連続ノンフィクション「ミニカの時代」
第8回:ミニカとの別れ、そして出逢い
ミニカに乗ってから2年が経とうとしていた。元々自動車好きだった僕をさらに熱くさせてくれたのがミニカだったが、ヒーターが効かないというのはいかんともしがたいものがあった。また、いろいろと事故を起こし、フェンダーやドアなどがボコボコになり、また、車検が切れるということから、次の車を物色し始めた。元々お金がないので、次に買う車も軽自動車にならざるを得ず、そのために中古車雑誌に目を通す毎日であった。とりあえずミニカが欲しかった。出来れば62年式のセダンパートタイム4WDが欲しかったのだが、雑誌に掲載されているのは63年式のフルタイム4WDセダンばかりで、僕の希望する車は遂に出てはこなかった。リヤワイパー付きのGグレードも考えたが、これも61年以前の2気筒モデルや63年式のフルタイム4WDばかりで、意外と62年式に当たることがなかったのである。普通なら、アルトやレックスなどでもよかったのだが、もはやミニカ以外には考えられなかった。ただ、今考えれば、アルトツインカム12RSでもよかったと思う。
大学3年生になろうとした2月のことである。僕は友達のWといつものように当てもなく札幌市内を走っていたら、北星学園大学前の中古車店に見慣れた車が置いてあった。運命的な出逢い。そう、白いミニカ4WDのSタイプだ。ボンネットを見たら「MMC」のバッジがついている。どうやら目的の昭和62年式のようだ。ミニカを見つけた僕は「あっ、ミニカだっ!!」と思わず叫んでしまった。
すぐさま店に寄り、車を確認し、値段を聞くと諸費用込みの現状渡しで17万円とのこと。セダンやGタイプでないというのは気に食わないし、一瞬、同じ初代レオーネを2台乗り継いだ親父のことが頭に浮かんだが、同じ車を続けて乗るのも悪くないな、と思い、即決して買ってしまった。走行距離は4.6万kmとそう伸びていないし、程度もよさそうだった。ステレオのスピーカーがドアについていたのと、シートカバーがついていたのもポイントだった。それまでは荷室にスピーカーがついていたのだが、運転席で快適に音楽を聴くにはボリュームを上げねばならず、そうすると後席に乗っている人間から文句がきたものである。一応、エンジンやボディ回りをチェックしたが、ヒーターも効くみたいだし、ボディにもサビがほとんどなかった。ただ、ヘッドライトの片方がタマ切れを起こしていたので、ターボ車についていたハロゲンランプ(標準はシールドビーム)をサービスでつけてもらった。車購入の資金を親から借りたので、車の報告をしたら、母から「何でおんなじ車を買うの?あんた、バカじゃないの?」と言われてしまった。ウ〜ン、至極まっとうな感想である。ただ、すぐそのあとに「あんたが好きなんだから、それにしなさい」といってくれた。
2週間弱で納車されると、さっそくミニカの写真撮影をしてから友達連中にお披露目した。反応はというと、「なぜ同じ車を買ったの?」だった。当然である。普通なら考えられない買いかたをしたからである。哀しいことに、車を買い換えたということを信じてくれない人もいた。運転してみると、ヒーターがガンガンに効くのと、シンクロがイカれていないらしく、ギヤがスムーズに入る。シンクロの壊れていない車はこんなにイイものなのか、と改めて思ったほどだ。ただ、それ以外は僕自身も買い換えたという感じはしなかった。ちなみに、前に乗っていたミニカは車検が1ヶ月残っていたのと、任意保険の切り替えが済んでいなかったことから、車検が切れるまで僕の手元にあった。つまり、たった1ヶ月だけではあったが、2台のミニカを所有することになったのである。
とりあえず、元々ついていたステレオがボロかったので、すぐに買い換えた。装着したのは三洋のエクセディオというモデルで、AMステレオ対応というのがポイントだった。性能もそこそこだし、何しろ価格がとても安かったので、これにしたというわけだ。ついでだから、車内を掃除しようと思い、シートカバーを剥がして愕然とした。シートがえらくボロボロだったのである。たぶん、ボロなシートを隠すためのカバーだったのだろう。でも、買ってしまったものは仕方ないので、そのままにして乗っていた。まぁ、今考えれば、前に乗っていたミニカのシートを移植すればよかったのだが、その当時はそんなことを思いもしなかった。
何はともあれ、僕は2台目の車もミニカということになった。このミニカにより、「僕=ミニカ」のイメージはさらに定着したのだと思う。そして、そのミニカを駆って、本州へ上陸する計画が急浮上したのである。