アフリカ体験(エチオピア編1) - 1

          -- 青年海外協力隊 --


■ 不安の中の赴任

 現地時間で1990年7月14日午後8時、私たち新隊員3人は一抹の不安を抱きながら首都アジスアベバのボレ空港に到着した。

 そして迎えに来た現地職員と共に協力隊のドミトリーへとランドクルザーで向かった。外はすでに真っ暗であったが、その途中には所々に小さな小屋に肉を吊るした肉屋が見え、とりあえず食べ物はあるのだと言うことがわかり胸をなでおろした。もちろん広尾の訓練所では、アジスでは食べ物を始め一通り物は手に入るということは聞いてはいたものの、マスコミを通じての飢餓や戦争のイメージは強く、自分の目で見るまではさすがに不安だったのである。

 ドミトリー到着すると、そこにはアスマラと言うエチオピア北部の内戦の激しくなった都市から避難してきた2人の先輩隊員がいた。彼らはドミトリーに半年以上も待機中で、アスマラに戻れる可能性はほとんどないと言う。またアジスアベバ市内でも最近テロによる爆弾騒ぎがあり、気をつけるようにとのことであった。

 そのような非常に緊迫した話をまるで世間話のように話す彼らを見て、「ここは日本ではない」と言う思いを強くした。

 アジスに着いて2日後、新隊員3人は町の中心部へ行ってみることにした。ここから中心部へ出るには500mほど離れた通りまで路線タクシーに乗るために歩かなければならない。そこまでたどり着くまでの主に子供達のファレンジ(外人)、マニー(金)、チャイナ、コーリャ、ジャパン攻撃のすさまじさと言ったらない。私もいままでいろいろな国を旅行したがこれは桁違いにすごいと思わざるをえないものだった。

 この攻撃はその後ももちろん続いたが、この国の外人(主に援助関係の人々)はほとんど車を持っていて歩いているのは協力隊員くらいのものだから仕方がないとは思いつつも、疲れている時はいい加減頭にくることもあった。

 ところでタクシーで10分ほどで行った中心部であるが、私が想像していたよりははるかに都会で、ビルもありオンボロではあるが結構車も走っている。緑も多く、羊・牛・ロバが町に調和しているようにも見えなかなかきれいな町という印象を持った。

首都それもその中心部で家畜の群れがうろうろしている国は珍しいのではないだろうか。大通りにはケーキ屋、国営のスーパーマーケット、個人の店、電気屋、本屋などがあり品数は少ないものの一見物は何でも揃っているようで新隊員一同心強く思ったものである。

道行く人々の服装は人により違いが大変大きく、日本と変わらない服装をしている人もいれば裸足でボロをまとっている人までおり、これが社会主義の国かしらと思わせるものがあった。それにしても想像していたよりはるかにいいという印象であった。


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