アフリカ体験(エチオピア編3) - 3
-- 青年海外協力隊 --
■ワイルドライフ ’90
エチオピアでは旅行する場合政府の許可がいる。現地訓練後の旅行の時は、許可を取るためにJICA(国際協力事業団)がレターを用意してくれたが、普段旅行する度にその手続きをするのはかなり面倒である。それにそれなりの理由がなければ、許可を取る事は簡単ではない。
そこで私が入会したのがワイルドライフという会ある。このワイルドライフという会は、エチオピアの自然観察や歴史的なものを見学したり理解するのが目的の会で、外国人が主なメンバーとなっている。会では月に一度の泊まりがけの旅行と数回のハイキングを企画していて、政府の許可は会が一括して取るので個人としては必要ない。個人旅行が好きな私としては少々物足りないが、エチオピアという特殊な環境を考えると、団体とはいえいろいろな所に旅行する方がいいと考えたのである。 エチオピアに滞在中、私がこの会で行った所は次の所である。
1990年10月28日、ヅクアラ山。
この山はアジスの南西50キロほどにあり、頂上は火口湖となっていてハイキングには手ごろな所である。頂上にはコプト教会 (原始キリスト教)があり、信仰の山としてもエチオピア人の間では有名である。ワイルドライフでは政府からこの教会の見学の許可を取っていたので、ふつうは見る事のできない、ユダヤ教に近いと言われるコプト教会の内部を見る事ができた。
内部は円形の壁になっていて、壁一面には聖書に関する様々な絵が独特の滑稽なタッチで描かれており、物語もアムハリックで書かれていた。その絵の中には、日本の鬼にそっくりの物もあり私を驚かせた。
昼は火口湖のほとりでお弁当であった。アジス大学の女子学生達も参加しており、彼女達のお弁当はもちろんインジェラだったので、私も一緒に手掴みでご馳走になった。緑の大地や火口湖を見ながら女子学生と食べるインジェラは、また格別であった。
11月24日、ブタジル。
泊まりがけでアジスの南150キロほどにある町に行った。アジスの外に出ると広大な草原が延々と続く。山も見えるが木は少ない。ブタジルに着くとみんなで青空市場などを見学した。外人にしては片言のアムハリックを話すのが珍しいのか、私の回りには大勢人が集まってきた。他の外人はアムハリックをまったく話さないので、私が何とか通訳する。みんな日本人は語学の達人だと思っていて、思わず笑ってしまう。
泊まったのはスポーツホテルというところだが、それらしい施設は何もないので首をひねってしまった。夜はホテルのバーで、他の外人達と飲みながらそれぞれの国やエチオピアなどについて話をした。大使館や国連関係の人が多いので、話題は国際政治になったりする。私の英語力ではお手上げなので、日本の話しなどをして何とかごまかした。もちろん地方なのでビールやウイスキーなどはないので、アラケと呼ばれる焼酎のよう地酒を飲んだ。
次の日は近くの山をみんなでハイキングした。また、帰りは途中で丘の上からグレートリフトバレーを見下ろした。とにかくただ広く、所々に湖が見えた。その雄大さはため息がでるほどだった。
12月は協力隊で釣りに行ったので参加しなかった。1月は楽しみにしていた紅海の町アッサブ旅行(現在はエリトリアという国になり独立)があったが、その日に聞いていた時間に集合場所に行ったら、既にバスは出発していた。時間が変わったらしいが連絡がなかったのだ。エリトリア人の私の親友テスファは、政府側で兵隊にとられるのを恐れてアッサブに逃げていて、彼にも会えるはずだと思っていただけにショックであった。
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