|
![]() |
![]() |
| 湧別町から主にサロマ湖畔に沿って走るオホーツク海を舞台にしたコース。湧別町をスタートし佐呂間町を通って常呂町までの3町をまたぐ100kmの道のり。(他に50kの部あり)。昭和61年に始まり今年で15回目。今では全国各地で開催されているウルトラマラソンの草分け的存在で、オホーツク舞台とした独特のコースは全国からの参加者が多い。このレースの最高の舞台は、なんと言ってもコース終盤のワッカ原生花園。 |
| 【2000サロマ〜今年もサロマの季節がやってきた〜】 まずは、成績から・・・見事に90k関門前で沈没しました. 練習不足、ウエイトオーバーそして、正直言って途中で気持ちが切れてしまいました。レース終盤のワッカ原生花園は誰にとってもきつい所。そこを乗り切れるかどうかは、それぞタイムは違っても「Goalするぞ」という気持ちだけだと、過去のレースからも十分わかっていましたが・・・・・分かっていた分だけ「今の気力じゃもうだめだ」と諦めてしまいました。 ******回 想******* 起床AM2:30、まずは空を見あげ、今日一日の100kの道のりに様々な思いをはせる。イメージトレーニングと言えばかっこいいが、実際は不安や心配毎の方が多い。寝起きに飯を腹へかっ混み、あれこれ準備。毎年の事ながら忙しい。天候を考慮し何通りか準備したウエアーの中から勝負服を選択する。 スタートはAM5:00。今年もスタート会場到着後、なかなか催さない便意に不安が一層募る。”トイレを済ませておく”ということはランナーにとっては非常に重要なファクターである。設置された数十の仮設トイレは長蛇の列。30分並んでやっと事済ませた時は既にスタート5分前。「ワセリンも塗らなくては・・・」「ドリンクも飲まなくては・・・」まだ荷物も預けてない。今年もスタート前の雰囲気を楽しむ余裕が無かった。 日中の最高気温は、10時で29℃まで上がった。オホーツク海沿岸のこの時期としては暑い気温だ。ここ数年は寒いレースが続いたが、今年は一転して暑いサロマとなった。おかげで、この私でさえ30k過ぎから食欲が無くなり、水とゼリーばかりの補給となった。もっとも、ちょうど一週間前には30℃になり、その日の常呂町は日本で2番目に暑い町となった。マラソンが今日で良かったと思うべきか。スタート後のペースは概ね6:00/k。あくまで完走が目標の今年はこれで十分。このペースなら、いくら走り込みが足りなくても30kまでは余裕で押せると考えていた。実際10kも走ると自然とペースは上がってくるもので、これを押さえるのが難しいのが例年の常だが、今年は幸いというか、このペースで行けた。しかし、体は正直なもの。40kを越えた辺りでやっぱりガタッと体は重くなった。以降は、スピードも走法も騙し騙しの走りに徹してなんとか55kのエイドへ到着。 ここでは出来るだけ短い時間の間にゆっくり体を休め、着替え、補給し、薬等を塗り、後半の走りに集中し、予想される天候に応じた備えをしなければならない。が、しかし・・・毎年の事ながら応援で出迎える両親の世話に追われてしまう。本来はランナーに用意されたイスだが、2つ運んで座らせ、補給食のホタテおにぎりや飲み物をテーブルから何往復かして食べさせたりする。これで、5分は過ぎてしまう。本当はこっちが、寝そべってゆっくり休みたいのだが・・・。「あまり無理するな」の意味の気遣う言葉もしつこい(笑)。毎年繰り返されるこのエイドでの両親の応援(というよりお世話)はもしかして、100kの道のりの中の難所5本指に入るかもしれない。とは言うものの「毎年声援ありがとうね。」
