っているので、断る事はできない。髪はとにかく堅いので、満身の力を込めて切りまくった。日本人に散髪してもらったという事で彼は上機嫌であった。結局みんな準備ができるまでなんと半日もかかってしまったのである。

 ソドレは、エチオピア唯一といってもよいほどのエチオピア人の保養地である。ここには温泉があるのでプールやスチーム風呂などがあり、宿泊施設も整い庭も整備され大変のどかな所である。保養地内はエチオピア人の家族連れでいっぱいで、平和そのものであった。

 驚いた事に日本で言う露天の打たせ湯まであった。私はすっかりうれしくなり、さっそく打たせ湯に浸かった。エチオピアで打たせ湯に浸かるなんて、もう極楽である。そして湯上がりのビールは、自分がエチオピアにいる事を忘れてしまうほどうまいものだった。もちろんティラフンらもご機嫌で、私たちはあっちこっちで記念撮影をした。


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