途中、何人かの仲間に出会って、お互い励ましあう。「ここからは9分/kで押しても十分ゴールできるよ」「大丈夫、大丈夫、しっかり最後まで頑張って。」自分にはできないくせに、人には簡単に完走と言ってしまう。それでも、他人に言ってしまった以上自分もと先行く仲間を追いかけるように走り出せたのも事実。人に言って自分にも言い聞かせる。 なんとか、なんとか、70k地点到着。リタイヤを考えていた私に「行けるところまで行きなさい」と地獄のワッカへ送り出してくれた人が居た。出場した旦那さんを応援に来ていた仲間の一人。あの一言で走り出せた。本当はリタイヤする理由をあれこれ用意していたところだったため、弱音は非常に恥ずかしかった。やっぱりマラソンには水分と応援ということか。 ウルトラに限らずフルの終盤でも同じだが、気持ち一つで走りは変わってくる。今年はほとほと思い知らされた。何年経ってもまた、マラソン以外の生活についてもだめな自分が浮き彫りになった。 今年のサロマは、本当にコースのあちこちで仲間と抜きつ抜かれつつの場面が多々あった。競い合ってるわけではないので、エイド毎であう顔と交わす言葉にホッとする。走り出せばまた一人だが、前後に誰かが居ると思いながら走るのは心強く感じる。ただ、終盤になっての疲労困憊の状態では、さすがに一言挨拶を交わすだけで、手を挙げて答えたりするのも、おっくうになることがあった。それでも、お互い心の中では「ガンバ」と言ってるのが判る気がする。 リタイヤによるサロマ新発見をチラッと紹介します。90k関門不通で止められると、最後の収容者バスに乗せられる。するとワッカの道幅は狭いので、そのバスは最終ランナーの後をトコトコ着いて行き、結局、完走最終ランナーと同じ時刻でのゴール到着となってしまう。しかし、リタイヤはちゃんと救護車が迎えに来てくれて、本来は車輌乗り入れ禁止のワッカを車窓からゆったりと花々を眺めることができた。ゴールまでの行程は、ワッカの途中から内陸へ抜け一旦75地点へ。そこは1時間ほど前にやっとの思いで通過した地点。そこをいとも簡単に車で通り過ぎる感覚は、悔しいやら情けないやら結構複雑な重いが沸いてくる。また、そこはワッカを折り返してきたゴール間近のランナーが走っているところでもあり、ランナーの顔は、あと少しでゴール出来る安堵感と最後の苦悩とが同時に表れている。そんな表情を見ながらながらの20分ほどのドライブだった。到着後はリタイヤ受付で「敢走証」やらを受け取り、本来なら間に合わないはずの常呂高校生のマッサージへ(昨年までの2回の完走でも決して受けられなかった)。シャワーを浴び、ゴール地点でゆっくり仲間のゴールを待ち迎える。 リタイヤしたが故に見えたもう一つのワッカとでも言いましょうか、いや、本当のワッカとは本来はこんなに穏やかで、神秘的な所だったとも思えました。広陵としたワッカの印象を厳しいともまた、穏やかとも受け取るのは所詮80k走ってワッカへ勝手に入ってきた 人間が感じる個々人それぞれの感情にすぎないのではないか。自然にしてみれば、いつもと変わりないだけなのに。結果やタイムはどうであれ、全力を出しきったレースの翌日は、筋肉痛の足を引きずりながらの通勤も、どこか心地良さが感じられ、充実感味あわせてくれるものだが、今年は翌日からしっかり歩けるほど元気元気。ゆっくり休養するほど体を酷使しきれていない証拠。全力でフルやハーフを走った翌日より軽かったりして情けない。 今年のサロマは初めての沈没でした。まあ、3回目の出場でもあるし、年の功ということでそれほどショックもなく立て直しが効きそうです。昨年のサロマは完走はしたものの、疲労骨折でその後のシーズンは棒に振ってしまい、なにより北海道の夏という、最高のシーズンを風を切って走り、練習する事が出来なかったことに悔しい思いをしました。それに比べれば、今年は中一日空けてジョギングが出来るということに幸せを感じています。 リタイヤしてもしみじみ思う。ウルトラは80k以降。サロマはワッカ。
大会の様子は、こちらから見ることができます。 http://www.webnews.gr.jp/saroma100/00_0625_marason.html | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||